ロンドン出身らしい多文化的なサウンドとエクレクティックな感性を武器に、UKラップの枠組みを超えて支持を集めるラッパーのリトル・シムズ(Little Simz)。近年は「トップボーイ(Top Boy)」や「パワー(The Power)」などのTVドラマで俳優としても活躍、ファッションブランド「ミュウミュウ(MIU MIU)」の2024-25年秋冬、25年春夏コレクションのショーにも登場するなど、表現のフィールドを拡張し続けている。
そんな彼女が25年6月に送り出した最新作「Lotus(ロータス)」は、過去3作でプロデュースを手掛けた盟友インフロー(Inflo)と袂を分かってから初のアルバムだ。マイルズ・クリントン・ジェイムズ(Miles Clinton James)を新たなメインパートナーに迎えて創出したサウンドは、ソウル、ジャズ、ボサノヴァ、ロック、アフロビートなどが美しく溶け合ったもの。リトル・シムズらしい多様性を感じさせながらも、ボサノヴァの導入は彼女の新たな側面を見せるものだった。
既に各所で報じられている通り、幼馴染でもある彼女とインフローとの決裂の原因には金銭的トラブルがある(一時、彼女は税金が払えなくなるほどの負債を抱えることになった)。そのため、アルバムには攻撃的に誰かを攻め立てたり、逆に自己否定に陥りそうだったりした経験を赤裸々に歌う曲も少なくない。だが最終的には、「この困難を乗り越えるには、自分自身を許し、愛することが大事」という結論に辿り着くのが感動的だ。
この取材は、彼女が「フジロックフェスティバル’25(FUJI ROCK FESTIVAL'25)」(以下、「フジロック」)で来日した際に行ったもの。生バンドを率いて日本のステージに立つのは今回が初めてだったが、バンドの演奏は圧倒されるほどタイトでグルービー。もちろん、リトル・シムズの切れ味鋭いラップ、楽しそうな笑顔で観客を盛り上げるパフォーマンスも素晴らしく、「フジロック」でもっとも大きなステージであるグリーンステージを完全に掌握していた。そんなライブの感動がまだ冷めやらぬ中、彼女に「フジロック」でのパフォーマンス、ファッション、そして「Lotus」について訊いた。
「フジロック」を終えて
——「フジロック」でのライブ、めちゃくちゃ良かったです。
リトル・シムズ:ほんと? ありがとう。
——ステージでパフォーマンスをしているとき、あなたのうれしそうな笑顔がとても印象的でした。どんな気持ちでライブに臨んでいたのでしょうか?
リトル・シムズ:最高の気分だった。日本のオーディエンスとまたつながれた感じがしたのが、すごくうれしくて。観客と自分との会話みたいなショーだったし、そういうのって楽しいから。あと、めっちゃ暑かった(笑)。
——そうでしたね(笑)。あなたはサッカー好きで、アーセナルの熱心なファンであることでも知られています。ライブではアーセナルのユニホームを着ることもありますが、「フジロック」では背中にSIMZと書かれた日本代表のユニホームを着ていましたね。
リトル・シムズ:そのユニホームはプレゼントでもらったの。「日本にようこそ」っていう歓迎の気持ちを感じたから、すごくしっくりきたっていうか。それに背番号が3で、自分の一番好きな数字だったし。日本に来たのがこれで3回目っていうのもあるし、いろんな意味でつながってる感じがしたんだよね。
——なぜ「3」という数字が好きなんですか?
リトル・シムズ:音の響きもそうだし、「three」と「free」が似てるから、っていうのもある。なんかいいなって。
——最新作「Lotus」に収録されている「Free」という曲でも、threeとfreeをかけて、歌詞がどんどん展開していくパートがありますよね。あそこはすごくエキサイティングでした。
リトル・シムズ:まさにそれ! そうそうそう——あ、日本語で「yes(そう)」ってなんて言うの?
