ファッション

AIに「似合う」は分かるのか

「グーグルやアマゾンと言えどもファッションを売るのは難しい」ーーこれは長らくファッションEC関係者たちの共通認識だった。とはいえ、そのことは消費者が一番わかっている。いくら多くのデータを持っていても、彼らがファッションを理解するのは難しい。なぜならデータに紐づいた検索やレコメンドは「傾向」しかわからない。着ることで「どう見られる/どう見られたい」を実現するファッションは、未来の中にあるからだ。体形や顔立ち、TPOといった膨大な物差しがそれぞれパラメーターを持ち、かつまさに人間一人一人でそれらが複雑に絡み合う。いくらデータがあってもあまり意味がないのだ。

その意味で、日本最大規模のファッションECサイト「ゾゾタウン」を率いる澤田宏太郎社長が、EC側のアンサーとして「似合う」に着目したのは慧眼だった。過去の購買履歴やサイトの閲覧履歴に、重要な指標として「似合う」をかけ合わせる。これが結果的に生成AIが引き起こそうとしている「EC&コマース革命」でも、ファッション分野で大きなアドバンテージにもなり得そうなのだ。

実際、アマゾンは何度もこの壁に跳ね返されてきた。2017年に発売した「エコー・ルック(Echo Look)」は、全身写真を撮るとAIが服装を判定するカメラだったが、20年7月に機能を止めた。22年5月に米国で開いたリアル店舗「アマゾン・スタイル(Amazon Style)」も、23年11月に2店とも閉じている。開業からわずか17カ月だった。ベーシックな服を大量に売ることはできても、好みやスタイルを提案して売るのは別の話なのだ。グーグルは25年5月、検索の「AIモード」に、自分の全身写真で服をバーチャル試着できる機能を加えた。ただ、見せるのはあくまで「着た姿」までで、似合うかどうかの判定はユーザーに委ねている。

数字もそれを裏づける。経済産業省が10月21日に公表した電子商取引の市場調査によると、25年の衣類・服装雑貨等のEC市場規模は2兆8941億円、EC化率は24.08%。生活家電・AV機器・PC等は市場規模が2兆8829億円とほぼ同じなのに、EC化率は43.08%に達する。報告書は家電の高さを、仕様が明確で事前に比べやすいからだと説明する。服はサイズ感や色味、質感を買う前に確かめにくい。米国ではネットで買った服の4着に1着近く(25年は23.4%)が返品され、返品した人の約7割がサイズやフィットを理由に挙げたという(米コアサイト・リサーチ調べ)。

ZOZOは10月29日の2027年3月期中間決算説明会で、改めて「似合う」を軸にしたAIエージェント戦略を示した。ゾゾタウンには商品選びの相談に乗り、買った服の着回しまで提案するAIを載せる。店頭向けには、「似合う」の判定を学習したAIを積んだ仮想試着ミラーを開発中だ。4月にはLINEで対話型のコーディネート提案「ZOZOの似合うコーデAI ラボくん」を始め、9月にはコーディネートアプリ「WEAR by ZOZO」に「似合うルーム by ZOZO」を導入した。点だった施策が、ようやく線になりつつある。

興味深いのは、AIエージェントが普及した後の世界を、ZOZOが2つに分けて描いている点だ。仕様が明確で公開情報の多い日用品なら、消費者側のAIだけで最適な商品を選べる。ゾゾタウンのような仲介役の出番は減る。一方、人によって評価が分かれるファッションは、売り手のAIと買い手のAIが対話しながら選ぶ形になるとみる。米国でも、ノードストロームやセフォラのデジタル部門を経たジュリー・ボーンスタイン氏が25年6月、ファッション特化のAIショッピングエージェント「デイドリーム(Daydream)」を公開した。同氏も、ChatGPTのような汎用AIはテレビやヘアドライヤーのように仕様で選ぶ商品には向くが、スタイルや好みが問われるファッションには特化型の余地があるとみる。太平洋の両側で、冒頭の経験則がAIの時代の言葉に置き換えられつつあると言える。

AI側がすべてを握ろうとした例もある。オープンAIは25年9月、ChatGPTの中で買い物を完結できる「インスタント・チェックアウト」を始めたが、26年3月には縮小が報じられた。ChatGPTへの質問の約2%はすでに買い物関連とされる。消費者はAIで「調べる」ところまでは来ているが、AIに「買わせる」には至っていない。

