オーストラリア・メルボルン発、インディー・シーンの新鋭として熱視線を集めるフォーク・ビッチ・トリオ(Folk Bitch Trio)。名門レーベル〈ジャグジャグウォー(Jagjaguwar)〉から昨年リリースされたデビューアルバム「Now Would Be A Good Time」は、20代特有の痛切な葛藤や失恋を、極めてパーソナルな視点とシニカルなユーモアで描き出した傑作だ。彼女たちの最大の魅力は、メンバー3人がそれぞれが独立したソングライターである点にある。個人の赤裸々な痛みは、親友たちの声と重なり合うことで温かな響きを伴い、”私たち”の歌へと昇華していく――その美しい3声のハーモニーの裏には、緻密なアレンジと彼女たちの確固たる美学が息づいている。
一度はフォークを手放しながらも、ジョニ・ミッチェルやカレン・ダルトンらが紡いできた“真実を語る器”としてのフォークの遺産を再発見し、自らの表現として獲得していった彼女たち。一方で、その豊かなストーリーテリングの伝統やコミューナルな精神に深いシンパシーを寄せつつも、フォークというジャンルに限定されることは軽やかに拒んでみせる。あえて「Bitch」という言葉をグループ名に冠する反骨心からも分かるように、彼女たちのスタンスはとても自由だ。そんな彼女たちいわく「情けない悲劇」を綴った歌は、ジャンルの枠を超えて同時代を生きるリスナーのリアルな共感を呼んでいる。
今回、待望の初来日公演を行なった彼女たち――グレイシー・シンクレア、ジーニー・ピルキントン、ハイデ・ペヴェレルの3人に、楽曲に込められた思いやその制作背景を聞いた。
自然な成り行きでバンドを結成
——フォーク・ビッチ・トリオのライブは基本3人のギターのみのミニマルなセットですが、その中で演奏のダイナミクスやグルーヴを生み出す上で大事にしていることは何ですか。
ジーニー・ピルキントン(以下、ジーニー):そこはあくまで自然体というか、私たちはただ、ギターとボーカルだけのシンプルな編成であっても曲にエネルギーと情熱を注ぎ込もうとしていて。リズム隊やドラムがいなくてもこれだけの音や空間をつくれるんだってことを、みんな過小評価しがちだと思う。ドラムレスでもパワフルでラウドな音楽をつくることはできるんです。
ハイデ・ペヴェレル(以下、ハイデ):それに「バイブス」も大事(笑)。ラウドといっても、威圧的で耳障りなうるささである必要はなくて。私たちが曲に込めたエネルギーを、ステージ上の私たちが感じているのと同じように、お客さんにも肌で感じてもらえたらいいなと思っています。
——3人は高校時代からの友人だったとか。
ハイデ:私たち、12歳くらいの頃からずっと友達なんです。音楽以前に、人として仲が良くて。一緒におしゃべりして、楽しい時間を過ごして、「あなた面白いね」「あなたも面白いよ」「カッコいいよね」って言い合えるような関係で。あとは、一緒に料理をつくったり。
ジーニー:そうそう、料理をつくって、食べて、そして飲む!(笑)。基本的には同じことが好きで、ただ一緒に過ごすのが好きなんです。笑うのが大好きで、映画を観たり、時にはYouTubeでドライブレコーダーのハプニング映像集なんかを観て爆笑したり。友達同士が一緒に楽しむような、ありふれた普通のことをたくさんしてきました。10代の頃は、まさに街中を走り回って、悪ガキみたいに遊んでましたね(笑)。
グレイシー・シンクレア(以下、グレイシー):そう、それである日、家で集まって遊び感覚で演奏していたら、ライブに誘われたんです。4曲くらい演奏することになって、そうしたらまた別のライブに呼ばれて、さらに次も呼ばれて……という感じで、そのまま今に至るという。本当に自然な成り行きで、ぜんぜん運命的な感じじゃなかった(笑)。
音楽的バックボーン
——グレイシーとジーニーはジャズを学んだ時期もあったそうですが、それぞれ音楽的な趣味やバックボーンはどんな感じ何でしょう。
ジーニー:音楽の趣味は3人ともかなり幅広いですね。でも、重なっている部分もたくさんあって、3つの円が重なるベン図みたいな感じです。それぞれが個人的に影響を受けている音楽は多岐にわたるけど、”世界で一番素晴らしい音楽は何か”という深い部分においては共有しているものがとても多い。
ハイデ:バンドの共通認識として、ウィルコやギリアン・ウェルチは本当にみんな大好きですね。
グレイシー:あと、ニール・ヤングね。ジョニ・ミッチェル、オルダス・ハーディング、ジュリア・ジャックリン、ケイト・ル・ボンとか。
