
近年、20〜30代女性を中心に再び注目を集めているアーユルヴェーダはインド・スリランカ発祥の世界最古の伝統医学だ。現代では予防医学や美容法として、世界中で取り入れられている。日本でもスリランカのアーユルヴェーダ体験ツアーなどが人気で、雑誌でアーユルヴェーダ特集が組まれるほど。ただ日本ではリラクゼーションやマッサージのイメージを持つ人も少なくない。そんな中、横浜市立大学では不老長寿や若返りのための知恵として科学的な研究が進められている。その第一人者が同大学の鮎澤大名誉教授だ。客員研究員の髙氏裕貴氏とともに研究を重ね、その知見は、同大学発スタートアップとして約10年前に誕生した“リバースエイジング”ブランド「アーユルマスター」に反映している。
老化を決めるのは遺伝子よりも生活習慣
鮎澤名誉教授はがんや、遺伝子、老化細胞の研究を行う中で、見た目や寿命を左右する要因の約8割が生活習慣や環境で、遺伝子は2割にすぎないという事実に着目した。加齢やストレスによって老化した細胞を若返らせるための、さらにはそもそも細胞を老化させないための、安全で有効な方法として辿り着いたのがアーユルヴェーダだった。
高氏氏は「もし遺伝子が全てを決めてしまうなら研究の成果を実践できないが、生活習慣や環境といった後天的な要因によるからこそ、努力次第で意味をなす。昨今はアンチエイジングの時代が終わり、リバースエイジングの時代になってきた。実際にマウスを使った実験では老化したマウスが若返った例がある。人間は1つの受精卵から、37兆個もの細胞へと増殖する。若さとは増殖能力があることだが、細胞は老化すると増殖能力を失い、そのまま居座り続ける。老化した細胞は老廃物を蓄積し、通常の5〜10倍に膨れ上がるという。この老化細胞を減らすことが若返りにつながる」と話す。
研究を変えたハーブ「アムラ」との出合い
老化細胞を減少させるための研究の転機になったのが、アムラというハーブだ。約20年前、研究室で80種類ほどのハーブをスクリーニングしたところ、アムラが皮膚の角化細胞を著しく増やすことが分かった。調べてみると、アーユルヴェーダの中でも最も重要なハーブの一つだった。そこからアーユルヴェーダの本格的な研究が始まった。
アーユルヴェーダの真価はハーブが持つ力にある。漢方で使われるハーブが約6000種類といわれるのに対して、アーユルヴェーダで使われるのはなんと1万種類にものぼる。その中からアーユルヴェーダの医師たちは長い年月をかけて、数千種のハーブを病気の予防や治療に使ってきた。使用するハーブは、毒性や濃度、調合法まで細かく定められており、人に使う上で安全性を担保。5000年にもわたり経験的に蓄積されているのだ。
高氏氏は、「アーユルヴェーダは何千年も前から人体実験を繰り返し、効果のある植物だけを選抜してきた非常に合理的な医療体系。西洋医学が“病気そのもの”を見るのに対し、アーユルヴェーダは“人”を見る。つまり一人一人に合わせた“テーラーメイド医療”の原点だ。日本では医師法の制限もあり、本格的な治療は難しいが、美容や健康の観点からその知恵を応用できる余地は大きいと感じている」とアーユルヴェーダの存在意義を語る。
何千年にわたって培われてきたノウハウを取り入れやすく製品化
「アーユルマスター」は、横浜市立大学発のスタートアップとして10年ほど前に30本9万円という高価なハーバルドリンクに端を発する。メンバーはビジネスとは無縁だった研究員たち。展示会への出展を繰り返し、コロナ禍が明けたぐらいからホームページやパッケージを現在の形へと整え、現在は公式ECサイトや、クリニック、美容室、一部の百貨店で流通する。
ブランドが採用するバングラデシュ産のハーブは、高い抗酸化力を持つ。鮎澤名誉教授は20年以上前から美肌や育毛、健康に効果的といわれる300種を輸入して、一つ一つ細胞に点下して調査。さらに結果が良いものはマウスモデルを用いた検証を実施している。
「ハーブの有効成分の濃度は産地によっても大きく左右される。『アーユルマスター』では、自社農園と契約農家で栽培したり、市場で買い付けたりして調達し、選別から乾燥までをバングラデシュで行っている。希少なハーブを一から育て、製品作りまでを一貫して行っているのが特徴だ。バングラデシュはインド亜大陸のデルタに位置する古代文明が栄えた肥沃な土地。ヒマラヤ山脈から流れてくる栄養とミネラルを豊富に含む河川、肥沃な土壌と温暖な気候は、ハーブ栽培に最も適している」(髙氏氏)。
インナーケアに注力
「アーユルマスター」の人気アイテム、頭皮と髪の美容液“スカルプメディウム”は、300種類のハーブから18種類を7年かけて選び抜いて配合。6種類の頭皮・毛髪細胞にアプローチする複合成分Ayucelra®️-SCを開発した。加えて細胞の増殖をサポートする、ビタミンやアミノ酸といった栄養成分を組み合わせた。
また一番力を入れているのは、ヘルスケア(インナーケア)シリーズだという。アーユルヴェーダの不老長寿のレシピを検証して再現した“ソーマハーバルドリンク”や“ハーバルサプリメント ライフブースト”、女性の悩みに寄り添う“ムユウジュ”などをそろえる。アーユルヴェーダを代表する長寿のハーブで、生命を活性化させ活力を取り戻すといわれるアムラの果実エキスを全てに配合する。
今後については、「鮎澤名誉教授はよく『グローバルニッチトップになると』言っている。われわれは不老長寿の文脈でトップになりたい。スキンケアやヘアケアはもちろん、インナーケアにぜひ目を向けていただきたい。内臓の老化は外側に現れる。内側からきれいと健康を支えるブランドとして世界に羽ばたいていきたい」と髙氏氏は先を見据える。人生100年時代をきれいでに駆け抜けるための選択肢として、アーユルヴェーダの存在感は増すだろう。