アメリカ・LA出身のロン・メイル(Ron Mael)、ラッセル・メイル(Russell Mael)の兄弟を中心に結成されて、活動歴が半世紀を超えるロック・バンド、スパークス(SPARKS)。イギリスに渡って人気を得た彼らは、いち早くロックにシンセを導入。これまで、グラム・ロック、エレクトロニック・ポップ、オペラ、現代音楽など、さまざまな音楽性を取り入れて独自のサウンドを生み出してきた。派手なアクションで歌うハンサムな弟のラッセルと無表情にキーボードを演奏する怪しげな兄のロンというユニークなキャラクター。そして、洗練された唯一無二のポップ・センスは、映画やファッション界にもファンは多い。近年、彼らのキャリアを追った初めてのドキュメンタリー映画「スパークス ・ブラザーズ」。そして、スパークスが脚本と音楽を手掛け、彼らの大ファンのレオス・カラックスが監督を務めたミュージカル映画「アネット」が立て続けに公開。これまで知る人ぞ知る存在だった彼らは幅広いファンを得たが、今年6月には新作アルバム「Mad!」をリリース。ワールド・ツアーのスタートに日本を選んだ。ロンとラッセルは親日家として知られるが、ツアーが始まる直前、来日した2人に話を訊いた。
新作「Mad!」
タイトルに込めた想い
——新作「Mad!」はスパークス史上最も短く、最も強烈なタイトルですね。
ラッセル・メイル(以下、ラッセル):アルバムを録音し終わって「タイトルをどうしようか?」と考えていた時に、ロンが「『Mad』にしよう」と言ったんだ。アルバムのサウンド、そして、そこに込められた感情にぴったりな言葉だと思ったよ。「Mad」には「狂気」と「怒り」という二つの意味があるんだ。今世界は大変なことになっていて、特にアメリカはひどい。「Mad」はそういう状況を表す言葉でもあると思ったんだ。
ロン・メイル(以下、ロン):アルバムのタイトルを考えるのは本当に大変でね。曲名を選んでそれをタイトルに使ったこともあるけれど、今回はそういうことをせず、何か良いものを思いつくまで待ってみようと思った途端に、この言葉が思い浮かんだんだ。
ラッセル:びっくりマークをつけたのは僕のアイデア(笑)。タイトルと同じくらい重要だと思う。
——アルバムのオープニング曲「Do Things My Own Way」は、これまで独自のスタイルを貫いてきたスパークスのアティテュードのような曲ですね。
ロン:確かにそうだね。私たちの1stアルバムはトッド・ラングレン(Todd Rundgren)がプロデュースしてくれたんだけど、彼は「君たちらしさを追求するべきだ」と言ってくれた。その後に一緒に仕事をしたプロデューサーやレコード会社が、私たちを万人受けしそうな型にはめようとしたこともあったけど、私たちはトッドが言ってくれた言葉に触発されて自分たちらしいやり方で道を切り開いてきた。この曲は、そういう自分たちの姿勢を分かりやすく伝えた曲なんだ。
常に新しいサウンドを追求
——コードチェンジをせずに同じフレーズを反復するこの曲は、奇抜なコードチェンジが多かったスパークスの新境地ともいえる曲です。キャリアを重ねたロック・バンドは、晩年になるとブルースやR&Bなど自分たちが影響を受けたルーツ・ミュージックに戻ろうとする傾向があります。その点、スパークスは今も新しいサウンドを追求して変化し続けていますね。
ラッセル:僕らにはルーツといえるようなものがないんだ。ローリング・ストーンズ(The Rolling Stones)が新しいアルバムを出したとしても、ファンの多くは新しいサウンドを期待せず、それよりも、ストーンズらしいサウンドを求めているんじゃないかな。スパークスには「スパークスらしいサウンド」はない。僕らは過去のキャリアを振り返ることなく、毎回、新しくて刺激的なサウンドを追求してきたからね。
——アルバムごとに変化して、キャリアを重ねてもモダンな輝きは失わない。スパークスの音楽は未来のスポーツカーみたいですね。
ラッセル:それはうれしい褒め言葉だね! 僕らは自分たちのスタジオを持っているから、時間を気にせずにレコーディングに没頭できる。いろんなことを実験しながら、新しいアイデアをとことん追求することができるんだ。そして、自分たちをびっくりさせる音楽を作り出すことを、一つのゴールにしている。以前出したものと同じようなアルバムを作るのは自分たちにとっても、リスナーにとってもつまらないからね。
——新作に収録された「My Devotion」や「Lord Have Mercy」に代表されるように、スパークスはサウンドのアイデアだけではなくメロディーも大切にしていますよね。スパークスのメロディーはロック以外にも、ティン・パン・アレー系の職業作曲家や、ジャズ、クラシック、映画音楽など、さまざまな音楽性を感じさせます。
ロン:確かにジョージ・ガーシュインやコール・ポーターのソングライティングは大好きだけど、彼らの音楽以上に彼らが曲を作るときの職人気質に共感するんだ。最近のポップ・ミュージックはメロディーをあまり大事にしていないと思う。アーティストのパーソナリティーが伝わればいい、という曲が多い。ガーシュインやコール・ポーターは、リリックにおいても職人技を感じるんだ。恋だったり、別れだったり、そういうありきたりなテーマの曲でもクリシェを避けながら新しい表現を模索している。そういったところにインスパイアされるんだ。
——ラッセルのファルセットを織り交ぜたボーカル・スタイルもユニークですね。他のロック・バンドにはない優雅やユーモアを感じさせます。
