PROFILE: マルコ・カルツォーニ/フランツィCEO

そんな「フランツィ」を甦らせたのが、マルコ・カルツォーニ(Marco Calzoni)CEOだ。一体なぜこのブランドに目を付けたのか。来日したカルツォーニCEO本人に話を聞いた。
WWD:改めて、ブランドの強みを教えてほしい。
マルコ・カルツォーニ=フランツィCEO(以下、カルツォーニ):まず、「フランツィ」はイタリアで最も古い高級皮革ブランドだ。ロッコ・フランツィ(Rocco Franzi)が1840年にトランクを作り始め、その息子フェリーチェ(Felice Franzi)が1864年に創業した。イタリア中を見渡しても、我々に勝る歴史はない。
「フランツィ」は「イタリアのレザー職人」と呼ばれた。それまでなかった高級皮革の世界を切り開いたからだ。ヨーロッパ各国を旅して、最も優れた技術を身に付け、最も美しい素材を集めた。遠く中国まで、植物タンニンなめしの技法を学びに行ったこともある。これらをミラノに持ち帰り、イタリアで高級皮革産業を興した。
WWD:この時期はフランス・パリでも次々とトランクメーカーが誕生した。
カルツォーニ:「フランツィ」は、1849年創業の「モワナ(MOYNAT)」、53年創業の「ゴヤール(GOYARD)」、54年創業の「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」と同じ、トランクメーカーという出自。だが、これら名だたるブランドと並んでも「フランツィ」の革新性は抜きん出る。
それを象徴するのが当時のベストセラーだ。「フランツィ」のトランクケースは驚くほど軽く、たちまち評判を集めた。やがて、“軽さ”は「フランツィ」を語る上で欠かせない言葉になった。
WWD:そうした革新性を物語る逸話はあるのか。
カルツォーニ:これまで数々の賞を受賞してきた。パリ万博(1900年)の金賞は特に誇らしい。先述したフランスのトランクメーカーではなく、イタリアのトランクメーカーが頂点に立ったということだから。
今日では当たり前のことを「フランツィ」は昔から行なっていた。
例えば海外進出。「フランツィ」は、1900年代始めには、イギリス・ロンドンとオーストリア・ウイーンに店を構えていた。当時ではあまり見られなかったことだ。また、当時のカタログを見れば、化粧品まで手掛けていたことが分かる。多角経営の先駆けと言えるだろう。
「フランツィ」は、イタリア王国初代国王のヴィットーリオ・エマヌエーレ2世やその息子のウンベルト1世、オーストリア皇帝のフランツ・ヨーゼフ1世など、時の王族に愛された。ギリシャとエジプトからもラブコールが届き、計4つの王室・帝国の公式サプライヤーに選ばれた。同時期に選ばれるなんてこれほどの名誉はない。
また、何世代にも渡って皮革職人を育て上げてきた。その1人が「グッチ(GUCCI)」の創業者グッチオ・グッチ(Guccio Gucci)だ。「グッチ」1号店のチラシには「フランツィ家で修行しました」と一文が書いてあった。「フランツィ」で修行したことが、腕の証明になる。それほど厚く信頼されていた。
WWD:クラフツマンシップについて教えてほしい。
カルツォーニ:160年前と同じ手法でバッグを作り続けている。もちろん100%メードインイタリーだ。
具体的には、アイコンの“マルゲリータ”を例に説明したい。今販売しているものは、1940年代の復刻版。1週間かけて2人の職人が178ものピースを組み立てる、まさに逸品だ。ハンドルの根元のリベット付きのバーは、トランクメーカーのルーツを感じさせ、再始動のアイコンとしても相応しい。
「フランツィ」では、“マルゲリータ”の波を打ったようなフォルムを革を何層にも重ねることで作る。より自然な経年変化を楽しめる作り方だ。一方、現代の手法では、まず波の形をした型を作り、その型を革に当ててフォルムを作る。これでは、(無理やり形を変えるため、素材が負荷に耐えられず)劣化してしまう恐れがある。
もっとも、このフォルムもそのまま復刻したわけではない。オリジナルはアコーディオンのようで、どこか男性的な印象だった。開口部も2つのみだった。「復刻するなら現代の女性に向けたバッグにしなければならない」。そう考え、よりフェミニンなデザインへとアップデートした。また、中央にコンパートメントを取り付けることで、開口部は3つに。より使いやすくなった。
“レザーブランド”である誇り
WWD:21年の再始動後の歩みを教えてほしい。
カルツォーニ:再始動の地に選んだのは、誕生の地であるミラノ。まずはミラノの高級セレクトショップで取り扱いを始め、機を見てスイスやドイツに進出した。その翌年の22年にはアメリカの高級百貨店サックス・グローバルと契約した。
日本には24年2月に上陸した。高島屋日本橋店の自主編集売り場“サロンルシック”でバッグの販売を始めた。高島屋の迎賓会や外商イベントにも参加した。
昨年10月には、三喜商事と独占販売契約を結んだ。和光や阪急阪神百貨店など百貨店ほか、名古屋のモナマッチョ(MONA MACHO)や大阪のホワイ・アー・ユー・ヒアー?(WHY ARE YOU HERE.....?)など高感度なセレクトショップにも卸す。日本人の審美眼は、私たちがこだわる“本質”を見抜いてくれる。そう期待している。
WWD:着実に販路を広げている。売り上げの国別シェアは?
カルツォーニ:実はアメリカが約50%を占めている。それにイタリアと日本が続き、いずれも20%ほど。今後はサウジアラビアやクエート、バーレンなど、中東諸国にも市場を拡大したい。耳馴染みがないブランドにも興味を持ってくれる気風があるからだ。アジアでは韓国に注目したい。
WWD:再始動のタイミングをどう考えるか。
カルツォーニ:まずはクワイエットラグジュアリーやオールドマネーなど、現在のトレンドと相性が良い。ラグジュアリーブランドやその顧客の間で盛んな「本物とは何か」という議論においても、「フランツィ」は好意的に受け止められるだろう。
また(路上でもSNS上でも)人気ブランドは露出が過剰になりがちだ。「見飽きた」「目新しさがない」と感じる人も少なくない。そんな中、目利きはあえて隠れたブランドを選ぶ。「フランツィ」は、そんな人にぴったりなブランドだ。
WWD:自身は出会ったとき、どのような感情を抱いたのか。
カルツォーニ:感情を揺さぶるブランドだと確信した。こういった感覚的なことに加え、戦略的にも他にはないブランドだと感じた。多くのレザーブランドがファッションカテゴリーに移り気になる中、「フランツィ」はレザーを追求し続けているからだ。品位を高く保ちながらも、今なおプレイヤーとして活躍している。
WWD:今後もこのような独自性をさらに磨いていくのか。
カルツォーニ:再始動してから、ブランドのコアとなる価値観や職人技を再確立することに注力してきた。今後はこれを基盤に、あくまでレザーブランドに軸足を置きながらライフスタイルブランドとして進化したいと考えている。実際に、現在はメンズとトラベルのカテゴリーを拡充している。中長期的には、ウオッチ、ジュエリー、ウオッチ、フレグランス、カフェなどまでも裾野を広げたい。