——「はい」とか、「そう」ですね。
リトル・シムズ:「ハイ」、ね。クール。
——2019年に「WWD JAPAN」で取材をしたときは、ライブでのファッションは自分らしさと動きやすさを大切にしていると話していましたが、それは今も変わらないですか? 最近お気に入りのライブでのファッションがあれば教えてください。
リトル・シムズ:うん、今もその感じ。今回の「フジロック」の衣装も自分でスタイリングしたし。スタイリストと組むこともあるけど、自分が何を着るか、どう見せたいかには結構こだわりがあって。だから、いつも「これは自分らしい」って思える服を選ぶようにしてる。そうじゃないと落ち着かないんだよね。ステージに立つのって、体力的にもメンタル的にも結構ハードだから、せめて着てるものは楽でいたい。気分よくパフォーマンスできることが大事だと思ってる。
——普段のファッションで、何かこだわりはありますか?
リトル・シムズ:うーん、機能性かな。ポケットが付いてる服が好きなの。すぐに物を取り出せるし、便利でしょ。あとキャップも好き。そんな感じかな。正直、すごくラフだよ。普段着はカジュアルで、ゆるいスタイルが多い。
「制限なくクリエイトするのが好き」
——今回の「フジロック」でのライブでは、あなたのラップやパフォーマンスはもちろん、一緒にやったバンドも素晴らしかったです。インディーやジャズやアフロビートなどが溶け合った、今のロンドンの進歩的なサウンドを象徴するようなメンバーとサウンドだったと思いました。
リトル・シムズ:そういうスタイルの音楽って、私がずっと聴いて育ってきたものなんだよね。だから全然、自分のコンフォートゾーンの外って感じじゃなくて、むしろずっとそばにあった音楽って感じ。子どもの頃に無意識に吸収してきたもの——このドラムの感じが好きだな、このギターの音いいな、このピアノのコード好きだな、みたいな——が、自然と自分の中に蓄積されてて。大人になって、それを自分の音楽にどんどん取り入れていくようになった。それに、レコーディングされた音をライブで再現するんじゃなくて、もっとエネルギーを加えて、ステージでガツンと響かせたい、っていうのがあるんだよね。
——「Lotus」でも、アフロビートやボサノヴァやロックなど、いい意味で雑食性の高いサウンドが展開されていますよね。それはいろんなカルチャーが存在するロンドンらしいサウンドだと感じましたが、あなたのエクレクティックな音楽的志向は、自分の生まれ育った環境と関係があると思いますか?
リトル・シムズ:うん、それは間違いなく環境の影響だと思う。自分が育った街が、私の耳を作ったと言っていい。私が育った頃のロンドンでは、グライムとかガラージ、UKラップ、ファンキーハウスがすごく影響力があって、そういうのを聴いて育ったし、自分の音楽を作る上でもそういう要素をベースにしてた。でも、アメリカの音楽にもたくさん触れてきたし、さらにその外側、例えばオルタナティブなスペース——インディーロックとかフォークとか——にも惹かれてた。で、私はナイジェリア系のバックグラウンドを持ってるから、その影響もあるしね。ほんと、いろんなものが混ざってるっていう。
——実際、あなたの音楽は特定のジャンルに収まる感じがしないですよね。
リトル・シムズ:ジャンルに属するって、ちょっと自分を制限する感じがして好きじゃないんだよね。私は制限なくクリエイトするのが好きで、その方が可能性が無限に広がると思う。何が生まれるかなんて、誰にも分からないんだから。だから、自分がどこかに属してるっていう意識は正直ない。ただ、自分がインスパイアされるもの、自分が好きなものを作りたいだけ。みんながそれを好きになってくれたらもちろんうれしいけど、まずは自分が楽しめるものを作るっていうのが一番大事かな。
——基本的にジャンルやシーンに属している感覚はないとのことですが、今回のバンドメンバーとは何かしらのつながりを感じているわけですよね。
リトル・シムズ:うん。ギターのマーク(・モリソン、Mark Mollison)は、エズラ・コレクティヴ(Ezra Collective)のジェームス(・モリソン、James Mollison)と兄弟なんだよね。めちゃくちゃいいギタリスト。あと、アマネ(・スガナミAmane Suganami)っていうキーボードプレーヤーがいて、彼は日本人なの。すごく素晴らしいプレーヤーなんだけど、今回の「フジロック」には来れなくて。残念だったな。で、ドラムのモーガン(・シンプソン、Morgan Simpson)はブラック・ミディ(black midi)にいたモーガン。ベースのマルラ(・ケサー、Marla Kether)は、めっちゃかっこいいDJであり、アーティストでもあるっていう。
——彼らのどういった点に共感を覚えていますか?