ラッセル:歌い始めた時は自分が好きなアーティスト、例えばミック・ジャガーやリトル・リチャードみたいに歌えたらいいな、と思っていた。でも、そういう風には歌えなくて、歌っているうちに自分のスタイルができてきたんだ。今では自分の声に誇りを持っている。世の中には数多くのバンドがいるけれど、すぐにスパークスだと分かる声があるというのは大事なことだからね。歌い方に関しては意図的に何かをしているわけではなく、ロンが書いたメロディーに合わせて歌っているだけなんだけど。
ロン:私がすごいと思うのは、ラッセルがこの声をずっと維持し続けていることだ。ポップ・シンガーは年をとるとどんどん声域が狭くなっていくけど、ラッセルはライブで原曲と同じキーで歌っている。それはとてもまれなことだと思うよ。
——確かに驚異的ですね。しかも、ライブではあんなに動き回っていて、休めるのはロンのダンス・タイムだけ。
ロン:あれはそろそろやめたいと思っているんだ(笑)。なんでみんながあんなに喜ぶのか分からない。80年代にライブ中に思いつきで始めたんだけど、こんなに続くとは思わなかったよ。
ラッセル:僕の貴重な休憩時間だから続けてもらわないとね(笑)。
——ファンは楽しみにしているのでダンスは絶対続けてくださいね(笑)。
映画のワンシーンのような
アートワーク
——スパークスは音楽だけではなくビジュアルもユニークです。例えばジャケットのアートワークは見る者の想像力を刺激するデザインですね。
ロン:私たちのアルバムのアートワークは映画の影響が大きいんだ。まるで映画のフィルムの1コマを切り抜いたようなデザインで、ストーリーの前後は分からないけど重要なワンシーンを思わせる。
ラッセル:例えば「Propaganda」(74年)は僕たちがモーターボートで拉致されているような写真だけど、その前後のことは分からない。「Indiscreet」(75年)は飛行機の墜落事故みたいだけど、なぜ通りの真ん中に飛行機が落ちたのかは分からない。全てが映画的なイメージというわけではないけどね。今回(「Mad!」)のアートワークは、まずフォトグラファーが1日かけて撮影をやり、僕らの素晴らしい写真を撮ってくれた。その写真にグラフィティを乗せて、わざと写真を台無しにしたんだ(笑)。
——マッドなアイデアですね(笑)。
ロン:私たちにとってビジュアルはとても重要なんだ。私たちが活動し始めた頃のロサンゼルスのバンドの多くは、ステージ衣装を着たりアートワークに力を入れたりするというのは、自分たちに音楽的な自信がないからビジュアルでごまかそうとしていると考えていた。私たちは逆に音楽とビジュアルを融合させて、一つの世界観を作り上げようと思ったんだ。
日本映画からの影響
——ビジュアルを表現の一部に取り入れているのは、お二人がUCLAで映画を学んだことも大きいのかもしれませんね。そういえば、ラッセルさんのスタジオには日本の映画のポスターが飾ってあります。ピンク映画のポスターもあって、お二人が日本の映画が好きなのが伝わってきます。
ラッセル:日本のピンク映画のポスターのグラフィックはインパクトがあって魅力的だよ。「男はつらいよ」のポスターも飾ってあるんだ。それはグラフィックが好きだからというより、僕らが寅さんのファンだからなんだけどね。
ロン:「七人の侍」のポスターもある。黒澤明や小津安二郎といった巨匠も好きだからね。特に小津のピュアな美学には強く惹かれる。日本映画はジャンルが幅広く、歴史もあるから愛着があるんだよ。
——観客を驚かせる強烈なイメージがあって、実験的でありながらもポップという点で、スパークスのサウンドは鈴木清順の映画に通じるものを感じます。
ロン:鈴木清順の映画のビジュアルは鮮烈で、アートに例えるとポップアートに近いところがあるね。「東京流れ者」や「殺しの烙印」のキャラクターは漫画みたいに誇張されているのも面白い。もしかしたら、鈴木清順の作品からは何らかの形で影響を受けているかもしれないね。
ファッション観について
——ファッションについても伺いたいのですが、スパークスはロックスターのようにマッチョな格好も、ポップスターみたいにゴージャスな格好もしませんが、お二人それぞれに独自のスタイルがあります。ファッションに関して何か心掛けていることはありますか?
ロン:典型的なロック・ミュージシャンのスタイルはしない、ということかな(笑)。ロック・ミュージシャンの中にはアンチファッションな人もいるけど、僕らはアンチファッションではない。服においても自分らしさを追求していて、僕らは日常生活でもこういうファッションなんだ。
ラッセル:僕らはロサンゼルスに生まれ育って、10代の頃にイギリスのロック・バンドを聴くようになり、彼らのファッションに惹かれたんだ。というのも、ロサンゼルスのローレルキャニオンあたりのフォーク系のアーティストは、みんなTシャツとジーンズでアコースティック・ギターを弾いていた。でも、イギリスのミュージシャンはシャツにラッフルがついていたり、ハイネックのシャツを着たり、見たことのないような服を着ていてすごく魅力的だったんだ。
——イギリスのバンドからは音楽だけではなく、ファッションからも刺激を受けたんですね。思えばスパークスがブレイクしたのはイギリスで、グラム・ロック全盛期の頃でした。
ラッセル:僕らはステージに立つ以上、観客と同じ格好なのはよくないと思っている。観客はショーを見にやってきてくれてるわけだからね。フォーク・シンガーは「僕らは観客と一緒だ」ということを伝えるために普段着なのかもしれないけど、僕らは観客にファンタジーを楽しんでもらいたい。そうそう、ファッションで個人的にこだわりがあるのはこれかな(と足を上げて靴を見せる)。靴が大好きで、新しい靴を手に入れると汚すのがもったいなくて履きたくないくらいなんだ(笑)。
PHOTOS:MICHI NAKANO




