ファッション

稀代の“ギャルソン・ラバー”がアーカイブを手放す理由とは? 「ドットコム」設立者と競売人が語る「コム デ ギャルソン」の比類なき影響力

コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」の世界有数のアーカイブ・コレクターとして知られる「ドットコム(dot COMME)」が、希少ピースをオークションにかけるとあって話題を呼んでいる。オークションは、ロンドンの「ケリー・テイラー・オークションズ(Kerry Taylor Auctions)」が9月15日(現地時間)に開催する。

「ドットコム」はオーストラリア・メルボルンを拠点にオクタビウス・ラ・ローザ(Octavius La Rosa)が設立した、アーカイブファッションの収集・販売を手がける専門店。約20年にわたって「コム デ ギャルソン」を中心に収集を続け、現在では約4000点のアーカイブを擁する。今回はその中から1970年代の初期作品をはじめ、80年代のパリで発表されたエポック・メイキングなルック、90~2000年代を代表するコレクションなど、ブランドの歴史を辿る265ロットを出品する。

なぜ今、長年かけて築き上げたアーカイブの一部をオークションにかけるのか。「ドットコム」のラ・ローザ設立者と、今回のオークションを手がける「ケリー・テイラー・オークションズ」のアレックス・バデリー(Alex Baddeley)ディレクター兼競売人に、出品作の歴史的価値やアーカイブ市場の変化、「コム デ ギャルソン」が今なおファッションに与え続ける影響について聞いた。

PROFILE: (左)オクタビウス・ラ・ローザ/「ドットコム」設立者兼ディーラー(右)アレックス・バデリー/「ケリー・テイラー・オークションズ」ディレクター兼競売人

(左)オクタビウス・ラ・ローザ/「ドットコム」設立者兼ディーラー(右)アレックス・バデリー/「ケリー・テイラー・オークションズ」ディレクター兼競売人
PROFILE: 左 : オーストラリア・メルボルンを拠点に、10代後半からアヴァンギャルド・ファッションの収集を始める。「コム デ ギャルソン」を中心に、「ジュンヤ ワタナベ」「ヨウジヤマモト」「イッセイ ミヤケ」「ウォルター・ヴァン・ベイレンドンク」などの作品を長年にわたり収集。「ドットコム」では希少なアーカイブピースの販売に加え、保存、研究、展示にも取り組む 右 : ロンドンとニューヨークの「サザビーズ」でコンテンポラリーアート部門に勤務した後、ギャラリーコンサルタント、フリーランスのアートアドバイザーとして活動。2023年から現職。25年の“Martin Margiela, The Early Years”など、単一の所有者によるコレクションに焦点を当てたオークションを企画。ファッションを専門に、希少なヴィンテージやアーカイブピースのオークションを手がけている

「起きている時間の7割は
『コム デ ギャルソン』を考えている

WWD:「コム デ ギャルソン」を収集するようになったきっかけは?

オクタビウス・ラ・ローザ=「ドットコム」設立者兼ディーラー(以下、ラ・ローザ):約20年前に東京を訪れ、古着店で「コム デ ギャルソン」のユニークなアイテムを見つけたことがきっかけだった。スーツケースいっぱいに詰めて持ち帰ったのが、このブランドとの長い恋の始まり。当時すでに個性的な服を着ることには慣れていて、自分が作り上げようとしていたスタイルに「コム デ ギャルソン」がとてもしっくりきた。ブランドの知識は多少あったが、表面的な部分を知っている程度だった。ところが東京の古着店で服に触れて以降、「過去のコレクションをもっと深く調べてみたい」と思うようになり、すっかり夢中になった。目標はいつだって、アーカイブ・コレクションを築くこと。ビジネスはその次。それは、今も変わっていない。今でも起きている時間の7割は「コム デ ギャルソン」のことを考えている。

WWD:「アーカイブ」という言葉を、あなたはどのように定義している?

ラ・ローザ:僕にとっての「アーカイブ」とは、歴史的価値があると考えられる品を、その時代を記録する手段として保存すること。コレクターとしての目標も、常にそこにある。もっと広い意味で言えば、誰もが自分自身の“パーソナル・アーカイブ”を持っているとも思う。誰もが服を着て、自分の好みに従ってアイテムを集めているのだから。私がやっていることと、よりカジュアルな個人のアーカイブとの違いは、より具体的で、焦点が絞られていて、意図的であること。目指しているのは、あるテーマや対象を余すところなく表現するコレクションを作り上げること。とはいえ、コレクターが完全に満足することはない。必ずまた、新たに「欲しい」と思うアイテムが現れるものだ。

WWD:アーカイブを収集するうえで、最も重視している基準は?