——それぞれギタリストとして影響を受けたアーティストは誰になりますか。
ジーニー:ギタリストとしての視点で言うと……ジョニ・ミッチェルは革命的なギター・プレイヤーだと思います。彼女のアコースティック・ギターの常識を打ち破るようなプレイスタイルは、私の演奏にも間違いなく変化を与えました。私にとって唯一無二のギターのルーツと言えるかもしれない。エイドリアン・レンカー(ビッグ・シーフ)も素晴らしいアコギ弾きだし、M・ウォードも美しいギターを弾きますよね。
ハイデ:ジェフ・トゥイーディー(ウィルコ)や、メグ・ダフィー(ハンド・ハビッツ)もそうですね――彼女はパフューム・ジーニアスのアルバムでもギターを弾いていて。あと、トム・ヨークのギタープレイも大好きです。彼は信じられないくらい素晴らしいギタリストだと思うな。
——ちなみに、ギター以外の楽器を考えたことはないんですか。
グレイシー:私はピアノを弾くのも大好きです。私が歌(ジャズ・ボーカル)を学んだのはピアノの弾き語りだったし。ただ、ピアノを持ってツアーに出るのは大変で、その点ギターは最高ですよね(笑)。でも、ギース(Geese)のキャメロン・ウィンターみたいに、ソロでピアノの弾き語りをしているのを見るのは大好きです。あんな風にピアノをステージの主役に取り入れているのを見ると、すごく刺激を受けます。
ハイデ:ギースといえば、ギタリストのエミリー・グリーンのプレイもすごく好き。
フォークにおける多様性
——ただ、10代の頃には「フォークはダサい」と感じ、ヒップホップに浮気をしていた時期があったとか。そこから改めてフォークを”再発見”したのは、どんなきっかけや心の変化があったのでしょうか。
グレイシー:ジーニーと遊んでいた時に、2人がギリアン・ウェルチの曲を全部知っていることに気づいた時のことを覚えています。ハイデも「この2人、ギリアン・ウェルチにめっちゃ詳しい!」って気づいた時の記憶があるんじゃないかな。あの時は「えっ、知ってるの?」ってとても驚いて。
ジーニー:アコースティック・ギターを弾くのがダサいと思って、ギターをやめてしまった時期が確かにありました。でも16、17歳の時にまたギターの魅力に気づいて、その頃に“ちょっと変わったフォーク・ミュージック”をたくさん聴くようになったんです。エキセントリックで実験的なフォークというサブジャンルに出会って、「ニール・ヤングやジョニ・ミッチェルみたいに超伝統的じゃなくてもいいんだ。曲づくりやサウンドってもっと多様でいいんだ!」って気づいて。それがきっかけで、あらゆるタイプのフォーク・ミュージックを再び聴くようになって、フォーク・ビッチ・トリオを始めるインスピレーションになりました。
——その“ちょっと変わったフォーク・ミュージック”というのは、どのあたりのアーティストですか。
グレイシー:リンダ・パーハクスやヴァシュティ・バニヤン、シビル・ベイヤーとか。カレン・ダルトンもですね。特に女性で、自分の声を少し不気味というか、エキセントリックで面白い使い方をしている人たち。あとは絶対に、オルダス・ハーディングやケイト・ル・ボンですね。ジーニーとハイデがケイト・ル・ボンのライブを観に行って、その数カ月後にみんなでオルダス・ハーディングの「Designer」ツアーを観に行ったんですが、あれは本当に衝撃的だった。あの2つのライブは、私たちにとってすごく大きな形成体験になったんです。パフォーマーとしてのオルダス・ハーディングは本当に素晴らしかったな。
——例えば今名前の挙がったフォーク界の偉大なアーティストたちから、自分たちはどのようなレガシーを受け継いでいると思いますか。
グレイシー:ニールやジョニの本当に特別なところは、彼ら自身が「その時代におけるフォーク・ミュージックをモダンにアップデートしていた」という点だと思う。愛など、感情にまつわるソングライティングの普遍的なテーマを描きながらも、当時の現代的な言葉を使っていたのが素晴らしい。特にジョニは“歌の中で表現される言葉”を根本から現代化した。私たちも、それをやろうとしているんだと思う。何かを無理に変えようとしているわけではなくて、音楽の中でただ自分たちらしくありたいし、自分たちにとってリアルで真実味のある言葉を使いたい。それくらいかもしれないですね。
「Bitch」に込めた思い
