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連載 ヒキタミワの水玉上海

樹齢600年の古茶樹から1本ずつ茶をつくる、雲南のプーアル茶夫婦【ヒキタミワの水玉上海】

先日、出張で訪れた雲南省西双版納(シーサンパンナ)で、思いがけずプーアル茶の奥深い世界に触れる機会を得た。取引先の方から「お昼の休憩時間に友人宅へお茶を飲みに行こう」と誘われ、そこで出会ったのが、プーアル茶の製造とデザインを手がける王敏(ワン・ミン)さんと夫の倪太龍(ニー・タイロン)さん夫妻だった。お茶への興味から話を聞き始めると、茶樹が育つ環境から製法、パッケージに至るまで、二人の仕事には深いこだわりがあった。聞けば聞くほど、その茶づくりへの思いに引き込まれていった。

杭州の同僚から、「中国プーアル茶第一県」へ

安徽省出身で幼い頃からお茶に親しんできた王さんと、河南省・洛陽出身でデザインを専門とする倪さんは、2016年、杭州の茶葉会社で同僚として出会った。翌年、その会社の方針が大きく変わり、転職を考えて社長のもとを訪ねた際、「だったら独立してはどう?」と助言を受けた。その言葉に背中を押され、二人はお茶の事業を始めることにした。当初は杭州という土地柄、西湖龍井を扱っていたが、やがて王さんが最も好きなお茶であるプーアル茶を専門にすると決めた。そこで目指したのが、「中国プーアル茶第一県」と称される雲南省西双版納の勐海県(モンハイシエン)だ。この地はプーアル茶の主要産地であると同時に、重要な取引地でもある。

二人は2018年5月にこの地に移住し、同年9月に結婚。雲南での暮らしと茶づくりをともに歩み始めた。二人が手がけるお茶のブランド名は「礫石山澗(リーシーシャンジエン)」。「小石のある山あいの渓流」という意味が込められている。茶樹が育つ土地や自然への思いが感じられる名前で、実際、二人のお茶づくりは、茶葉が育つ土地を見極めることから始まる。

ハニ族が植えた樹齢300〜600年の古茶樹

二人は雲南省内の約10地域の茶園で地元の茶農家と協力し、毎年春に摘み取られた生葉を買い付け、一次加工から仕上げまでを手がけて商品にしている。中でも力を入れているのが、「世界の古茶樹の第一村」とも呼ばれる南糯山(ナンヌオシャン)の古茶園だ。有名な「南糯山茶王樹」から数百メートルの場所にあり、樹齢300〜600年ほどの茶樹が育つ。これらは代々この地に暮らしてきたハニ族の先人たちが植えたもので、野生ではなく、人の手で栽培されてきた茶樹だ。

この茶園の魅力は、樹齢の長さだけではない。茶樹を覆うように背の高い樹木が茂り、直射日光を遮って柔らかな光を届ける。シダやラン、ヤドリギの仲間など、多様な植物が共生する豊かな生態系も特徴だ。こうした自然の木陰は、茶葉のアミノ酸や芳香成分の形成に関わり、うま味や香りを引き出し、苦味や渋味を抑えることにもつながるという。茶摘み前に覆いをかける日本の抹茶栽培と考え方は共通するが、ここでは多様な植生が自然にその環境をつくり出している。さらに、斜面の傾斜や向き、植生、茶樹の密度といった条件が重なり合い、この茶園ならではの茶葉の個性を育んでいる。年間生産量はおよそ60〜90kg。干ばつの年は少なく、降雨量が適度な年はやや多くなるという。この茶園の茶葉はすべて二人が確保しており、自然環境と天候に左右される限られた生産量も、この茶園の特徴だ。

