フォーカス

柳井社長が語る 「ユニクロ」ミラノ旗艦店と女性リーダー

 「ユニクロ(UNIQLO)」のミラノ旗艦店が13日、ドゥオーモ広場近くのコルドゥジオ通りにオープンした。イタリア初出店となる店舗は3階建てで、総面積は約1500平方メートル、130人のスタッフを採用しメンズ、ウィメンズ、キッズを展開する。

 店内はトスカーナ地方の土を使い、日本の土壁の技術で作られた壁や京都製のランプなどイタリアと日本の伝統工芸を融合した内装になっており、「UT」のグラフィックプリントコレクションの売り場では葛飾北斎の作品をディスプレー表示する。ミラノの窓からインスピレーションを得たミラノ出身アーティスト、オリンピア・ザニョリ(Olimpia Zagnoli)のインスタレーションや、同じくミラノのスニーカーショップ、ワン ブロック ダウン(One Block Down)とのコラボレーションによって「ユニクロ」がデニムの製造過程で水の使用を最大99%削減したことを祝した作品「Water is more precious than gold」も見ることができる。

 「イタリアと日本の伝統を完璧なスタイルで融合した建物に完璧なロケーション、品ぞろえも万全だ。理想のロケーション探しが第一だが、今後イタリアでは100店舗を構えたいくらいだ。実店舗がなくなることはないという確信がある」と柳井正ファーストリテイリング会長兼社長は語り、デジタルチャネルはあくまでコミュニケーション手段で、SNSの影響も認識してはいるが「最終目標にはなり得ない」とも付け加えた。ジョン・C・ジェイ(John C. Jay)=ファーストリテイリング・グローバルクリエイティブ統括は「素晴らしいタイミングでの開店だった。ミラノ店では50色のカシミアを特別に選んだように、地元の文化と建築に影響を受けつつ日本の伝統もブレンドするユニクロの店舗が、大量生産型でないことは今や欧州でも明白だ。適切な出店地を見つけ、単に売り上げを創出する以上に特別なものを作り出したいと考えている」とコメントした。

 柳井社長はイタリアの芸術や文化、「サルヴァトーレ フェラガモ(SALVATORE FERRAGAMO)」「プラダ(PRADA)」といったグローバルブランドを例に挙げて「ミラノは特にメンズにおいて右に出る者のいない都市であり、ファッションとデザインの首都。だからこそ旗艦店は観光客ではなくミラノの顧客に焦点を当てる」と地域を正しく理解する重要性も強調。「デザインとアートは衣服を作る上で不可欠な要素。われわれは全てを日常で使えるというコンセプトで開発している。顧客にはデザイナーズブランドと組み合わせて独自のスタイルを創り出してほしい」と語った。ファストファッションとの比較については「人々のファッションの定義は非常に狭く、最新のニュースを信じる傾向がある。われわれはより広範囲のファッションを提唱していて、それに対する独自の解釈も持っている」とよりクラシックかつ実用的で永続的な商品特性を掲げた。

 イタリアでの生産可能性については、まだ研究段階で少量の生産を開始できればと展望を述べ、想定売り上げなどに関する発言は控える中で「ミラノ店は最も生産性の高い店舗の1つになると信じている。在庫切れで顧客を失望させることはしたくない。幸せな気持ちで帰ってもらうために合理的なフローでなければならない」とも話した。

 柳井社長はまた今月初めに女性後継者の可能性を示唆したことに関して、「私は概して女性のリーダーを好む。詳細に注意を払い、男性よりも直感的で論理的で、より良い仕事をする女性は決定を下すリーダーとしてふさわしく、デザイナーとしても創造的だ。女性は男性よりも優れており、非常に奥深く、特にこの業界では有能なマネジャーでもある。イタリアのビジネスが女性によって推進されることを願っている」と言及した。

 「ユニクロ」は2001年のロンドンを皮切りに欧州で現在10市場90店舗を展開、今後マドリードやインド、ベトナムでのオープンを控えるが、国ごとに大幅な製品変更はせず、頻繁かつ短期的な販売やカプセルコレクションも避けているという。ジェイ統括は「サステイナビリティーが話題になる前から、ユニクロはマーケティング重視の誇大広告やトレンドのための使い捨て衣類を作ったことがない。われわれの主な目的はライフスタイルの改善を手助けすることだ」とブランドの“時代を超越した持続可能性”を強調し、22カ国で展開する「ユニクロ」をグローバルブランドとは考えておらず「われわれはまだ全地域、同じレベルで関与できていない。ユニクロは日本のブランドから日本発のインターナショナルブランドへとまさに移行している最中だ」ともコメントした。

大根田杏(Anzu Oneda):1992年東京生まれ。横浜国立大学在学中にスウェーデンへ1年交換留学、その後「WWD ジャパン」でインターンを経験し、ファッション系PR会社に入社。編集&PRコミュニケーションとして日本企業の海外PR戦略立案や編集・制作、海外ブランドの日本進出サポート、メディア事業の立ち上げ・取材・執筆などを担当。現在はフリーランスでファッション・ビューティ・ライフスタイル関連の記事執筆や翻訳を行う。