ラ・ローザ:自分に最も強く訴えかけてくるアイテムを集めている。もちろん特に高く評価しているコレクションはいくつかあるが、世間一般でどれほど重要視されているかとは関係ない。それぞれの時代についてできる限り完全な記録を残し、それを正しく映し出すようなコレクションにしたい。自分自身の好みを反映しつつ、デザイナーたちのキャリア全体を包括的に捉えたコレクションを目指している。

「アーカイブをパリに移し、
記録・資料化することを計画」

WWD:約4000点のアーカイブ・コレクションの中から、265点を今回のオークションで手放すことにした理由は?

ラ・ローザ:来年に向けてビジネス上の計画がいくつかあり、資金が必要だから。メルボルンの店舗をより広い場所へ移転すること、そしてコレクションをパリへ移して今以上に本格的に記録・資料化していくことを計画している。研究や展覧会のためにもアーカイブを開放していきたい。

WWD:自身の店舗で販売するのではなく、オークションという形式を選んだ理由は?

ラ・ローザ:もともとオークションが大好きで普段から参加しているし、実際によく購入もしている。ずっと探していたアイテムを見つけたり、それまで自分が必要だとすら思っていなかったお宝に出合えたりする。素晴らしいオークションには、そういうワクワク感がある。「ケリー・テイラー・オークションズ」の活動は何年も前から追いかけていて、彼らの仕事をとても尊敬してきた。オークションという方法を通じて、これまで自分がリーチできていなかった新しい層にアプローチできる良い機会になるのではないかと思う。

WWD:265ロットの中から、美術館に収蔵されるに値すると思うピースを挙げるとしたら?

ラ・ローザ:1980年代のルックをいくつか挙げたい。中でも私が一番好きなのは、84年春夏のベッドシーツ・ドレス。左右非対称の、くしゅっと縮めたようなアームホールが特徴だ。これは、いわゆる“カラス族”(80年代初頭、「コム デ ギャルソン」のファンたちにつけられた呼び名)をよく表している一着でもある。2006~07年頃の「ジュンヤ ワタナベ(JUNYA WATANABE)」のアンサンブルも、構築性やパターンメイキングがとても気に入っている。それから02年春夏のデニムのルック。日常的な素材を象徴的な方法で再解釈した作品だ。

1993-94年秋冬の素晴らしいパッチワークドレスもいくつかある。このシーズンは市場価値とは別に、歴史的重要性という観点から、もっと評価されるべきと思うシーズンの一つだ。さらに98-99年秋冬の片袖の二重構造のコートは、脱構築的なテーラリングの美しい例である。そして2001-02年秋冬のタータンチェックとベルベットを使い、半分に分断されたようなドレスも素晴らしい。

アレックス・バデリー=「ケリー・テイラー・オークションズ」ディレクター兼競売人(以下、バデリー):私は1981-82年秋冬“パイレーツ(Pirates)”コレクションの、角製のボタンが巧みに配置されたオーバーサイズのアンサンブルを挙げる。川久保玲デザイナーが、男性的な美意識とスケール感を用いて実験しているのがわかる。それは、後の多くのコレクションにもつながっていくアプローチだった。コレクションの一部はピーター・リンドバーグ(Peter Lindbergh)によって撮影され、その写真はこの時代のファッションを象徴する、今なお記憶に残るイメージとなっている。

今回のオークションには、他にも80年代初頭の素晴らしいルックが数多い。もう一つお気に入りを挙げるなら83-84年秋冬“キルテッド・ビッグ・コーツ(Quilted Big Coats)”コレクションの、グレーウールのねじれたプリーツドレス。川久保デザイナーは大きな一枚布から出発し、それを興味深い方法で操作することで、最終的には着る人の身体にタイトに沿うドレスへと仕上げた。パターンカッティングとテクスチャーの見事な実例であり、後年の彼女のさまざまな実験を予見する作品でもある。

WWD:あなたが所有するアーカイブの中で、今回出品されておらず、今後も手放すことのない一着を挙げるとしたら?

ラ・ローザ:たくさんあるが、いくつか挙げるなら赤いギンガムチェックの“ボディ・ミーツ・ドレス、ドレス・ミーツ・ボディ(Body Meets Dress Dress Meets Body)”の通称“こぶドレス”。あとは、80年代初頭のお気に入りのドレスたち。そしてもちろん、ここ12年ほどのランウエイルックも。

「以前は100ユーロで買えたが、
今はその10倍でも買えない」

WWD:過去10年間でアーカイブ市場はどのように変化した?