——ところで、グループ名にある「Bitch」ですが、とても強い言葉ですよね。文脈によって様々な解釈ができると思いますが、ご自身では「Bitch」という言葉をどう定義づけていますか。
グレイシー:まあ、単純に面白いから付けただけなんですけどね(笑)。オーストラリア人はよく汚い言葉を日常的に使うというのもありますが、この言葉の「奪還(Reclamation)」という意味合いもあると思います。男性から「ビッチ」と呼ばれるのは絶対に許せないけど、自分たちでユーモアを交えて「私たちフォーク・ビッチだから」って名乗るのは全く別の話ですよね。ちょっとしたアティチュードやエッジがあるし、面白い言葉だと思って。
——例えば、自分たちと“Bitchnese”を共有していると感じるアーティストは他にいますか。
グレイシー:うーん、「Bitch」かどうかは分からないけど、アティチュードやエッジを持っているバンドならいるかな。例えば、アミル・アンド・ザ・スニッファーズとか。あのバンド名もすごく面白いですよね。あとはトロピカル・ファック・ストームとか。
ハイデ:ウェンズデイもそうだね。「Bitch」っぽさというよりは、確固たるアティチュードやエッジを持っているという意味で。
ジーニー:ユーモアも大事だよね。それに、結果的にではあるけど、「3声のハーモニー・グループ」として一括りにされるのを避ける手段にもなっていると思う。女性や女性寄りの表現をする人たちが3声でハモると、すぐに「とてもソフトでフェミニンなもの」としてカテゴライズされがちだから。私たちはそういう枠組みにはあまり興味がないし、そういうグループって大抵、すごく真面目な名前がついていることが多いじゃないですか。だから、あえてふざけた名前をつけることで、そういうステレオタイプを少しからかいつつ、型にはめられるのを回避している部分もあるんだと思います。
フォークのイメージにとらわれない
——アルバム「Now Would Be a Good Time」のビジュアルは、それまでEPとは雰囲気が違って、いわゆるフォークのイメージを裏切るようなルックスが印象的です。
グレイシー:自分たちが着ている服のせいで、アルバムのジャケットが中身の音楽と合っているかどうかなんて、今まであまり考えたことがなかったけど……確かに、フォークっぽくは見えないかもしれない(笑)。でも、それも自己表現のもう一つの側面だと思うんです。私はパティ・スミスやボブ・ディランのビジュアル・イメージに憧れていて。ドレスアップしたり、“自分が何者であるか”をつくり上げるのって楽しいですよね。ミュージックビデオをつくる時も、それは自分を表現するための別のアプローチ、別のアングルに過ぎないんです。だから、アイデアとしては「ただ自分たちを表現する」ということですね。
——ちなみに、あの衣装はどんなイメージでスタイリングを組んでいったんですか。
ジーニー:実はあれ、アルバムジャケット用の撮影じゃなかったんですよ。ミュージックビデオの撮影中で、そのソファでちょっと写真を撮っただけなんです。だから自然体でリラックスしていて、少しロックンロールな雰囲気が出ていたんだと思う。何を着るかあまり考えすぎていなかったのが、かえって私たちっぽくて。普段好んで着ている服や、見せたい自分たちの姿が自然に表れている気がします。
——ちなみに、好きなファッションのスタイルや、着ると気分が上がるようなブランドはありますか。
ジーニー:日本のファッションが大好きです。「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」や「ヒステリックグラマー(HYSTERIC GLAMOUR)」みたいな日本のデザイナーがすごく好きで。「ヴィヴィアン・ウエストウッド(VIVIENNE WESTWOOD)」も好きだし、日本のストリートスタイルからもたくさんインスピレーションを受けています。こっち(日本)のショップで服を見て回るのが本当に楽しくて!(笑)。3人ともテーラリングやシルエットがしっかりしている服が好きですね。それぞれ好みは違うけど、シルクやウールのような美しい生地の質感はみんなの好みだと思う。ベーシックだけどタイムレスな服が好きで、デニムや黒い服をよく着るし……上質なものっていうか。ずっと色褪せないような、一生モノだと思えるようなものを買うのがみんな好きですね。
