1993年にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで生まれた幼馴染2人によるアーティストデュオ、カトリエル&パコ・アモロソ(CA7RIEL & Paco Amoroso)。2024年にYouTubeの人気音楽コンテンツ「タイニー デスク コンサート(Tiny Desk Concert)」への出演をきっかけに、そのエクスペリメンタルな音楽性と華やかなキャラクターで瞬く間に国際的な人気を集め、ここ日本でも“カトパコ”の愛称で親しまれる存在となった。
しかし昨年12月、2ndアルバム「TOP OF THE HILLS」を同月に緊急リリースすることを明かすも、約1週間後に作品自体のキャンセルと活動休止を突如発表。そして、今年2月の第68回グラミー賞でEP「PAPOTA」が最優秀ラテン・ロック/アーバン・オルタナティヴ賞を受賞したことで、2人は再び公の場へ姿を現したのだが、以前とは一変したナチュラルなビジュアルと、長く抱えていたものが解けたようなスッキリとした表情を見せ、休養を経て新たなフェーズに入ったことを感じさせた。
その直後、2ndアルバム「TOP OF THE HILLS」がタイトルおよび収録曲を変更し、「FREE SPIRITS」として3月にリリースすることをアナウンス。同作は、2人が公私にわたって交流を持つ世界的音楽家のスティング(Sting)との交流の中で生まれ、成功の裏側で抱えていた葛藤や疲弊、そして再生までの過程が色濃く反映されている。
快進撃の最中で立ち止まり、自らの内面と向き合った彼らは、なぜ再び音楽を作り始めたのか。4月、「FREE SPIRITS」のリリース記念イベントのために来日した2人に、「TOP OF THE HILLS」のキャンセルから突然の活動休止、スティングとの関係性、フレッド・アゲイン(Fred again..)との制作秘話、変化したビジュアル観まで、“FREE SPIRITS”な現在地について語ってもらった。
世界的成功ゆえの疲弊と混乱
ーーまずは、昨年12月にリリース予定だったアルバム「TOP OF THE HILLS」についてお伺いさせてください。リリースおよびツアーの中止・延期には、どのような背景があったのでしょうか?
パコ・アモロソ(以下、パコ):「TOP OF THE HILLS」を発表する直前の11月にラテン・グラミー賞の授賞式があったんだけど、俺たちは10部門にノミネートされて5部門を受賞したことで気持ちが大胆になり、「アルバムなんて2週間で作ることができる!」と、急遽制作をスタートしたんだ。ただ、いざ完成してリリースの日が迫るにつれて、「この作品に意味はあるのか」という迷いが込み上げると同時に、ひどく疲弊しているから立ち止まる必要があると気付き、全てをキャンセルして活動も休止することにしたのさ。
ーー「TOP OF THE HILLS」が発表された当時、日本のファンの間では作品をリリースするインターバル(約9カ月)の短さに対して、ネガティブなリアクションも見受けられました。
パコ:本当に、そのリアクション通りだと思うよ。それで、時間をかけてアルバムの曲を制作することにしたんだ。
ーーまた、再開時期が明かされていなかったこともあり、「いつ戻ってくるのか」と不安に感じていたファンも多かったと思います。
カトリエル:俺たち自身も心配だったよ。これまで、何も心配したことなんてなかったのにね。
パコ:でも、何週間か実際に休んだみたら、すぐにシーンに戻りたくなってしまったんだ。
カトリエル:現代は全てのスピードが早い。今の時代、数週間の休みですら以前よりずっと長く感じるからね。それに、他のアーティストはどうだか知らないけど、俺たちは何でもすぐに退屈しちゃう性格なのが大きいと思うよ(笑)。
ーーでは、「TOP OF THE HILLS」改め今作「FREE SPIRITS」についてお聞きします。公私においてスティングは支えとなる存在だったそうですが、そもそもの出会いのきっかけは?
パコ:彼が、アルゼンチン・ブエノスアイレスでライブをする機会があって、その時に挨拶をしてから仲良くなり、連絡を取り合う関係になったんだ。
カトリエル:「TOP OF THE HILLS」をキャンセルした大きな理由のひとつは、スティングの発言でね。彼にアルバムを聴いてもらったところ、「この作品は全然良くない」と言われたんだよ。
パコ:それからある日、スティングが俺たちの写真を見て心配になったみたいで、「一度ロサンゼルスに来ないか?」と、彼が35年間秘密にしてきたホリスティック・ヒーリング施設「フリー スピリッツ センター(Free Spirits Center)」に招いてくれて、一緒に数日を過ごすことになったんだ。
カトリエル:そこでの経験を経て、アルバムをより良い内容にすることにしたのさ。
ーーでは、スティングの施設でヒーリングを行ったことが、今作を制作する直接的な契機になったのでしょうか?
パコ:まさに。スティングと会話する中で、「クレイジーでバカなことを言うのではなく、本当の心の声に正直になった楽曲を作るべきだ」と言われたんだよ。
カトリエル:音楽を通した感情のデトックスさ。
パコ:「FREE SPIRITS」では、2025年の多くの経験、耳で聴いた音、頭の中で考えたもの、感じたことを楽曲にしたから、これまでで最もパーソナルな作品と言えるね。成功の裏側にある人には見えない感情を楽曲にしていたり、1曲1曲に語るべき思いがあるよ。
ーー「最もパーソナルな作品」とおっしゃる通り、アルバムを通して内省的なリリックが多かった印象を受けました。
カトリエル:物質的・経済的な成功だけでは決して満たされないこと、成功との向き合い方、才能への不安、加齢への恐怖、苛立ち、愛情関係の破綻、セックス依存などをユーモアで歌っているけれども、かなり深い内容になっているはずだね。
ーー今作を特徴づける多彩なサウンドは、意識的でありながら自然な結果と言えますね。
パコ:その通りだね。その中でもオープニング曲「Nada Nuevo」は、今までになかったジャンルの音楽に挑戦した楽曲だから、これまでとは違う奇妙な作りになっているんだ。
カトリエル:いびつと感じる人もいるだろうね。
ーーその“いびつさ”は、ヒーリングを経たからこそ生まれたのでしょうか?
