ベルリン・シェーネベルク地区にあるギャラリー「Pace」で、アダム・ペンドルトン(Adam Pendleton)の個展「spray light layer emerge」が開催中だ。同展は、9月10日から14日に開催された「ベルリン・アート・ウィーク」に合わせてスタートし、会期は11月2日まで。ペンドルトンの代表的シリーズである「Black Dada」と「Untitled (Days)」から選ばれた絵画、ドローイング、シルクスクリーン作品が展示されている。
2階には、2025年に制作された「Black Dada」シリーズの新しいシルクスクリーン作品が並ぶ。「Black Dada」は、ペンドルトンが08年から展開してきた思索的プロジェクトであり、「ブラックネス(黒人性)」「抽象」「アヴァンギャルド」という3つの概念の交錯を探求している。“Black”は人種的な意味だけでなく、社会的や文化的におけるブラックネスを示し、“Dada”は第一次世界大戦後の反芸術運動「ダダイズム」における理性や秩序への抵抗を想起させる。
この構想は、1964年にアメリカの詩人アミリ・バラカ(Amiri Baraka)が発表した黒人解放運動と前衛芸術(アヴァンギャルド)を融合させた詩「Black Dada Nihilismus」と、16年にスイス・チューリッヒのキャバレー・ヴォルテール(Cabaret Voltaire)で朗読されたドイツの作家ヒューゴ・バル(Hugo Ball)による「ダダ宣言」から着想を得ている。「ダダ」という言葉自体に意味はなく、辞書をめくって偶然見つけた「木馬(フランス語で dada)」から取ったとされているが、芸術を崇高なものとして扱うことを否定し、「偶然」「ナンセンス」「無意味」「遊び」「挑発」を重視することを「ダダイズム」と名付けた。参加者には、フランスの詩人のトリスタン・ツァラ(Tristan Tzara)、ドイツの彫刻家のハンス・アルプ(Hans Arp)、アーティストのマルセル・デュシャン(Marcel Duchamp)など、現代芸術史における重要な人物の名が並ぶ。
「Black Dada」シリーズの初期はテキストやパフォーマンスとして発表していたが、やがて現在のペインティングのスタイルへと発展した。中でも、08〜09年に制作された「Black Dada (LK/LC/AA)」はシリーズを象徴する代表作であり、現在、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に所蔵されている。
制作過程は、紙にスプレー、インク、水彩を重ねるマークメイキングから始まる。それを撮影し、シルクスクリーンとして再構成した後、キャンバス上で再びレイヤーを重ねていく。そうすることで、真っ黒に塗られたキャンバスに、スプレーやステンシル、テキストの断片が浮かび上がるディプティク(二連画)が完成する。また、すべての作品に「Black Dada」のアルファベットが配置されているのも特徴のひとつだ。
タイトルの「spray light layer emerge」は「Black Dada」作品における多層的な“行為“──物質的、理論的、詩的、そして最終的には視覚的なプロセス──を反映しているという。
1階に展示されている「Untitled (Days)」シリーズは、和紙のような質感の紙に黒インクで描かれたドローイングが、にじみや濃淡によって水墨画をほうふつさせ、「Black Dada」とは異なる繊細なタッチと静寂を感じさせる。
展示以外にもギャラリーショップで、Pace Publishingが発行した書籍「Adam Pendleton: An Abstraction」が販売されている。これは、24年5月3日から8月16日に、ニューヨークのPaceで開催した個展「An Abstraction」を記録したもので、展覧会の内容を文書化し、さらに発展させてたものだ。「Black Dada」と「Untitled (Days)」シリーズからの絵画やドローイングが収められているほか、「Pace」のCEOマーク・グリムシャーによるテキストも掲載されている。
ニューヨークを拠点に活動するペンドルトンは、アメリカにおける現代アートの中心的存在として国際的に高く評価されている。現在、ワシントンD.C.のハーシュホーン美術館でも大規模な個展「Adam Pendleton: Love, Queen」が開催されており、26年4月にはドイツ・ノイスのランゲン財団での個展も予定されている。
会場となった「Pace」は、ニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドン、東京、香港、ソウル、ジュネーブに続く8拠点目のスペースとして今年の5月にオープンしたばかりだ。50年代に建てられたガソリンスタンド跡をリノベーションし、ベルリンのギャラリー「Galerie Judin」との共同運営によって運営されている。敷地内には、オフィスやショップ、ドイツの新聞社「Die Zeit」が運営するカフェも併設。豊富な緑に囲まれたガーデンに設置されたテラス席は、平日でも混み合う人気スポットとなっている。旧東ドイツ時代の建築様式を用いた建物は、赤い柱や赤いドア枠、大きなガラス窓が特徴的で、当時のデザインをそのまま活かしている。レトロな雰囲気の外観とアンティーク家具を配したモダンな内装が見事に調和している。
◾️「spray light layer emerge」
会期:11月2日まで
会場:Pace
住所:Die Tankstelle Bülowstraße 18, 10783 Berlin