WWD:皆さんのファッションとの出会いや、今のお仕事について教えてください。まずは昨年までトゥモローランドの副社長をお務めでこの業界をよく知る山本さんからお願いします。
山本雄三(以下、山本):大学卒業後、メンズの小売企業に2年ほど勤務しました。その間にバイヤーとしてトゥモローランドの商品を仕入れる機会があり、それが現在まで続くご縁の始まりです。43年前にトゥモローランドに入社した当時は、まだ自社の直営店はなく、ユナイテッドアローズ、ビームス、シップスなどに、自社企画の商品を卸す「問屋」のような業態でした。
1983年に自由が丘に初の直営店をオープンし、自分たちで企画・生産したものを、自分たちの手でお客様に届ける小売業がスタートします。私はその立ち上げの店長をしつつ、卸も担当しました。その後はオリジナルブランドのMD、いわゆるブランドのヘッドとして、企画から生産、販売まで一気通貫で担当しました。トゥモローランドのほぼすべてのメンズオリジナルブランドのMDを経験しています。生地を選び、商品企画を出し、縫製し、店頭で売る、そうした「ものづくりと小売り」の現場に、約40年立ってきました。
田中安由美ユナイテッドアローズユナイテッドアローズグリーンレーベルリラクシング ウィメンズブランドディレクター(以下、田中):2008年に洋服の専門学校を卒業して、ユナイテッドアローズに新卒で入社をしました。配属はグリーンレーベル リラクシングの「企画職」です。一般的な「デザイナー」という肩書きではなく、弊社ではあえて「企画職」と呼んでいて、デザインだけでなく「企てる」が仕事。いつ、どんな商品を、どの価格帯で店頭に入れるとお客様に刺さるかまでを含めて考える役割です。
最初はカットソー、その後に布帛アイテムへと担当領域を広げ、チーフデザイナーを経て、現在はウィメンズディレクターを務めています。新卒からずっと同じブランドというのは社内でも珍しいケースですが、その分、お客様と一緒に年齢を重ねてきた実感があります。
グリーンレーベル リラクシングは、ユナイテッドアローズ本体のセレクトで育ってきたお客様が、家庭を持ち、子どもが生まれ、ファッションに割ける予算がシビアになってきたときにも、気持ちよく選べる「次のフェーズのブランド」として生まれました。
高木慎也ユナイテッド トウキョウ チーフデザイナー(以下、高木):大阪出身で、上田安子服飾専門学校のオートクチュール科を卒業しました。「洋服を学ぶならヨーロッパだ」と思い、就職活動は一切せず、そのままパリへ。フランス語も英語もほとんど話せない状態でしたが、約2年間インターンとして経験を積みました。
その後「日本で、ちゃんとものづくりをしたい」という思いで帰国し、フリーランスを経て、2020年のコロナ第1波のタイミングでTOKYO BASEに入社しました。最初は「ステュディオス(STUDIOUS)」内で、スーツブランドの立ち上げを任されました。ほぼ一人で年間約4000万円規模のオーダースーツを動かすという、なかなかハードな立ち上げでしたが(笑)、そこでお客様に直接フィッティングする経験を多く積みました。
その後、メイド・イン・ジャパンのブランド「ユナイテッド トウキョウ(UNITED TOKYO)」に異動し、メンズ企画とデザインを担当。昨年からは商品企画から数値・生産背景までを一気通貫で見る役割を担っています。ブランド名の通りすべて日本製。生地は海外も選べるルールですが、店頭の約8割は国産生地です。今日は、靴・靴下・パンツ・インナー・シャツ・ニット・メガネまで、すべて日本製=自社製品で揃えてきました。本人も「メイド・イン大阪」の日本人なので、全身フル・メイド・イン・ジャパンです(笑)。
WWD:登壇者3名は同じファッションを扱いながらそれぞれに個性的ですが、実は共通点があります。「ひつじサミット尾州」にも参加している渡六毛織で素材開発を行っていることです。まさに“尾州の現場”と向き合っています。
渡邊大 渡六毛織代表取締役:そうなんです。皆さん、本当に深いレベルでモノづくりと向き合っていただいています。ブランドの方々が、「どんな気持ちで尾州の生地と向き合っているのか」をより多くの皆さんにも知ってもらいたいです。
尾州ウールの魅力「日本人による日本人のためのファンシーツイード」
WWD:尾州という産地の「素材の魅力」を、皆さんはどう感じていますか?