1本の木から1つのお茶をつくる「単株」

プーアル茶には、「単株(ダンジュ)」という概念がある。選び抜いた茶樹1本1本から茶葉を摘み、ほかの木の茶葉と混ぜずに、それぞれ別々に製茶する。同じ茶園でも木によって味わいが異なり、その違いを1本ごとに楽しむのが単株の考え方だ。二人は毎年、この茶園から十数本の茶樹を選び、単株のお茶をつくる。1本の木から採れる量はわずか800〜2000g程度。何百年もの時を重ねた茶樹それぞれの個性を、一つの商品に仕立てている。古樹茶の茶摘みは、すべて手作業で行われる。王さん自身も毎年、単株用に選んだ数本の茶樹の摘み取りに参加する。それ以外の茶樹は、経験豊富な茶農家に依頼する。摘み取る量が多く、熟練した茶農家の技術と手際が欠かせないからだ。

なお、これらの茶樹は野生ではなく、人の手で植えられた「人工栽培型」だ。有名な南糯山茶王樹も同じである。古樹プーアル茶を選ぶ際は、「野生」という言葉だけにとらわれず、茶樹が育った環境や茶葉そのものの個性に目を向けたい。

30種類以上をそろえ、保存の作法まで箱に込める

現在、取り扱うお茶は30種類以上。大きく分けると、プーアル生茶、プーアル熟茶、雲南古樹白茶、雲南古樹晒紅(紅茶)の4種類がある。同じ茶樹の茶葉でも、製造工程を変えることで異なる味わいのお茶に仕上がる。生茶は十数種類、熟茶と古樹白茶はそれぞれ5種類、古樹晒紅は3種類。産地や茶園による違いも含め、多彩なラインアップをそろえている。

おいしいお茶をつくるために欠かせないのは、原料、製茶技術、保存方法の3つ。中でも二人が最も重視するのが原料選びだ。「茶園選びがうまくいけば、すでに半分は成功したようなもの」と王さんは話す。生茶では茶葉の酵素の働きを止める「殺青(さっせい)」、熟茶では「発酵」が品質を左右する重要な工程となる。そして、良質な茶葉と確かな製茶技術があっても、保存状態が悪ければ茶葉本来の味わいを損なってしまう。二人が大切にしている保存の基本は、常温、遮光、乾燥、密封の4つ。長く良い状態を保つには、熱源や直射日光を避けて置くことも重要だという。

こうした保存への配慮は、パッケージにも生かされている。伝統的には、餅茶(ビンチャー、円盤状に固めた茶)を薄紙で包み、タケノコの皮でまとめるのが一般的だが、二人はタケノコの皮を使わず、紙包みの外側に密封袋を加え、さらに箱に収めている。箱の側面には茶名と製造年を記し、本のように並べて収納できるデザインに仕上げた。保存性だけでなく、見た目の美しさや家庭での扱いやすさも考えられている。

山水画に着想したパッケージ、十二支シリーズは手描き

一方、パッケージのデザインには、倪さんならではの美意識が表れている。発想の源は、中国古代の山水画や木版画、木彫などの伝統芸術だ。自然を主役に、人間をその一部として描く山水画の世界観に、プーアル茶づくりとの共通点を感じているという。雲南の山や森、そこに育つ茶樹を思い浮かべながら、自然の風景や文化をデザインに取り入れている。

主力商品の餅茶は、円形を基本に、書や文字、産地、季節、味わいなど、さまざまな切り口でデザインを展開する。単株の商品では、それぞれの茶樹の特徴や育つ環境も着想の源となる。また、十二支をモチーフにしたシリーズは倪さん自身が手描きで制作している。これまでに丑、卯、辰、巳、午(寅は著作権譲渡により販売終了)を発表しており、今後も毎年一つずつ制作し、十二支すべてをそろえる計画だ。これらの商品は、卸売やオーダーメードを中心に、EC事業者や茶館、空間づくりにこだわる店舗などに届けられている。

暮らしの中心にある大きな茶卓

王さんにとって、プーアル茶は仕事であると同時に日々の暮らしの一部でもある。工房のリビングに置かれた大きな茶卓。友人とお茶を飲むときも、一人で味わうときも、品質を確かめたり新商品の相談をしたりするときも、二人の暮らしの中心にはいつもこの茶卓がある。二人が目指しているのは、より多くの人においしい中国プーアル茶を知ってもらうことだ。長い歴史を持つ中国茶の文化を大切にしながら、製茶技術やデザインに工夫を重ね、雲南の茶の魅力を届けている。

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