グレイシー:着ていてインスピレーションをもらえたり、ハッピーな気持ちになれたりする服だよね。あとは、自分にとっての「ユニホーム」や「鎧(アーマー)」のように感じる服。私にとってはこのジャケットがまさにそうで……うん、自分が“自分というキャラクター”になりきれるような服ですね。あとは、ボブ・ディランの時代のようなアメリカーナ(アメリカの伝統的スタイル)からの影響も大きいな。それから、フレンチスタイルも少し。もう少しロマンチックなフレンチ要素とかね。それと私、バレリーナは世界で最も美しい存在だと思っているんです(笑)。だからクラシック音楽も大好きで、バレエやオペラのために書かれた音楽を聴くのが好きですね。
——「ヒステリックグラマー」と「コム デ ギャルソン」は全く異なるスタイルですが、それぞれのどんなところが好きですか。
ジーニー:「ヒステリックグラマー」の遊び心が大好きで。それに、音楽からの影響を強く感じるところ。バンドのマーチャンダイズをベースにしたようなデザインがたくさんあって、パンクやロックンロールからのインスピレーションに溢れていて。そういう遊び心や、時にすごくガーリーな部分に惹かれます。一方で「コム デ ギャルソン」はもっとタイムレスで、“一生愛せるもの”という感じがして「ヒステリックグラマー」を着ると、すごく若々しい気分になれるんです。
——ハイデさんはDIYが趣味だと聞きました。
ハイデ:実は昨日も、こっちのホームセンターで2時間くらい過ごしちゃって(笑)。モノを作るのが本当に大好きで、それがファッションのインスピレーションにもなっています。だからワークウエアがすごく好きでよく着ています。家にいる時は、アクセサリーをつくったり、家具やランプを修理したり、何かしらモノをつくっていて。私にとって音楽を演奏することとモノをつくることは、「フロー状態」に入れる唯一の手段なんです。普段は頭の中がずっとフル回転している感じなんですが、モノをつくっている時や音楽を演奏している時はすごく心が落ち着くんです。
実際に起きていることを語る
——今回のアルバムのテーマは、20代前半特有の「ちっぽけで情けない悲劇」だそうですね。ただ、そこで綴られている、失恋の痛みや喪失感を元にした「私」の歌が、3人の声が重なることで「私たち」の歌へと変化していくーーそれって3人にとって、どんな感覚をもたらす体験なんでしょうか。
グレイシー:良い曲であれば、その良さは自然と感じ取れるものだと思う。それに、私たちは一緒に過ごす時間が本当に長くて、お互いのことを深く愛しているから。だから、誰かが持ってきた曲を聴いた時、その曲が何について歌っているのか、だいたいわかるんです。「ああ、こういう気持ちなんだな」って共感できるし、「私もそれを歌いたい」って思う。なぜなら、私自身もどこかで同じように感じているから。それが“良い曲”の美しさですよね。一緒に生きてきた経験を共有していて、本当に仲の良い友達だからこそ、お互いをパーソナルなレベルで理解し合えている。そのことが、ソングライターとしてお互いを理解するのをすごく簡単にしてくれているんだと思います。
ハイデ:愛ですね、本当に。私たちは愛し合っているんです。ちょっとクサい言葉に聞こえるかもしれないけど(笑)、事実だから。昨日の夜も、ジーニーとグレイシーに私の新しい曲を聴かせたんですけど、そういう時に“愛に包まれている”みたいな感覚になって。これも本当のこと。私たちが一緒に生み出すクリエイティブな化学反応は、お互いへの信頼と愛によって支えられているんだと思う。
ジーニー:ちなみに、日本語で「Love」ってなんて言うんですか。
——「愛」ですね。
ジーニー:「アイ(愛)」?……すごく素敵な響きだね。「アイ」(笑)。
——そうして個人の体験を分かち合い、共に歌うという体験は、まさにフォーク・ミュージックの本来の姿、コミューナルな精神性に通じるものだと思います。
ジーニー:まさにその通りですね。フォーク・ミュージックの中には、確かに私たちと深く共鳴する部分があって、ある程度は私たちがやっていることそのものだと思う。ただ、ロック・ミュージックのような他のジャンルの要素も私たちにとっては同じくらい大切で、自分たちの音楽やサウンドに同じくらい影響を与えていて。でも言われた通り、突き詰めれば、私たちはフォーク・ソングライターなんだと思います。それに、「フォーク」というジャンルは世間が思っているよりもずっと幅広いものだし。告白するように自分の内面を歌う「コンフェッショナル・ソングライター」というあり方は、大抵のロックンロールや、パンクにさえよく見られるものだし。音楽の至るところに存在している要素だと思います。
