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世界が称賛するジョージアのクラブ「バッシアーニ」が守り続けるアイデンティティーと文化

東欧とアジアの境界に位置するジョージアの首都トビリシには、世界屈指のDJたちが「今最もプレイしたいクラブ」として名を挙げる「バッシアーニ(Bassiani)」が存在する。約5万6000人を収容する多目的スタジアム「ボリス・パイチャーゼ・スタジアム(Boris Paichadze Stadium)」の地下に位置し、プール跡地をリノベーションしたクラブ内は迷子になるほど広い敷地面積を誇り、最小限に抑えたライティング、メインフロアにはファンクションワン(Funktion One)、セカンドフロアにはボイド(Void)と良質な音響システムを完備、チルスペースがあちこちに点在し、しばらくすると迷宮入りしたような錯覚になる。

「バッシアーニ」の名が世界に広がり、称賛を浴びるようになった象徴的なできごとの1つに、2018年5月に起きた「レイヴ・レボリューション(Rave Revolution)」がある。麻薬取り締まりを名目に武装した特殊部隊がクラブ内へ突入し、創設者2名を拘束。しかし違法薬物は発見されず、その背景には保守的なジョージア政府によるクィア文化などを推進する進歩的なクラブカルチャーへの不当な圧力があったことが明らかになる。これに対し「バッシアーニ」のクルーを中心に世界中のトップDJたちが連帯し、大規模な抗議運動へと発展した。イギリスのBBCをはじめとする国際メディアもこの動きを報じた。

当時の首相であるギオルギ・ガハリア(Giorgi Gakharia)が公式に謝罪したことで、この出来事はクラブシーンにおける歴史的勝利として刻まれた。共同創設者のナジャ・オラシュヴィリ(Naja Orashvili)と文化や政治的発信を担うキュレーターのギオルギ・キコニシュヴィリ(Giorgi Kikonishvili)は、当時のことについて、以下のように述べている。

「Rave Revolutionは、クラブを守るための戦いだけでなく、過去に築き上げた文化や記憶を守る戦いでもありました。クラブでの経験、夢、希望、葛藤、喜び、悲しみを守りたい数万人が議会前に集まり、ダンスを抵抗の形、革命行為の象徴として表現しました。この経験から勝利することが可能であると証明されたのです」。

しかし、現在もなお、ジョージア政府との緊張関係は続いている。昨年4月には、EU加盟の遅れや不正選挙に対する抗議デモを支援したとして、創設者のタト・ゲティア(Tato Getia)の自宅が捜索された。

混沌とした政治や社会情勢の影響を受けながら、クラブの枠を超えた存在として世界から称賛されている「バッシアーニ」。ナジャとギオルギへのインタビューを通じて、その実態を紐解いていきたい。

――多目的スタジアムの地下という特異なロケーションに「バッシアーニ」をオープンさせた経緯を教えてください。

ナジャ&ギオルギ:「バッシアーニ」の創設において、建築や空間設計、都市環境は極めて重要な要素でした。14年のオープン当初はトビリシ旧市街の川沿いにある倉庫を拠点としていましたが、当時はまだ理想的な場所を模索している段階でした。その後15年に現在のスタジアム地下へと移転します。旧ソ連時代に選手用プールとして建設されたこの地下施設は、まるでクラブのために設計されたかのような理想的な空間でした。広大なホールは自然とダンスフロアとして機能し、バルコニーに囲まれた構造と高い天井が圧倒的なスケールを生み出します。無機質なコンクリートと鉄の質感、枝分かれする無数の廊下や隠し通路は、まるでカタコンベのような感覚をもたらします。

この空間体験こそが「バッシアーニ」の核心です。単にクラブを訪れるのではなく、深い没入へと導かれ、数時間の滞在にとどまらず、建築そのものがひとつの旅を生み出します。薄暗い廊下を進み、影の奥行きを感じ、音がコンクリートの通路を伝わるのを身体で捉えるうちに、時間の感覚は次第に曖昧になっていきます。空間そのものが能動的に作用し、そこに生まれる一つひとつの体験は、束の間の逃避ではなく、探索のオデッセイへと変わっていきます。

