ファッション

ロンドンの高学歴なミレニアルズが選択する“ハウスボート”生活の実態

 イギリスの欧州連合(EU)離脱を決めた国民投票から丸2年が経過した。いまだ先行きの見えない不透明感がロンドンのあらゆる市場に影響を及ぼしているようで、最も顕著なのが不動産市場だ。ロンドンの住宅価格は2009年に比べると86%も上昇している。賃貸物件でも、ワンルームで月額1200ポンド(約17万円)を上回るのは当たり前。電気代や物価も高いロンドンでは、平均所得者であってもシェアハウスを余儀なくされる。「家賃を払うためだけに働いているようでバカバカしい」と愚痴をこぼしていたロンドンの友人は、ここ数年でベルリンやワルシャワへと引っ越した。

 住宅価格の高騰が続くロンドンで生き残るすべを模索する若者たちの間では“ハウスボート”の需要が高まっているようだ。7フィート(約2.1m)という規定サイズの中古ボートは7000ポンド(約103万円)程度から購入でき、2年ローンで月々4万円弱。船上生活に必要な年間のライセンス料は1000ポンド(約14万円)で、1カ月の家賃よりもはるかに安く抑えられる。さらに、ほとんどのボートにソーラーパネルが設置されており、電気代はかからない。しかし、2週間ごとに場所を移し、常時航行しなければいけないのが条件だ。同じ場所に2週間以上停泊する場合は住所が与えられる代わりに税金の支払いが発生し、年間ライセンス料も1万ポンド(約148万円)となる。場所の移動についての細かな規定はなく、実際は数mの移動で支払いを逃れているのが現状のようだ。ロンドンの河川と運河の管理機関キャナル・アンド・リバー・トラスト(CANAL & RIVER TRUST)によると、10年に413人だった常時航行者は、18年には1615人と4倍に増しているそう。常時航行者はここでは“CC-er”(Continuous Cruiserの略)と呼ばれている。

 リージェンツ運河のキングズクロス駅裏手付近に停まっている、常時航行者に突撃で話を聞いてみた。彼はソフトウエアの開発者としてロンドン市内の会社に勤める26歳で、ハウスボート生活歴は約6カ月。顔と名前を出すのはNGということだったが、ハウスボートの暮らしぶりについて教えてくれた。「望んで選んだわけではないが、賢明な選択ではあると思った。不安定な時代しか知らない僕らの世代は、何かを所有することに価値を見出していない。僕の周りでは、俳優や医者の卵、学者、弁護士など高学歴な若年層のロンドナーがハウスボート生活を始めている」という。

生活の不便さにもすでに慣れ、快適に過ごしているそうだ。ソーラーパネルで電気がまかなえるとしても、ヘアドライヤーや電気ケトルなど消費電力が多いものを使用する時は注意が必要とのこと。下水処理はトイレの水のみで、溜まったら下水処理ポイントに廃棄する決まりだ。シャワーや洗面所の水は垂れ流しになるため、植物性の洗剤のみ使用が許可されている。セキュリティーの問題について、「僕の場合一応安い保険に入っているが、盗られて困る物がある人はきっとハウスボート生活をしない」と笑っていた。今年ハウスボートで初めて迎える冬は、薪ストーブで乗り切るそうだ。

 ハウスボート生活は、“所有”よりも“体験”にお金をかけると言われるミレニアルズらしい選択かもしれない。10年後もハウスボート生活を続けているかと尋ねると「未来の予測ができない今のイギリスでは、なんとも言えない。どんな生活をしたいという特別な希望もない。今の生活に満足はしていないけれど、“それなりに”生きてはいける。時代に応じて賢明な選択をするだけ」と答えてくれた。ポジティブでもネガティブでもなく、実に現実的な考え方なのだろう。激流に飲み込まれないよう、川の流れに上手に身を任せて生きる柔軟性が、不安定な時代には不可欠なようだ。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける

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