高木:「ひつじサミット尾州」と名がついている通り、まずはウールの魅力を、自分たち作り手が理解し、そこからお客様に届けることが出発点だと思っています。日本には岡山のデニム、新潟のニットなど、素材ごとの有名産地がありますが、「ここまで広範囲にわたってウールを扱い、同じ糸・同じ素材を共有している地域」は他にほとんどない。そこが尾州のユニークさです。
僕はウールは「年中着られる素材」だと考えています。冬のコート素材というイメージが強いですが、実は夏こそウールが本領を発揮する。19歳のとき、大阪の名門テーラー工場「ファイブワンファクトリー」でバイトをしていた時期に、職人さんたちから「ウールは呼吸するんだよ」と散々教えてもらいました。
暑ければ熱を外に逃がし、寒ければ熱をため込む。ポリエステルなどの合繊も素晴らしいですが、「人間がつくらなくても、最初から機能性を持っている天然素材」という点で、ウールは別格だと思います。

山本:尾州の魅力を一言で言うなら「幅」です。メンズ向けの素材もあれば、ウィメンズ向けの素材もある。最近は性別で素材を分けることも少なくなり、同じ糸がメンズのパンツにもウィメンズのブラウスにも使われています。例えば、渡六毛織さんのウール×ナイロンのブレンド糸。もともとはウィメンズ向けに作られたものでしょうが、うちのメンズでも使っていました。織り組織も、ジョーゼットのようなものから、ツイル(綾織)までバリエーションが豊富で、シャツ・ワンピース・パンツ・ジャケット・スカート……ほぼどんなアイテムにも展開できる「いいバランス感」の素材。
私が40年前に初めて尾州に来たとき、木全毛織という、ファンシーツイードで有名な機屋さんの資料室に伺ったんですが、資料の量が膨大すぎて、日帰り予定を急きょ1泊に変え、翌日まる一日、過去の試織を見続けたことがあります。色・柄・組織・風合い。「これは何年代の服を作ったんだろう」という歴史が、資料に全部残っている。それが尾州の厚みであり、世界と戦える強みだと思います。
田中:私も、尾州と聞いてまず思い浮かぶのは「アーカイブ」です。ファンシーツイードを作ろうと思ったときに、「やっぱりファンシーなら尾州だよね」と先輩たちから聞いていて、実際に通うようになりました。一度行ったら最後、取りつかれます(笑)。
ウィメンズの現場でいうと、1〜3月の店頭で「ファンシーツイード」はほぼ常備品です。お子さんの入卒園など、いわゆる「マザーニーズ」に必ず必要なカテゴリーでありつつ、今はデニムにツイードジャケットを合わせるような日常の着こなしでも楽しまれています。ファンシーツイード自体はイタリアや中国など他国の素材も見るのですが、中国のものはラメや光沢が少し派手すぎたり、イタリアのものはとても素敵だけれど、あくまで「イタリア人の感性」で作られている。それに対して、尾州のファンシーは「日本人による、日本人のためのファンシーツイード」。日本人の肌色・ライフスタイル・価格感にしっくりくるバランスで、長く愛されるものになっていると感じています。
「一方通行ではないわがまま」が言える関係性
WWD:尾州の機屋さんとのやりとりを説明する中で山本さんは、「口(くち)ビーカー」という面白い言葉を使いますが、これは何ですか?