リトル・シムズ:私は、自分のやってることをしっかり持ってる人たちと一緒にやるのが好きなんだよね。そういう人たちは、それぞれの経験や知識を持ち寄ってくれるし、それがこのプロジェクト全体をもっと大きなものにしてくれると思う。みんなすごく才能があるけど、それ以上に人として素敵で。私は、良い人たちと一緒に仕事がしたいって思ってる。私たちにはギフトがあって、それを通じて人にインスピレーションを与えたり、元気づけたりできるんだ、っていう共通の理解があると、もっと楽しくなるしね。実際、ステージ上でも本当に楽しくて。私たちと観客だけの空間って感じで、みんなでできるだけエネルギーをキープしようって心がけてる。ステージ上の空気感もちゃんとそろってて、みんなで踊って、感じて、楽しんでる。ほんと最高だよ。
「少しでも自分を良くしたい」
——では、最新作「Lotus」の話も訊かせてください。このアルバムは、あなたが直面した困難な状況を、自分を許し、愛することで乗り越えていった作品ですよね。
リトル・シムズ:うん。でもそれって、やっぱり時間をかけたからこそ辿り着けた部分も大きいと思う。たくさん人と話したことも重要だった。いろんな知恵を持ってる人たちと会話して、できるだけスポンジみたいに吸収しようとして。自分と似たような状況を経験して、それを乗り越えてきた人たちから学ぼうとしてたっていうか。もちろん、自分自身で見つけたこともたくさんあるけど、人に教えてもらったこともいっぱいあったし、助言を受けて「なるほど」って気づかされたことも多かったんだよね。
——ええ。
リトル・シムズ:でも結局は、少しでも自分を良くしたいっていう気持ち、それが根底にあったんだと思う。成長したいし、学びたい。もちろん簡単じゃないよ。時には「もう全部終わらせたい!」って思うことだってある。でも、それでもなんとか前に進もうとしてる。ほんと、それだけ。
——「Lotus」では非常に個人的な内容が歌われる一方で、「Only」「Free」では戦争が登場し、「Blue」では白人至上主義への言及もあります。そういった社会的コンテクストがさり気なく挿入されることで、アルバムがより力強くなり、深みを増していると思いました。今作に社会的・政治的なモチーフを織り込むことは、あなたにとってどんな意味がありましたか?
リトル・シムズ:私はただ、自分の心に重くのしかかってくるようなこと、大事だと感じていることについて、ちゃんと言葉にして話すようにしてるだけで。私は社会的な問題とか政治的なこと、自分のパーソナルなことも含めてだけど、そういうのをネットで発信するタイプじゃない。それって私のスタイルじゃないから。むしろ、それを音楽に込めて書く方がずっと自分らしいと思ってる。で、それはあくまで私の視点から語ってるものだから、誰もが共感しなきゃいけないとか、正しいとか思ってもらう必要はない。あくまで主観的なものだから、聴いた人が自分に響くところだけ受け取ってくれたらいいと思ってる。
——では、このアルバムを作る上で、もっともチャレンジングだったことは何でしょうか?
リトル・シムズ:書くことかな。
——歌詞を、ということ?
リトル・シムズ:そう。書くっていう行為そのもの。あの時期は、肉体的にも精神的にも本当にきつかったし、自分に音楽を作る力があるのかどうか、よく分からなくなってた。自信が全然なかったから、自分の書く力を信じること、自分のセンスを信じること、「これがいい」と思える感覚を信じること、一緒にやるべき相手を見極めること……そういう全部の判断が揺らいでた。でも、どんな形になっても、とにかく最後まで作るって、自分と約束したの。いいか悪いかは関係なくて、とにかく完成させる。まずはそこまでやり切って、それから評価すればいいって思ったから。
——軽やかで遊び心がある「Young」は、アルバムの中でもいいアクセントになっていますよね。若い頃の自分を回想しているような内容にも聴こえましたが、こうした楽曲を入れたのは作品全体のバランスを意識してのことだったのでしょうか?
