
トレノ/ラッパー
PROFILE:2002年3月25日生まれ、アルゼンチン・ブエノスアイレスのラ・ボカ出身。ラッパーのMCペリグロを父に持ち、ステージ名は父親が所属していたグループの楽曲「Trueno en la Madrugada」に由来。26年4月に4thアルバム「TURR4ZO」をリリース。ボカ・ジュニアーズのサポーター PHOTO:RYUSEI SABI
アルゼンチンの重鎮ラッパーの1人であるMCペリグロ(MC Peligro)を父に持ち、5歳からラップを始めたトレノ(TRUENO)。幼い頃からヒップホップを身近に感じながら育ち、地元のフリースタイル大会で頭角を現すと、10代にしてその名をアルゼンチン全土へと広げ、現在はスポティファイ(Spotify)の月間リスナー数が1300万人を超えるなど、世界へと活躍の場を広げている。
彼の音楽の根底にあるのは、1990年代ヒップホップへの揺るぎない敬意だ。そこに自身のルーツである南米の音楽を交差させ、過去へのオマージュにとどまらない、今のトレノにしか鳴らせないヒップホップへと更新している。そして、その音の奥に色濃く息づいているのが、生まれ育った首都ブエノスアイレスのラ・ボカという街だ。
先月、「フジロックフェスティバル'26(FUJI ROCK FESTIVAL'26)」への出演のため来日した彼に、ラップを“遊び”として始めた幼少期から、自分自身と競い続ける現在の創作活動、地元ラ・ボカへの愛情、そして音楽の外側に広がるファッションや価値観まで、トレノという人間を形作るものについて話を聞いた。
鏡に映る自分を超えるために
──まず、トレノというラッパーの原点について聞かせてください。どのようにヒップホップやラップにのめり込んでいったのでしょうか?
トレノ:イメージがないかもしれないけど、アルゼンチンではヒップホップは長い間ずっとアンダーグラウンドなジャンルだったんだ。でも、俺の場合は父親がラッパーだったから、幼い頃から彼がヒップホップに没頭する姿や、リリックを書き、練習に打ち込み、パフォーマンスをする背中を見て育ったこともあって、身近な音楽のひとつだったね。
そして、ラッパーでいることや、ヒップホップとラップは、俺にとってずっと“遊び”のようなものだったんだ。父親の影響もあって、遊びの延長の趣味として始めたもので、何より純粋に楽しかった。ヒップホップの重要な価値観のひとつにも、“楽しむこと”があると思うし、それが俺にとってすべての原点だったのさ。昔はラッパーになりきって遊んでいたけど、実際にラッパーとしてステージに立っていても、“楽しむこと”の気持ちを持ち続けているよ。
──“遊び”だったラップが、“自分の進む道”に変わったのはいつだったのでしょう?
トレノ:ある日、ふと「音楽で生きていきたい」と思った瞬間があった。「毎日同じことの繰り返しだけど、それでも大好きで、もっと学びたいし、より上手くなりたい」と気付いてから、本気で自分を磨くようになって、これが自分の進む道なんだと受け入れたんだ。
──そして、あなたといえば“勝つためのラップ”であるフリースタイルバトルで名を馳せましたが、今は“自分を表現するための音楽”を作っています。その変化の中で、一番難しかったことは何でしたか?
トレノ:いい質問だね、ありがとう!俺が自分で音楽を作り始めたのは、「誰かに何かを証明する必要はない」と感じたときで、それからは自分自身と競うことを決めたんだ。俺の競争相手は、常に前作のアルバムで、いつだって過去を超えた作品を発表したい。何より、他のラッパーと競うよりも、鏡に映る自分自身と競い続けるほうが健全だしね。
──そんな作品の多くからは、1990年代ヒップホップへの敬意を感じますが、サウンドは決して懐古的ではありません。“昔っぽい”では終わらない、“今の音楽”として成立させるために、何を意識していますか?
トレノ:俺にとってヒップホップは、すべてを支える骨格のようなものであり、土台にあるものだと思っている。そして、俺たちラッパーはみんな、そこから何か新しいものを生み出し、進化させようと努力しているんだ。トラップやドリルをはじめとするサブジャンルも、そうやって生まれてきたもので、ヒップホップは常に変化しながら進化を続けている。だから俺自身も、常に学びながら、新しいサウンドを探求しているのさ。今回のアルバムでは、ヒップホップとアルゼンチンの音楽を融合させることがひとつの使命だった。それによって、ヒップホップに何か新しいものを加えられるんじゃないかと思ったんだ。
──“ヒップホップとアルゼンチンの音楽を融合”というと、どのような試みを行ったのですか?
