ファッション

スイスフラン高も追い風か!? スイス資本による中国からの時計ブランドの買い戻し進む

スイスの時計産業は今約半世紀ぶり、1970年代の「クォーツショック」以来の厳しい状況に直面している。理由は、新型コロナ禍で起きた「時計バブル」の終焉と、世界的な景気後退による需要減。そして4月にいきなり未知の災害のように襲ってきた、最大31%とされるトランプ関税だ。現時点でもスイス時計にとって最大のアメリカ市場はスイス時計に10%の関税を掛けており、交渉は両政府の間で続いている。すでにマイナス成長に転落したアメリカの時計市場は、10%の暫定関税でさらに冷え込むだろう。またイランとイスラエルの紛争は、ただでさえ高いスイスフランの為替レートをいっそう押し上げた。史上最高の1スイスフラン=180円台を突破し、アナリストは、この状況はしばらく続くと予測している。スイスの時計ブランドは、世界中で値上げせざる得ないのだ。

しかし、この危機的状況の一方で興味深い、注目したい新たな事態も起きている。それはスイスの資本家グループによる、中国資本からの「時計ブランドの買い戻し」だ。この背景には、いっこうに回復しない、予想以上に低迷する中国の時計市場がある。

スイス時計協会の公式データによれば、2021年はコロナ禍にもかかわらず、スイスから中国への時計輸出額(※すべて出荷額ベース)は史上最高の29億6690万スイスフラン(約5460億円)を記録した。だが24年にはコロナ禍が終焉したにもかかわらず、それに比べて31%減の20億5350万スイスフラン(約3780億円)に落ち込んだ。背後には、需要をはるかに超えた過剰投資による不動産バブルを起因とする、中国経済の深刻な景気後退がある。結果、ファッションやビューティ同様、高級時計の購買意欲が大きく低下している。しばらくは、需要の回復も期待できない。

若干32歳の経営者が
中国から「コルム」を買い戻し

スイスの若手経営者と投資チームによる、中国資本からの「コルム(CORUM)」の買い戻しは、この苦境の中で起きた。カラフルな航海用の国際信号旗をインデックスに使ったスポーツウオッチコレクション“アドミラルズカップ(当時の名称)”で、80年代には日本をはじめ世界市場を席巻したブランドのニュースは大きな話題になっている。

「コルム」を買い戻した、正確に言えばMBO(マネジメント・バイ・アウト)で経営権を取得したのは、同社のマーケティングマネージャーで若干32歳のハソ・メフメドヴィッチ(Haso Mehmedovic)氏をリーダーとするスイスの投資家たち。メフメドヴィッチ氏は2011年に時計師として同社に入社。働きながら学んでMBA(経営修士)を取得、品質管理マネージャーなどを歴任して、5月には新生コルムの最高経営責任者(CEO)に就任した。

「コルム」は13年、多額の関連負債とともに当時の金額で8600万スイスフラン、当時のレートでは91億円という価格で香港の時計事業グループのシティチャンプ・ウオッチ&ジュエリー・グループ(CITYCHAMP WATCH & JEWERLY GROUP)に買収された。同グループは他に、名門「エテルナ(ETERNA)」なども所有している時計宝飾関連のグループ企業。同社の業績は、24年の売上高が前年比約10億円減の約28億6750万円。その他のブランドも含めた時計事業全体では約16億6500万円の損失を出したという。

この状況を受けて同グループは25年の年初から「コルム」の売却を検討していたようだ。来日したメフメドヴィッチCEOは、「昨年末から経営体制が揺らいでいるのがわかりました。私は『コルム』一筋の人間です。何とかして、自分たちの手で、この偉大なブランドを再生させたい。売却先の候補は他にも数多くあったようですが、長く信頼関係を築いてきた私たちにブランドを委ねるという決断をしてくれました。これからも良好な関係を続けていきます」と筆者に語った。

世代交代進むスイスの時計業界
戦火を逃れた時計師がけん引

今年は復活準備の年と位置付け、26年春にジュネーブで開催される時計フェアで、歴史と伝統を継承した“新生「コルム」”の新作時計をお披露目したいというメフメドヴィッチCEOは、世代交代が進む今のスイス時計界を象徴する人物でもある。メフメドヴィッチCEOは、幼少期に戦火のボスニアを逃れてスイスに移住。時計師となって時計業界を未来に向けて牽引している。この経歴は、戦火のコソボを逃れてスイスで時計師となり、「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」ともコラボした注目のマイクロメゾンブランド「アクリヴィア(AKRIVIA)」を率いるレジェップ・レジェピ(REXHEP REXHEPI)氏と似ている。実際ふたりは親交があるという。

スイス資本による中国企業からの時計ブランドの買い戻しといえば、19年の「ブライトリング(BREITLING)」を運営するCVCキャピタルパートナーズによる、やはり中国資本の総合時計企業シンシン・グループからの「ユニバーサル・ジュネーブ(UNIVERSAL GENEVE)」のブランド譲渡も記憶に新しい。同グループは08年に「ユニバーサル・ジュネーブ」を買収したが、残念ながらブランドを再生されることはできなかった。

中国系企業が所有しているスイスの時計ブランドや時計関連ブランドは少なくない。そうした企業の多くが、苦境に陥っていることも間違いないだろう。そしてスイスフランの高騰は、スイス時計の輸出にとっては逆風だが、時計ブランドの買い戻しという視点で考えると、絶好のチャンス。おそらくスイスの投資家による時計ブランドの買い戻しは、今後も続くのではないか。そしてこの動きが、スイス時計業界の次なる展開に大きく関与することは間違いない。

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