リトル・シムズ:うん、この曲はずっと作りたいと思ってた曲なんだよね。すごくブリティッシュな感じがあって、私が聴いて育った音楽——例えばザ・ストリーツ(The Streets)、マイク・スキナー(Mike Skinner)、ブラー(Blur)、デーモン・アルバーン(Damon Albarn)、ゴリラズ(Gorillaz)、そういう世界観の曲を作りたかったの。で、あなたが言ったように、アルバムに別のフレーバー、別の色を加えてると思う。全体があまりにシリアスになりすぎないようにしたかったし、重くなりすぎないように、っていうのも意識してた。それに、自分の中の新しい一面も出せたと思う。今まであんまり見せてこなかった部分だから。あと、私は俳優でもあるから、キャラクターになりきって演じるみたいなアプローチができるのも面白かった。演技と音楽が一緒になってるっていうか、そういう意味でもすごく楽しくて。作るのも楽しかったし、ライブでやるのも楽しい曲だよ。
——では、あの曲の歌詞は自分の過去を回想しているのではなく、架空のキャラクターを立てた物語ということですね?
リトル・シムズ:そう、演じてる。でも実際に、ああいう人に会ったことはあるっていう。私自身の人生がベースってわけじゃないけどね。私は俳優でもあるから、そういう表現にすごく興味があるの。
——なるほど。
リトル・シムズ:(日本語で)ハイ。
ローリン・ヒル、ミッシー・エリオットからの影響
——(笑)では、最後にいくつかカジュアルな質問をさせてください。あなたはローリン・ヒル(Lauryn Hill)の影響をずっと公言してきましたよね。今作の「Lion」には、「私は全盛期のローリン・ヒル並み(Understand I'm Lauryn in her prime)」というリリックもありますが――。
リトル・シムズ:うん(笑)。
——実際、あなたがもっとも影響を受けたローリン・ヒルの曲を挙げるとすれば?
リトル・シムズ:「Lost Ones」かな。とにかくイカしてる。彼女のラップの仕方もそうだし、ビートもめちゃくちゃかっこよくて。すごくパワフルだと思った。声にも、ラインの一つひとつの言い回しにも全部、力があった。彼女は本気で向き合ってるって感じがして、そこがすごくリスペクトできたし、めちゃくちゃインスパイアされた。あと、ミッシー・エリオット(Missy Elliott)もそう。彼女もそういう力を持ってたよね。だから、この2人には間違いなく影響を受けてる。
——では、ミッシーの曲でフェイバリットは?
リトル・シムズ:「Work It」と、「I’m Really Hot」。その2曲が特に好き。聴くと子どもの頃を思い出すし、彼女ってすごくビジュアルの人だったと思う。MVも衣装もすごく印象に残ってるし、なにより、媚びてなかった。セクシーさを売りにするとか、そういうのじゃなくて、ただ自分を貫いてた。それが、子どもの私にはすごく響いたし、「うわ、こうなりたい!」って思ったんだよね。すごくかっこよかった。
——もう2025年も半分以上が過ぎたわけですが……。
リトル・シムズ:うん、クレイジーだよね(笑)。
——さまざまなメディアで上半期のベスト作品が発表されています。あなたにとって、今年前半のベストアルバムやベストソングを挙げるとすれば?
リトル・シムズ:オボンジェイヤー(Obongjayar)が出した「Paradise Now」ってアルバム、あれがすごく良かった。中でも「Jerryfish」って曲があって、それが好き。あの曲の何がいいって、まずエネルギー。すごく堂々としてるし、ためらいがなくて、むき出しって感じ。録音の仕方もすごくラフで、磨きすぎてないっていうか、もはやフリースタイルで録ったんじゃないか、って思うくらい自然体。実際は書いてたのかもしれないけど、即興で思いついたまま吐き出した感じがして、それがすごくいいんだよね。
PHOTOS:TAKAHIRO OTSUJI
リトル・シムズ「Lotus」
◾️リトル・シムズ「Lotus」
2025年6月6日リリース
TRACKLISTING
01. Thief
02. Flood (feat. Obongjayar & Moonchild Sanelly)
03. Young
04. Only (feat. Lydia Kitto)
05. Free
06. Peace (feat. Moses Sumney & Miraa May)
07. Hollow
08. Lion (feat. Obongjayar)
09. Enough (feat.Yukimi)
10. Blood (feat. Wretch 32 & Cashh)
11. Lotus (feat. Michael Kiwanuka & Yussef Dayes)
12. Lonely
13. Blue (feat. Sampha)
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14743