——例えば、そうした日常のささやかな感情を歌うことと、社会や時代のムードは、みなさんの中でどうつながっているのでしょうか。
グレイシー:私にとっては、その2つは同じことなんです。パーソナルであることは正直であることであり、“実際に起きていることを語る”ということだから。
ハイデ:そうだね。真実を歌っているからこそ、本質的にモダン(現代的)になるんだと思います。
——ところで、フォーク・ビッチ・トリオについて、フィービー・ブリジャーズが「1940年代のボーイジーニアス」と評したことがありましたよね。ポジティブなキャッチコピーだと感じたのですが、その評価には同意しますか。それとも自分たちでは違う視点を持っていますか。
ジーニー:ああ、それは私たちがまだ本当に結成したばかりの頃のことで、当時Bandcampでリリースしたデモ音源を聴いて、彼女がそう言ってくれたんです。初期の録音を聴き返すと、自分たちでもすごく若くて、サウンドもまだ発展途上だったなと思います。バンドとしてのアイデンティティーが完全に固まる前で、今の私たちの音楽を聴いてそう言う人はいないと思うけど、当時のあの時点では確かにそうだったのかもしれない。でも、彼女が私たちの音楽を聴いてコメントしてくれたことは、当時の私たちにとって本当に特別な出来事でした。彼女はアイコンでありレジェンドだし、私たちはみんな彼女のファンだから。
——バンドを始めた頃、「トリオ」としてのロールモデルのような存在はいましたか。
ジーニー:もちろん、「トリオ」という形態は大好きです。「Trio(※ドリー・パートン、リンダ・ロンシュタット、エミルー・ハリスによる共作アルバム)」も好きだし、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングも。でも、私たちは最初から「ボーカル・トリオになろう」と決めていたわけではなくて。本当にただの偶然で。一緒に音楽をやりたくて集まったら、たまたま3人でやることが私たちの得意なことだった、というだけで。自分たちのバンドとしてのアイデンティティーは、常に自分たちの“内側”に探し求めてきたと思う。私たちは「自分たちは自分たちだ」と強く感じているし、だからお互い以外の誰かをベースにして自分たちの音楽的アイデンティティーを形作りたいとは思わないです。
——仲良しの女の子たちが自然体で音楽をやっていたら、偶然成功したーーそんな風に、ある種ロマンチックに美化された、少しナイーヴな物語としてフォーク・ビッチ・トリオについて語られた記事も目にします。でも実際のみなさんは、確かな音楽の素養と明確な美学を持った、主体性の強いアーティストで。世間やメディアでの”語られ方”について、「本当はそうじゃないんだけどな」と違和感を覚える部分はありますか。
グレイシー:そう言ってもらえると、本当にうれしいです。メディアでそう語られることに対しては……確かに、時々少しもどかしく感じることもあって。でも、ある意味ではそのストーリーも事実なんです。始まりは本当にそうだったから。ただ同時に、私たちが今の場所にいるために、すごくハードワークしてきたというのも事実。私たちはそれぞれが独立したアーティストであり、自分自身の中にあるものを育てて、それを一緒に持ち寄ってきました。だから、それが真実だと感じているし、時間が経てば自ずとそれが証明されると思っていて。私たち自身はそのことをちゃんと分かっていますし、そうやって本質を見てくれたことがすごく嬉しいです。
ジーニー:基本的には、他人が私たちをどう見るかについて、あまり気にしすぎないようにしていて。私たちは、このプロジェクトが自分たちにとって何を意味するのか、そのことに自信を持っているから。だから、私たちがつくっているものをちゃんと理解してくれる人たちはいるし、もし誤解したり、男性目線(male gaze)で私たちを見て、ただの「若い女の子たち」として見たりする人がいたとしても……まあ、それはそれでいいかなって。いつか気づくかもしれないし、気づかないかもしれない。私たちは彼らのために音楽をつくっているわけじゃないから。私たちが届けたい人たちには、ちゃんと本質が伝わっている。だから、それでいいんです。
PHOTOS:TAKUYA MAEDA(TRON)