「似合う」と「恥ずかしくない」

では、AIは本当に「似合う」が分かるのか。説明会で澤田社長は、こんな一言を口にした。

「人によっては、似合う似合わないではなく、他人から見て恥ずかしくないという考え方もある」

さらりとした言葉だが、私はここに「似合う」という言葉の厄介さが凝縮されていると思う。「似合う」は、自分の顔や体形、雰囲気と服が調和しているかという、いわば自分の側の物差しだ。「恥ずかしくない」はそうではない。職場や学校、保護者の集まりといった場で浮かないかという、他人の目の物差しである。日本人の服選びでは、後者が前者を上回る場面が少なくない。いわゆる世間体だ。同じ人でも、平日のオフィスと休日の古着屋巡りとでは物差しが入れ替わる。「似合う」は一つの答えではなく、その時々で重みの変わる複数の物差しの束なのだ。

AIの「似合う」は誰の目か

もう一つ考えたいのは、AIが学ぶ「似合う」の出どころだ。ZOZOの強みは、購買・閲覧履歴に加え、商品とひも付いたコーディネート画像を大量に持っていることにある。つまりAIが学習するのは、多くの人が着て、選び、評価してきた結果だ。そこから導かれる「似合う」は、言ってみれば他人の目の統計的な多数決である。

これは消費者の変化とも重なる。パーソナルカラー診断、骨格診断、顔タイプ診断——ここ数年、若い世代を中心に、自分に似合うものの「正解」を求める動きが広がった。AIによる「似合う」の提案は、その延長線上にある究極の診断とも言える。正解が手に入れば服選びの失敗は減る。返品の主因はサイズだが、「着てみたら思っていたのと違う」というずれも減るかもしれない。事業としては理にかなっている。

ただ、ファッションは本来、正解の外側で動いてきた。社会学者のゲオルク・ジンメルは、流行を他人に倣う「模倣」と、他人と違いたい「差異化」という2つの欲求のせめぎ合いとして捉えた。多数決の「似合う」は模倣の側には強いが、差異化の側にはどうしても弱い。誰もが「似合う」服を着た街は、整ってはいても退屈かもしれない。

似合わない服を着る自由

ZOZO自身も、この点には気づいているように見える。開発中の「似合うミラー」は、さまざまなジャンルのコーディネートを仮想試着し、普段は着ない服にも挑戦できる仕組みを目指すという。最適解を示すだけでなく、少し外れたところへ背中を押す。AIの「似合う」がそこまで踏み込めるなら、話は変わってくる。

澤田社長は「AIで似合うものがバッチリ見つかれば、自然と売り上げは増えていく。これはお店で人力でやって証明済みだ」とも語る。確かに、腕の良い販売員の「お似合いです」は売り上げを生む。その一言の裏には、客の話を聞き、迷いを読み、ときに「こちらも意外と合いますよ」と予想外の一着を差し出す技術がある。人力で証明されたのは正解を当てる力だけでなく、正解の幅を広げる力でもあったはずだ。

データと人を組み合わせれば万能、というわけでもない。アルゴリズムと人間のスタイリストを組み合わせた米スティッチフィックス(Stitch Fix)は、アクティブ顧客が21年10月末の418万人をピークに減り、26年度末(26年8月)は227万7000人だった。一方、顧客1人当たり売上高は過去最高の592ドルに伸びている。「似合う」の提案は、いる客を深く満足させても、新しい客を連れてくるとは限らない。ZOZOは逆に、ゾゾタウンの年間購入者数1355万人を抱えながら、アクティブ会員1人当たりの年間購入金額は4万951円と前年同期比3.4%減った。「似合う」が狙うのは、この数字の反転だろう。

AIに「似合う」は分かるのか。今や、その答えを最も欲しているのはZOZOの澤田社長である。「ゾゾタウン」「WEAR」などの主要サービスの非連続的な成長のほか、バーチャルミラーを活用した店舗事業などの新規事業の成功の可否も握っているからだ。逆に言えばZOZOが「似合う」に賭ける商機は、それだけ大きく、ファッションのコマース全体をも変える可能性を秘めている。

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