ギャラリー・ラファイエット6階「VIPサービス」
1893年創業のフランスの老舗百貨店ギャラリー・ラファイエットの6階からはパリの街を一望できる。意外と知られていない穴場スポットだ。パリは街の景観を守るために建築物に高さ制限が設けられているため、数キロ離れたパリで一番高い丘、18区のモンマルトルのサクレクール寺院までをより一層見渡すことができる絶景だ。
そんな6階からの景色を満喫できるのが、パーソナル・スタイリングなどを提供しているVIPサービスだ。VIPといっても予約すれば誰でも利用でき、好みや体型、目的などを伝えておくと専属スタイリストが事前に複数のコーディネートを用意してくれる。座り心地の良いソファに腰掛け、カフェを飲みながら買い物を楽しむ。贅沢な時間だ。そのVIPサービスを取材する機会があった。パリで1月22日から26日まで開かれた合同展示会「フーズネクスト」を主催するWSNデベロップメントの案内で訪れたもので、両社の関係性が深いことから、「フーズネクスト」に集まる世界各国のメディア向けに合同取材の場が設けられた。
ギャラリー・ラファイエットが期待するのは外国人旅行客へのアピール。インバウンドの売り上げ拡大を期待しての取材ツアーだった。上海、北京、台湾、韓国、インド、スペイン、イギリス、ドイツなど世界の国と地域から集まった取材陣がサロンの責任者の話を聞いた。その話が実にうまかった。ギャラリー・ラファイエットでの販売歴25年のベテランである彼女は流暢な英語で、取材陣を客に見立ててサロンを説明し、接客をする。語るのは“あなたのサイズに合う”とか“トレンドだから”といったことではない。時々同店やモードの歴史を交えながら、お薦めする服の背景について語る。「今季の一押しは『ヴァレンティノ』です。このストライプは1970年代のアーカイブを再現したもので、当時は全てのモード誌の表紙を飾ったものです」などと語り掛ける。話を聞いた後に代表で試着したスペイン人のブロガーは、姿勢を正してパリジャンになりきっていた。
次ページ:パリジャンのおしゃれとは?ギャラリー・ラファイエットの接客術▶
続いて小さなクローゼットの扉を開いて紹介したのが“パリジャン・アイテム”と呼ぶ、スタンダードアイテムだ。「パリは家賃が高く、部屋が狭い。タイムレスでエフォートレスなアイテムを厳選して持ち、コーディネートを工夫するのがパリジャンのおしゃれ」。そう言いながらモノトーンの服を次々と並べていく。「ロゴは必要ないわ。あなたはビルボードじゃないんだから」「黒は一つの色じゃない。たくさんの黒がある。かつてサンローランが言っていたでしょう」。ポリシーを持ったトークは接客というより教えに近い。
「アーペーセー」のデニム
彼女が厳選したのは次のアイテムだ。「バーバリー」のトレンチ、「バレンシアガ」のライダース、「ザ・クープルス」のジャケット、「アンフォンテーヌ」の白シャツ、「アクネ ストゥディオズ」のホワイトデニム、「アーペーセー」のブルーデニム、「ポール カ」のリトルブラックドレス、「ザディグ エ ヴォルテール」の白いTシャツ、オリジナルと「ブリーフィング」のニット、「クリスチャン ラクロワ」のスカーフ、「レペット」のポインテッド・トゥのメタリックピンクのバレエシューズ、「ロジェヴィヴィエ」の黒いパンプス。いずれも確かに“定番中の定番”のアイテムだ。これらを丸ごと購入する客もいるという。
ここで伝えたいのは、これらのアイテムの善しあしではない。これらのアイテムをパックにして“パリジャンのおしゃれとは”というストーリーを展開する接客の面白さだ。パリに憧れを抱きながら来て、パリジャンのエッセンスを持って帰りたいと思う旅行客の心をつかむ接客の戦略だ。彼らは、旅行客が抱く“パリ”のブランドイメージをくみ取り、それをきちんと演じてみせている。パリの街並みを見渡しカフェ・クレームを飲みながら、パリモードの歴史に触れつつ“パリジャン・アイテム”を一通りそろえる。その“おもてなし”の経験は単なる買い物以上の満足を与えてくれる。こういったパーソナル・コーディネートサービスは昨今、多くの百貨店や専門店が力を入れている。昨年シンガポールのクラブ21を取材したときも一番力を入れて説明してくれたのがサロンサービスだった。同店の場合は、土地が狭く、パーティー文化があるシンガポールの富裕層に向けて“サロンをあなたのクローゼットに”という戦略を打ち出していた。パーティーの前に同サロンを訪れて、シャンパンを飲みながらお薦めの服に着替えて、そこからパーティーへ出掛ける。その時間自体を提供している。
次ページ:パーソナルサービスが顧客囲い込みのカギ▶
インバウンドの獲得は各国の商業施設の共通課題であるが、今後パーソナルサービスはインバウンド顧客の囲い込みのカギの一つとなるのではないだろうか?特に、富裕層だけではなく、マスに近い層を対象としたサービスがリピーター獲得のカギを握りそうだ。そのためには、ギャラリー・ラファイエットのように、接客にもブランディングが必要だ。品ぞろえや心地良い空間提供、外国語対応といったことは当然だが“、ここで買い物をする”行為自体を楽しみたい一見の外国人客に向けて、会話を通じてどんな満足感を提供できるのかを販売スタッフが自覚しブランド化し、意識して分かりやすく伝える力が求められる。インバウンドで否応なしに外に向かって開かれた小売店にとって、販売という名のおもてなしの奥深さが試される時代になっている。
※文中の肩書き・事実関係などは2015年2月2日当時のものです