山本:オリジナル生地を作る時には、大きく「反染め(生地を後染めする)」と「先染め(糸を先に染めてから織る)」の2つの方法があります。私たちブランド側から機屋さんや染工場さんに、「この部分はこの色に」「この糸はこの色に」と色指定を出す際、本来なら生地や糸のカラーチップを渡して染めてもらうわけですが、特に多色使いのファンシー素材などは、CGで仮組みしたものを見ながら、微妙なニュアンスを詰めていくことになります。
そのときに、長年付き合いのある営業さんとは、「あそこの色はエクリュにしといて」「僕の好きな墨黒ネイビーにしといて」と、言葉だけで指示を出すことがあるんですね。色番号ではなく、「なぜその色にしたいか」まで含めて共有できていると、現場の人がそこを汲み取ってくれる。それを私は冗談交じりに「口(くち)ビーカー」と呼んでいます。
日頃から一緒にマーケットを見たり、同じ服を見て意見交換したり、「夏はもう少し白が欲しい」「冬はエクリュで温かみを出したい」といった会話を積み重ねているからこそできるコミュニケーションですね。
高木:「口(くち)ビーカー」という言葉は今日初めて聞きましたが(笑)、山本さんがおっしゃる通り、「関係性」そのものですよね。生地の商談の場では、「こういう素材がいい」「もっとこうできないか」と、かなり無茶なリクエストもたくさん出します。「それは今までやったことがない」「そこはタブーだよ」と言われることも多い。
それでも渡六毛織さんのように、「やったことないけど、やってみよう」と一歩踏み込んでくれるところとは、こちらも前のめりに、一緒に新しいオリジナル素材を作っていける。失敗も当然あります。でも「違うよね」と思いながらも、改善策を既に分かった上で試作品を持ってきてくれる。そういう「一方通行ではないわがまま」が言える関係性が、新しい尾州の魅力につながっていると思います。
WWD:日本の産地で作ると「価格が高く、納期が中国より長い」とよく言われます。この課題をどう乗り越えていますか?
田中:生地単価だけから「高いから無理」と判断すると、尾州のような産地はどうしても選べなくなってしまう。「グリーンレーベル リラクシング」では、「どこで縫って、どう運ぶか」まで含めてビジネスモデルを工夫して、結果的に店頭で手に取っていただける価格まで落とし込むことに挑戦しています。
例えば11月には、来年のゴールデンウィーク頃に店頭に並ぶ商品の企画をしています。ファーストサンプルを上げて「この商品でいこう」と決まったら、日本の生地をコンテナ船に積んで、バングラデシュやカンボジアなどASEANの縫製工場に運びます。現地には自社スタッフも行き、縫製指導や品質チェックを行います。その後、縫い上がった商品を再び船で日本に戻す。この“時間の余裕”があるからこそ、輸送手段を空輸ではなく船にでき、その分コストもCO2排出も抑えられる。
「時間」を味方につけて各工程のコストダウンポイントを丁寧に拾っていくことで、単体で見たら「無理じゃない?」という生地でも、現実的な価格の商品に仕立てることができると思います。

高木:UNITED TOKYOは「完全日本製」のブランドなので、また違う攻め方になります。
例えば、冬の看板商品であるスーパー140のウールのコート。今(11月)店頭に並んでいるものとは別に、来年の冬の分をすでに企画しています。
ポイントは「縫うタイミング」です。どの仕事にも繁忙期と閑散期がありますが、アパレルの冬物はふつう8〜9月が最も忙しい。そこで私たちは、ゴールデンウィーク明けの5月頃、工場のラインに少し余裕がある時期にこのコートを縫ってもらうように調整しています。尾州の機屋さんに生地を上げていただき、閑散期に安定的にラインを回してもらうことで、工場にとってもメリットがあり、トータルのコストも適正化しやすくなる。
ブランドとしては10年目。尾州をはじめとした各産地と長く付き合い、工場の稼働や現場感覚も含めて把握しているからこそ、「一年先を見る」リスクもあまり恐れずに取れるのかなと思います。
WWD:「夏にウール」はまだ一般には浸透していません。猛暑が続くなかで、どうやってお客様に提案していきますか?
