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トップモデルがパリにカクテルバーをオープン 「点と点が線でつながる」夢実現への道

 人との出会いは財産だ。たとえ深く関係を構築した相手ではなくても、一期一会の出会いから人生において重要な何かを受け取ることがある。筆者の場合、4年ぶりに偶然の再会を果たしたフランス人の友人が、とても意味深い存在だ。彼の名前はバティスト・ラデュフ(Baptiste Radufe)。出会ったのは7年前、彼がまだ19歳でファッションモデルとしての活動を始めた頃、ニューヨーク・ファッション・ウイークで数シーズン仕事をともにした。

 当時デザイナーやスタイリストが「彼は絶対に売れる」と噂していた通り、彼は瞬く間にトップモデル街道を走り「グッチ(GUCCI)」「ボッテガ・ヴェネタ(BOTTEGA VENETA)」「エトロ(ETRO)」「カルティエ(CARTIER)」「マイケル・コース(MICHAEL KORS)」など名だたるブランドの広告に起用され、ファッション・ウイーク中は1日にいくつものランウエイを歩いた。

 ファッション業界からのラブコールが絶えず華やかな世界に身を置いていたが、その他大勢のモデルとは違い、浮足立つことなくどこか達観している印象があった。「モデルとしてのキャリアが将来的に身になるとは思っていない。夢はパリに自分の店を持ちシェフを生業にすることだが、モデルの仕事が想像以上に忙しくて随分料理から離れてしまっている……」と、澄んだブルーの瞳がどこか悲しげに見えたのは、メンズモデルのトップ3に上りつめて最も多忙を極めていた時期だ。

 それから4年後の今年4月、多国籍の創作料理とオリジナルのカクテルを提供する、フレクエンス(Frequence)をオープンした。店を構えるパリ11区は、新進シェフのレストランやナイトクラブなどが建ち並び、若者やクリエイターが住み始めて個性的な進化を遂げるエリア。同店はガラス張りの開放的な外観で、塗装や家具作りも自分たちの手で行ったという内装が、気取らず落ち着いたくつろげる雰囲気だ。

 料理とカクテル以外に音楽も重要なコンセプトの一つで、壁一面に並べられた1970年代後半〜80年代のレコードを流し、週末はDJを呼んでクラブへと表情を変える。バーテンダーであり共同経営者であるギヨーム・クエンザ(Guillaume Quenza)とマシュー・ビロン(Matthieu Biron)は昔からの友人であり同志。ラデュフは3年程前からモデルの仕事量を大幅に減らし、3人で同店のプロジェクトを進めてきたという。ラデュフとともにシェフを務めるのは、パリの超人気店デルソー(Dersou)のセカンドシェフだったエミリ・ベシャー(Emilie Bechard)だ。なお、店名の「フレクエンス」はフランス語で周波数を意味する。「オリジナルの料理とカクテルで、初めての味と雰囲気のいい音楽とが相まって、ここにしかない刺激的な体験を提供したい。訪れる人とこの空間で同じ時間を共有し、“良いフレクエンス”を発信できれば」と店に込める想いを語る。


 
 安定した仕事と生活するに十分な収入があり、多忙さに日々追われていれば、かつて抱いた夢はいつの間にか葬られてしまうものだ。ともに刺激し合うことで、夢実現への情熱の火を絶やすことなく歩んできた共同経営者の2人の存在は、彼にとって財産なはず。そしてシェフとは関連のないように見えるモデルとしての仕事も、経験という財産として今につながっているようだ。

 「仕事を通して世界中を旅した。各国でそれぞれの豊かな食文化に触れ、さまざまなアイデアが生まれたことが今の創作料理に生かされている」。何十カ国と訪れた中で、最も影響を受けた国は日本だという。「これが日本の媒体だから言っているんじゃない、本音だよ(笑)。モデルとしてデビューしたばかりの頃、フランスとは両極端の文化と街並みが広がる日本に行ったことは、衝撃的で最高にクレイジーな体験だった。料理、音楽、街のパワー、何度訪れてもインスピレーションをくれる場所」と特別な想いがあるようだ。メニューには餃子や梅酒を使ったカクテルなど日本テイストが盛り込まれており、日本食の新たな魅力を引き出している。

 もともと料理に興味を持ったのは10歳頃だそうで、家族との団らんが夢の始まりだった。「祖母、母、そして父も料理をしてくれた。人を招いて料理を振る舞い、たくさんの人と食卓を囲んで共有した時間が原点。14歳から18歳まで料理学校で学び、最終試験を終えレストランで働き始めて数週間後、ブリュッセルの駅でスカウトされモデル業を始め、今に至った」。

 明日への近道がない分、きっと無駄な経験もない。幼少期の温かい思い出が起点となり、経験と出会いを糧に、やがて点と点が線でつながっていった。そしてその線は、新たな夢をのせて続いているようだ。「休みもなく忙しいが、とにかく今は新しいレシピを創作するのが楽しい日々だ。9月からは新たな業務ライセンスを取得して朝方4時まで営業時間を延ばし、地下のスペースを常時クラブのような空間にする予定。さらに週末は、ジャズ中心のセレクトでブランチメニューも始める。数年後には、フランス以外にも店を構えたい」と語る彼の瞳は輝きに満ちている。落ち着いたトーンでクールに話す彼から、ポジティブなマインドと心温まるものを感じ取れた。これがいわゆる“良いフレクエンス”なのかもしれない。この記事を読んだあなたに“良いフレクエンス”が届いているとうれしい。

ELIE INOUE:パリ在住ジャーナリスト。大学卒業後、ニューヨークに渡りファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。2016年からパリに拠点を移し、各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビュー、ファッションやライフスタイルの取材、執筆を手掛ける