パコ:間違いないね。あの楽曲は、音楽業界における創造性の探索を意味しているんだけど、中途半端な地点で満足するのではなく、困難に挑戦し、クリエイションの限界を見出した音楽性を表現したかった。MVでフェイスペインティング(注:多くの文化や宗教で “個人を超えた存在とつながるためのサインとして機能”)を施しているのも、極限への衝動を意味しているんだよ。
ーーなるほど!ちなみに、アルバムのアートワークにもヒーリングの意図が込められているんでしょうか?
カトリエル:ヒーリング前後の写真を並べることで、ビジュアルでも内容をわかりやすく表現したんだ。
「フレッド・アゲインは、何が出るかわからないルーレット」
ーー収録曲のひとつ「Hasta Jesús Tuvo un Mal Día」は、あなた方のメンターとも言えるスティングとの共作曲ですが、制作にまつわるエピソードがあれば教えていただけますか?
パコ:彼は、レコーディングの時に裸足になる癖があるんだけど、初めて彼が靴を脱いだ瞬間には驚かされたね。だって、赤ちゃんのような足をしていたんだもん(笑)。
ーー楽曲については......?
カトリエル:音楽性なんて今更話すことはないさ!。彼は天才。キャリアが証明済み、それだけだよ。
ーー間違いありません。スティングの他に、現代の音楽シーンを代表するフレッド・アゲインとのコラボも、「Muero」と「Lo Quiero Ya !」で再び実現しています(注:2025年に楽曲「Beto’s Horns」で共演)。彼との思い出深いエピソードがあれば、いくつか教えていただけますか?
パコ:フレッドとはツアー先の滞在地が被ることが多かったから、いろいろな国で会うたびに一緒に音楽を作ってきたんだ。特に「Muero」と「Lo Quiero Ya !」は、ずっと前から準備をしていた楽曲だね。彼は現在、世界で最も素晴らしいアーティストの1人で、すごく前衛的だし音楽への向き合い方がとにかく素晴らしいから、一緒に楽曲を制作できて本当に嬉しいよ。
カトリエル:彼の特徴は、次のステップが予想できないこと。前日にフレッドと作っていた楽曲が、翌日にはまったく別の仕上がりになっていることなんてザラさ。
パコ:常に実験を加え、手を加え続けているからね。
カトリエル:フレッドとコラボするときは、デモが送られてきても決して思い入れを持っちゃいけないんだ。次の瞬間、まったく違う内容になっているかもしれないし、そのままかもしれないし、予想できないからね(笑)。彼は、何が出るかわからないルーレットなんだよ。
パコ:とにかく、お互いのアルバムにコラボ曲が収録されているのは、今でも信じられないね。ふと思い返しても、嘘みたいだよ。
ーーカトパコとフレッドといえば、昨年5月にギリシャでストリーミング配信をされていましたが、パコが常に眠そうにしていたのを覚えています(笑)。
パコ:その日、実は食中毒で死にそうだったんだ......。何度もフレッドとカトリエルから「一緒に楽曲を披露しよう!」と言われていたけど、横になっているのですら精一杯で、配信中は本当に死体みたいだったでしょ?(笑)。
「東京が“FREE SPIRITS”な状態にしてくれた」
ーー「FREE SPIRITS」のリリース前後ではビジュアルも一新されましたが、やはりメンタル面の変化が理由でしょうか?
パコ:そうだね。前は、常にハードルを超えようとしている状況で、できるだけクレイジーなビジュアルへの挑戦を求めていたけど、それが辛くなってしまった。それは、俺たちだけじゃなくてチームスタッフもみんな感じていて、スタイリストは「もう疲れた」と。だから、もう少しスローダウンしてブランドロゴが前面に出すぎない、落ち着いた内面を保てるようなファッションを好むようになったんだよ。
ーーパコは、ヘアスタイルも落ち着いた印象です。
パコ:スティングとの大きな変革を経験し、ビジュアルを含めた自由を求めていたから、ヘアーも派手でクレイジーな感じではなく、ナチュラルなスタイルに戻したくなったんだ。
ーーそういえば、カトリエルは日本で顔にタトゥーを彫られていましたね。
カトリエル:あれは、もともと入れていたデザインを改めて彫ってもらったんだよ。もともとブラックだったデザインをホワイトに入れ直したんだけど、すぐに飽きちゃう性格だし、また恋しくなっちゃってブラックに戻した(笑)。東京が俺を“FREE SPIRITS”な状態にしてくれたんだ。
それと、胸にも新しく逆三角形のデザインを入れて、これは「みんなで東京で無秩序になろう」がコンセプト。フリーメイソン(Freemason)やイルミナティ(Illuminati)の紋章として有名な三角形に目を配した“プロビデンスの目(Eye of Providence)”へのアンチテーゼとして、天地を逆にすることで新しい無秩序の世界を意味しているんだ。
ーー最後に、「フジロック」へ出演された際は、文化服装学院の学生だった西脇駆デザイナーの「デッドボーイ(DEADBOOY)」による特注衣装を着用されていました。そんな彼が、SNSで「今年もカトパコと面白い事やるよ」と発信されており、現段階でお話できることはありますか?
カトリエル:いろいろと予定しているけど、まだ何も言えないよ。秘密だ。だって、魔法使いは常に手の内を明かさないからね。