
第109回ピッティ・イマージネ・ウオモのスペシャルイベントとして、小塚信哉が手掛ける「シンヤコヅカ(SHINYAKOZUKA)」が、イタリア・フィレンツェで欧州初となるランウェイショーを開催した。
ブランド設立10周年という節目の舞台に選ばれたのは、歴史を重ねた石造りの空間。その床一面には、プラスチックで作られた人工の雪が静かに降り積もっていた。雪景色に残された足跡。夜空に浮かぶ月。道端に落ちている、片方だけの手袋ーーそれは、小塚デザイナーが今回のコレクション制作で思い描いていた情景そのものだった。
目を奪われたのは、ブランドのシグネチャーである「BLUR(曖昧さ)」の表現だ。ブラックのメルトンコートは、裾に向かって徐々にグレーの長い毛足へと変化していく。吹雪の中で視界がにじむ瞬間や、衣服に雪が降り積もっていく情景を、ニードルパンチを高度な技術で可視化してみせた。
本コレクションを象徴するように多用されたのが、巨大なニットの「片手袋」だ。右手にのみ装着されたミトンや、スカーフやバッグにあしらわれた手袋のモチーフは、ノスタルジックな温もりと、持ち主を待ち続けているかのような寂しさを漂わせた。
今回のショーの着想は、ビール片手のごく日常的な散歩道だったという。「なぜ手袋は、いつも片方だけ道に落ちているのだろう?」そんな素朴な疑問から始まった思索は、やがて小塚自身の、ひとつの個人的な真理へと辿り着く。
「手袋や靴は二つで機能するもの。でも、心や家族、自分自身といった本当に大切なものは、一つしかない」。ならば、あの片手袋は、持ち主が帰るべき場所=「家(Home)」なのではないか。あるいは、迷子になった思考を照らす「灯台(Lighthouse)」なのではないか。その二つの言葉を重ね合わせて生まれたのが、今回のテーマである“Lighthome”だ。
厳しい冬の情景の中に、温かみのあるユーモアも織り込んだ。雪道を歩いた痕跡である靴の足跡(ソール柄)を、スタンプのように全面にプリントしたルックや、黒いジャケットに、まるで雪玉が付着したかのような立体的フェルト刺繍。それらは、誰かが冬の家路を急いだ“痕跡”であり、記憶そのものにも映る。
圧巻は、黒いコートの裾に描かれた巨大な三日月。プリントではなく、無数の白いボタンを一つ一つ縫い付けて描いた職人技の結晶。夜道を照らすその三日月は、誰かを導く“確からしい光”――灯台としてのメタファーとして、存在感を放っていた。
「理屈では説明つかないかもしれないけれども、意味もわからないかもしれないけど、共感性を生むかもしれない、機械には出来ない訳。そんなデザインがしたいんだ、と気付きました」。「ポケットに仕舞い込みすぎて、ぐしゃぐしゃになった出不精な熱量を引っ張り出して、冬というモチーフと共に、一生懸命温めました」。
小塚デザイナーがコレクションノートに記したありのままの言葉は、見る者それぞれの記憶の奥底にそっと触れる温かな感情となり、冬の情景の中からじんわりと伝わってきた。10年目の節目をピッティという初の欧州の舞台で飾り、「将来的にはパリなど世界的な舞台でショーを行いたい」と小塚。確かな手応えと共に、その視線はすでに次を見据えている。