ラ・ローザ:私が「コム デ ギャルソン」を知って収集を始めた約20年前は、日本で本当に安い値段で買うことができた。当時の私はそれほどお金を持っていなかったが、それでも手の届く価格だった。だからお金を貯めながら、歴史的な意味があると思うアイテムを調べて、少しずつ集め始めたんだ。振り返ってみると、最高のタイミングだったと思う。

その後は年を追うごとに、市場の関心がアーカイブやヴィンテージへと向いていった。背景にはいくつかの要因がある。まずは音楽やエンターテインメントの世界で、セレクリティの関心がこうしたファッションに向いたこと。世界全体に広がる、ある種の倦怠感がデザインに浸透したことも関係しているのかもしれない。「面白いデザインは、すでに全て生み出されてしまったのではないか」という感覚があり、インスピレーションを求めて過去のアーカイブを振り返る動きが強くなったように思う。私は、価格がどんどん上昇していくのを目の当たりにしてきた。以前なら100ユーロ(約1万8500円)で手軽に買えたアイテムが、今ではその10倍でも見つからない。しかも、市場が落ち着く兆しもない。

もしかすると「ムーブメントの歴史の一部になりたい」という市場心理もあるのかもしれない。私自身は80年代にはまだ生まれていなかったが、集めている服を通じて、当時のムーブメントとのつながりを感じている。それこそが、私にとってコレクションすることの意味でもあるんだ。

バデリー:約10年前に市場は一度ピークを迎え、その後ゆっくりと下降したが、最近になって再び非常に力強く戻ってきている。6月には「コム デ ギャルソン」のオークション歴代最高額を更新した。1982-83年秋冬コレクションのセーターのアンサンブルが6万5,000ポンド(約1365万円)で落札された。大手コレクターや美術館などの機関は、現代ファッションの画一性に飽きた新しい世代と、ますます競い合わなければならなくなっているのだと思う。

「コム デ ギャルソン」は今も昔もラディカルだ。一見すると最もシンプルな服でさえ、着る人を特別な気分にさせる独特の個性がある。だからこそ幅広い買い手を惹きつけ、全体的な価格上昇につながっている。

WWD:アーカイブがブランドの歴史を伝える一方で、「コム デ ギャルソン」は現在もファッション業界に影響を与え続けている。なぜ、これほど影響力を持ち続けていると思うか?

ラ・ローザ:「コム デ ギャルソン」ほど境界を押し広げ、“服とは何なのか”を問い続けているブランドは他にないからだろう。服のスタイルや、人々がどう服を着るかということに対して、間違いなく大きな影響を与え続けている。たとえ着ている本人が、その影響に気づいていなかったとしても。

「コム デ ギャルソン」は常に10年以上先をいく先見性がある。今では以前より一般的になった、より大胆で華やかな装いの先例を作ってきたブランドだ。発表された当時はすぐに理解されなかったデザインであっても、何年も経って振り返った時、その存在や影響の大きさがはっきりと見えてくる。

バデリー:川久保デザイナーの偉大な才能の一つは、全てを自分自身についての物語にしなかったことだと思う。彼女が作ったブランドが、本質的にミステリアスで抽象的だ。「コム デ ギャルソン」という謎めいた名前に至るまで。

その姿勢を象徴するように、彼女は渡辺淳弥、二宮啓、栗原たおといった若いデザイナーたちにもスポットライトを当ててきた。また、彼女のリテールストア「ドーバー ストリート マーケット(DOVER STREET MARKET)」にも同じ考え方を見ることができる。そこでは「コム デ ギャルソン」のアイテムと並んで、全く別のブランドもキュレートしている。他者とコラボレーションしたり、別の才能を積極的に後押ししたりする姿勢が、自身のブランドを常に現代的で、新鮮で、驚きに満ちた、アヴァンギャルドな存在に保ってきた。それは特に、強烈なエゴが渦巻くファッション業界においてはなおさら有意義なこと。ただ、何よりも彼女は並外れたデザイナー。ランウエイショーが毎年これほど待ち望まれているのも、次に何が出てくるのかまったく予想できないからだろう。

WWD:今回のオークションを経て、今後の活動をどのように発展させていく?

ラ・ローザ:「ドットコム」をメルボルンからパリへ移転する計画を進めており、最近ではサン=ジェルマンに常設拠点を設けた。移転については10年以上前、ヴァンドーム広場近くの駐車場で初めてポップアップを行った頃から考えていた。パリはファッション産業の中心地であり、「コム デ ギャルソン」の本社がある場所でもある。コレクションをパリへ移すことで、スタイリストやキュレーター、ファッションデザイナーら業界の人々にとって、よりアクセスしやすいアーカイブになると考えている。今回のオークションで得た資金は、新たなアーカイブの収集に充てるほか、コレクションの記録・資料化を進め、数年のうちに展覧会という形で公開していく予定だ。

私のコレクションがより意味のある形でファッションの世界に貢献し、何かを還元できる存在になればと思っている。もしかすると、誰かが自分自身のコレクションを築き始めるきっかけにもなるかもしれない。

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