山本:まず、前提として「シーズンを4つに分ける」という発想自体が、今の気候には合わなくなってきていると思います。MDが企画を組みやすいから「春夏・秋冬・晩夏・早春」と分けているだけで、実際の気温や生活者の感覚はもっと連続的です。メンズのテーラードでいえば、細番手の平織り「トロピカルウール」は、もともと「南国でも着られる」という意味合いで名づけられた夏素材です。芯地やパッド、裏地を最小限にして軽く仕立てれば、真夏でも十分対応できます。
ウィメンズでは、昔は「二の腕は出したくない」という声も多かったですが、今の陽気ではそうも言っていられない(笑)。ノースリーブのインナーやブラウスに、軽いウールの羽織りを重ねるスタイルなら、10月まで十分活躍します。素材だけで完結させるのではなく、「コーディネート+デザイン」で夏ウールを提案していくことが大事かな、と。
高木:今年、「UNITED TOKYO」のメンズでは、サマーウールがとてもよく売れました。多くの方がウールに対して、「チクチクする」「肌当たりが良くない」というイメージを持っていると思いますが、そこは素材開発でかなり改善できます。
そして何より大きいのが「防臭性」です。夏は汗をたくさんかきますが、ウールはニオイの原因物質を中に溜め込まず、外に発散してくれる。逆にポリエステルは、どうしてもニオイが残りやすかったり、劣化で硬くなったりというデメリットもあります。店頭では、「触って気持ちいい」「軽い」「匂いが気になりにくい」という“体感”を通じて、スタッフがしっかり説明しています。
になりうると思います。
田中:ウィメンズだと、現状「サマーウール」は通勤スーツや、少しエレガントに見せたいゾーンでは比較的提案しやすいのですが、カジュアル領域まではまだ浸透しきれていないのが正直なところです。「グリーンレーベル リラクシング」でも、Tシャツまでウール混で展開しているものの、実際に売れ筋になるのは、きちんと感のある通勤用パンツやジャケットが中心です。
ただ、「尾州」という切り口で見ると話は別で、ウールだけでなく、キュプラやコットンとのブレンドなど、通年で使える素材がたくさんあります。今日、高木さんが着ているシャツも渡六毛織さんのキュプラコットンですが、うちでも同じ糸軸の素材を年間でかなりのボリューム発注しています。つまり「尾州=冬のウール産地」というより、「シーズンレスに日本の気候と感性に合う素材を供給してくれる産地」として、これからも一緒にものづくりをしていきたいと思っています。
WWD:最後に、これから尾州と、ウールと、ファッションでどんなチャレンジをしていきたいですか?
高木:「メイド・イン・ジャパン」という言葉を、もっと中身のあるものにしていきたいです。単に「尾州の生地を○色別注しました」というレベルではなく、原料・糸・生地・縫製まで、日本の各産地と一緒に開発しながら、新しいウールの可能性を探っていきたい。そして、店頭には一年中ウールを置き続けたいです。世界的に見ても「一年中売れる素材」はそう多くありません。その中でウールは、機能性・着心地・見栄えを兼ね備えた、とても稀有な素材だと思うので、その魅力をお客様にも、ものづくり側にも、もっと伝えていきたいですね。
田中:私は「途絶えさせないこと」が一番のチャレンジだと感じています。先ほどお話ししたように、一度途切れてしまった産地との関係を、2015〜16年頃から改めて築き直してきました。この10年でやっと、お互いの信頼やノウハウが蓄積されてきた実感があります。でも、それを「人と人の個人的な関係」だけにしてしまうと、誰かが異動したり辞めたりした瞬間に終わってしまう。だからこそ、チームで尾州に足を運び、企画メンバーやMDも一緒に生地を見て、機屋さんと話すようにしています。
「ひつじサミット尾州」のロゴのように、「みんなで輪になって続いていく関係性」をどう作るか。大きな企業だからこそ、そこで責任を果たしたいと思っています。
山本:今、街を歩いていると、ファストブランドのTR(ポリエステル×レーヨン)素材のとろみパンツを穿いている女性を多く見かけますが正直、シルエットが「ボテッ」としてしまっていて、もったいないな、と感じることも多い。
だからこそ、ここにいらっしゃる皆さんのような「伝承者」が、最初は少し高くても、いい素材・いい縫製の服を選び、それを長く着る。その行為こそが本当の意味でのサステナビリティであり、エコなんじゃないかと思っています。尾州には、それを支えるだけの素材力と歴史があります。来年もぜひ、こうして尾州で皆さんとウールの話ができたら嬉しいですね。