トレノ:アルゼンチンにはいろいろな音楽があるけど、よく知られているものならタンゴやチャカレーラ、クンビアとかだね。これらのジャンルは、アルゼンチンの音楽を代表するものだからこそ、今回のアルバムにも取り入れているよ。それと、ウルグアイの音楽ジャンルとして知られるカンドンベは、今回のアルバムを構成する重要な音楽要素のひとつだね。
──また、音楽性において地元ラ・ボカという街は重要な位置付けにあると思います。景色や匂い、音など、今も作品の中に感じられるものがあれば教えてください。
トレノ:ラ・ボカは、俺自身を映し出すような場所で、3人目の親のような存在さ。あのエリアには、タンゴから独自のストリートフードまで、さまざまなカルチャーが根付いているんだ。それに、ボカ・ジュニアーズ(注:南米を代表する名門フットボールクラブ)のスタジアムもあるから大勢の観光客も訪れるし、本当に独特な魅力があるよ。俺はラ・ボカをとても愛しているから、もしあそこで生まれ育っていなかったら、今とはまったく違う人間になっていたと言い切れるね。
──成功を手にした今も、自分はラ・ボカのラッパーだという意識は変わりませんか?同時に、活動の規模が大きくなる中で、地元との距離感に変化を感じることはありますか?
トレノ:俺は、自分がラ・ボカを代表する存在のひとりだと思っている。以前までのようにラ・ボカで暮らす少年ではなく、今ではラ・ボカを東京のような遠く離れた場所まで連れていく側になった。この変化や成長を、とても誇りに感じているよ。ただ、過去の生活を思い返した時に恋しくなることはある。というのも、音楽のおかげで多くの人に知られるようになったからこそ、地元で生活し続けることはできなくなったんだ。だからこそ、地元へ戻るときには、食事を提供したり、無料のイベントを開催したり、少しでも自分にできる貢献を通じて、地域の人々を助けることを心がけているよ。
──成功によって生活や周囲の環境が変化する一方で、ラッパーにはリアリティを失わないことも求められます。言動やリリックでリアリティを保つために、どのように日常や感情と向き合っていますか?
トレノ:自分の価値観を失わず、変わらない自分でいるために大切なのは、昔からのつながりがある人たちと過ごすことだと思う。これは、意識してきたわけじゃなくて、もともと俺がそういう人間なんだ。有名になった今も幼馴染たちと会うし、日常の中で普通にできること、普通の人と同じように過ごすことは、今でもできる限りやっている。あとは、日本のようにアルゼンチンを離れて海外にいるときは、その土地の人たちの暮らしや現実に触れるようにしているよ。そうすることで、(成功した)今の自分では生きられなくなってしまった、別の誰かの日常を感じ取ってみたいんだ。
これもきっと、自分が大切にしている価値観とつながっているんじゃないかな。結局、人は何を求めるか。俺は、誇示するためではなく、いつだって自分が本当に感じていることを表現していたい。自分のアートを別の方向へ飾り立てるよりも、自分の中にある感情を形にしたい。そういう価値観は、後から身につけるものではなく、その人の中にあるか、ないか。それだけだね。
──我々はファッションメディアなので、あなたの服装についても伺わせてください。ストリートウエアだけではなく、ラ・ボカやアルゼンチンのフットボールカルチャーが反映されているように見えますが、自分のルーツや所属するコミュニティーを意識することはありますか?
トレノ:間違いなく意識しているね。ただ、正直に言うとデザイナーやブランドも多くを知っているわけではなくて、ファッションについてそこまで詳しいわけじゃない。今は、スタイリストと一緒に少しずつ学んでいるね。ファッションについて言えることは、歌詞だけでは伝えきれない自分の考えを表現できる、もうひとつの手法だということ。それでも、ストリートウエアを通して何かを表現したいという感覚そのものは、無意識に近いのかもしれない。もともと俺自身のスタイルだし、アルゼンチンのストリートで育った若者たちにとっては、自然に行き着く格好だからね。
──今日はオールホワイトの装いですが、それは地元のスタイルのひとつなのでしょうか?
トレノ:今日着ているTシャツは、ロンドンのストリートブランドの「アリーズ(ARIES)」のアイテムで、選んだのは俺の星座が牡羊座(Aries)だから。一見すると理由がないように見えるかもしれないけど、自分なりの意味を持たせられるのがいいと思ったんだ。でも本当は、「アリーズ」のTシャツとスエットで上下を合わせるつもりが、あまりにも暑すぎて着られなかったよ(笑)。
──あなたといえば、バケットハットのイメージが強く、来日に合わせて「カンゴール(KANGOL)」とのコラボアイテムを発売されていましたね。
トレノ:俺は、昔からアメリカのラッパー、LL・クール・J(LL Cool J)が大好きで、彼の代名詞といえば「カンゴール」のバケットハットだし、「カンゴール」自体がヒップホップカルチャーにおいて影響力のあるブランドだよね。だから、「カンゴール」と仕事ができたなんて夢のようだし、それがアルゼンチンではなく日本で実現できたから、俺にとっては二重の喜びだよ。本当に光栄なプロジェクトさ。
──最後に、トレノという存在を通して、アルゼンチンの次の世代に何を残したいですか?
トレノ:俺だって、みんなと何も変わらないひとりの人間だということ。そして、夢はかなえられるということ。人生がどんなチャンスを与えてくれるかは関係ない。自分の夢を追い続けることが大切だし、本気で追いかければ実現することができる。あとは、自分の価値観を大切にしてほしい。謙虚でいること、誠実でいること、そして自分の周りにいる大切な人たちを守ること。それを忘れないでほしいな。