
米国のファッションシーンを代表するブランドの一つ、「トム ブラウン(THOM BROWNE)」。
その出自は、2001年にニューヨークで開店したメイド・トゥー・メジャーのスーツ店にある。2004年にレディ・トゥ・ウエアのコレクションをスタートすると、アメリカントラディショナルを基盤にしながら、着丈や袖丈を極端に短くした“シュランケン・スーツ”、くるぶし丈のパンツ、グレーフランネル素材といった、テーラリングの既成概念を覆すアイコニックなスタイルを次々に打ち出した。一躍脚光を浴びたトム・ブラウンは、その後20年以上にわたり、米国ファッションの前線をけん引し続けている。
今年は、そんなトム・ブラウン=デザイナーの半生を追ったドキュメンタリー映画「トム・ブラウン:ザ・マン・フー・テイラーズ・ドリームス」が制作された。このほど特別上映も行われ、銀座の新旗艦店にトム・ブラウン本人も記念来日。これまでの歩みと今後について話を聞いた。
WWD:ご自身のドキュメンタリー映画について、率直な感想を教えてください。
トム・ブラウン=「トム ブラウン」デザイナー(以下、トム):あの映画は、「物語を伝えること」、そして「すべての人にユニークな体験を提供すること」をテーマにした作品です。観客の皆さんには、服そのものだけでなく、そこに至るまでの“ストーリー”にも注目してほしい。私たちが、単なる洋服ではなく、「特別な体験」を届けようとしているということを感じてもらえたらうれしいですね。
WWD:映画の中のあなたは、どこか少年のような無邪気さが印象的でした。アトリエやショーで見かける姿も含めて、作られたものではなく「あなた自身」だと感じました。
トム:間違いなく。ただ、ドキュメンタリーを撮影する以上、どうしてもカメラの存在は意識してしまいましたが(笑)。それでも、作品づくりに向き合う姿勢や、チームと一緒に働いている様子は、とても自然なものだと思います。
映画はこれまでのキャリアを振り返る内容ですが、一方で私はまだまだ「やるべきことがたくさんある」と感じています。だから、あのドキュメンタリーで見られるのは、“トム・ブラウン”というデザイナーの半分くらい。少なくとも、残りの半分は、これから創っていくものだと思っています。
WWD:これまで発表してきたショーは、常にドラマのような構成が印象的です。一貫している哲学やメッセージは?
トム:私はいつも、人々がこれまで見たことのないような、面白いアイデアをコレクションを通して見せたいと考えています。情報があふれるこの世界の中で、私自身が提示したいアプローチやビジョンが、どれほどユニークなものなのかを伝えたい。その一点に集中しています。
WWD:パリで発表した2026年春夏コレクションは、1700年から3000年までを行き来する壮大な物語で構成され、宇宙を超越するような世界観でした。このアイデアはどこから?
トム:出発点はとてもシンプルで、ジャケットとスカートの新しいシェイプ、そしてそのプロポーションでした。コレクションは、そこから始まっています。
「宇宙から来たもの」というアイデアについては、私自身の中でほとんど“ジョーク”のような感覚から生まれました。私は独自の世界観を作るのが好きですが、今回は特に、純粋なファンタジーとして、パッと思いついたアイデアだったんのです。
WWD:2018年にゼニア グループに加わったことは、コレクション制作にどのような影響を与えていますか?
トム:今回のコレクションでは、コレクションのために開発したまったく新しい生地を使用しています。ゼニアから提供される素材やリソースの品質は、常に最高レベルです。ただ、それ以前から私は常にそのクオリティを前提にものづくりをしてきました。
ですから単純に「より良くなった」だけではなく、使えるリソースが増えたことで、アイデアの幅が広がっているのは確かです。
WWD:今年のメットガラでは、ジャネール・モネイが「トム ブラウン」のドレスを着用し、大きな話題になりました。レッドカーペットでの表現と、ファッションショーでの表現に違いはありますか?
トム:メットガラも、それ自体が「一つのショー」だと捉えています。瞬間=モーメントを作り出すという意味では同じですし、私にとっては、一つの小さなコレクションを作るような感覚で向き合っています。
WWD:ショーピースとレディ・トゥ・ウエア、それぞれの制作における考え方の違いは?
トム:レディ・トゥ・ウエアとショーは、非常に強い相互関係にあります。ショーピースのエッセンスが既製服に落とし込まれることもあれば、その逆もあります。
また、非常に長い時間を生き続けてきたクラシックなグレースーツのような、タイムレスなアイデアやピースこそが、実は私のすべてのショーの発想源になっています。
WWD:トレンドのサイクルが加速する中でも、「トム ブラウン」のスタイルは一貫しています。独自性を維持し続ける秘訣は?
トム:その方が、私らしいから。私はトレンドや、周囲で何が起きているかには、あまり関心がありません。ただ、自分が何をしたいのか、それをどうやりたいのか、人々に何を見せたいのかに集中していたい。それが、私にとってはいちばん“簡単”なんです。
ただ、私がキャリアを始めた頃に比べると、人々が「異なるアイデア」や「より多様な表現」に対して、ずっとオープンになっているとは感じますね。
WWD:日本の顧客について伺います。日本と世界の違いを感じることは?
トム:日本のお客さまは、世界でもトップクラスに、コレクションの中にある「より面白いもの」を求めてくれていると思います。クラシックな要素と先鋭的なアイデアをミックスして着こなす感性が、本当に優れている。
それに、日本人の「完璧さの追求」は特別です。あらゆる物事に対する配慮のレベルは、世界のどこよりも高いと感じています。
WWD:最後に、あなたを突き動かし続けるモチベーションとは?
トム:「ショー」と「コレクション」です。私は、コレクションとショーを作ることが、本当に大好きなんです。