一方で、一歩外に出ると全く異なる現実が広がっています。「バッシアーニ」の周辺にはトビリシ最大規模の「デゼルテリ・バザール(Dezerter Bazaar)」が広がり、数百人がほぼ24時間体制で働き、野菜や果物を売って生計を立てています。数か月前には放火事件が発生し、多くの人々が一瞬で生計を失いました。さらに不可解なことに、その直後に新たなショッピングモール建設計画が浮上しています。クラブ内部の没入と陶酔、そして外側に広がる厳しい社会の現実。その強烈なコントラストが、「バッシアーニ」という存在をより鮮明に浮かび上がらせているのです。

――世界中のトップDJから「世界最高峰のクラブ」と称賛される理由は何だと思いますか?

ナジャ&ギオルギ:すべてのクラブは固有の精神を持ち、それぞれ独自の世界を創り出しますが、「バッシアーニ」の本質は、オーディエンスとともに生まれるリアルで誠実、かつ深く感応するダンスフロアのエネルギーにあります。時に粗削りであっても常に本物であり、DJやダンサーは単にクラブカルチャーを消費するのではなく、共にその概念を形成しています。

ジョージアにおいて、音楽とダンスは深い文化的背景を持っています。古代の遺物には、人々が神や互いのために歌い踊った伝統が刻まれています。ジョージアの伝統舞踊や歌は儀式的に集団で行われ、打楽器や多様な楽器、多声的な歌唱が伴います。この多声性の中で、個々の身体と声は混沌を調和へと変えていきます。その代表例が「コルミ(Khorumi)」と呼ばれる戦士の舞であり、統一、リズム、緊張感を体現しています。

「バッシアーニ」は設立当初から、抑圧的な文化の中で排除されがちだった人々が集う場であり続けてきました。創造的で表現的、自由で反抗的な個人たちが出会う夜の空間であり、単に受け入れるだけでなく称賛される場所でもあります。この集団的な精神こそが、「バッシアーニ」独自のエネルギーを生み出しているのです。

――これまでに多くの日本人アーティストが出演しており、リスペクトも感じます。

ナジャ&ギオルギ:日本の文化や初期のシンセポップ、前衛的なアンビエント、実験音楽は、トビリシの電子音楽シーンに大きな影響を与えてきました。日本のテクノは、異なる世界が衝突し融合するような感覚を生み出します。私たちはベルリンと同様に、日本のアンダーグラウンドシーンを代表する多くのアーティストを招聘し、独自でリアルなビジョンを共有してきました。その結果、2000年代後半から10年代初頭にかけて、トビリシのテクノシーンは大きく活性化しました。

日本のアンダーグラウンドは、ジョージアの多くのアーティストの音楽的アイデンティティー形成に寄与し、多くのフェスティバルやパーティーシリーズの精神性にも不可欠な影響を与えています。「バッシアーニ レコード」の3rdコンピレーションは日本のテクノに完全に捧げられています。ジョージア人と日本人は、伝統への深い敬意、ホスピタリティーの文化、長寿や人生の目的を追求する姿勢など、多くの価値観を共有しています。日常的なクラブ参加者に過去11年間で最も印象的だった夜を尋ねれば、多くが日本人アーティストが出演した夜を挙げるでしょう。 

――トビリシのクラブシーンはテクノが深く根付いていると思いますが、どのようなルーツからですか?

ナジャ&ギオルギ:都市の建築や構造そのものが、音響のアイデンティティーを形作っています。トビリシには中世建築、ソ連モダニズム、現代建築、ブルータリズム、モザイク装飾、アール・ヌーヴォー、ネオゴシック、さらにはガラス張りの警察署まで、多様な様式が混在しています。ジャズとテクノが同時に息づく街とも言えるでしょう。

90年代にはUKジャングル、ドラムンベース、ブレイクビーツが流入し、アンダーグラウンドシーンに深く刻まれました。その後、ドイツのミニマルテクノ、UKのダブステップ、そして日本の電子音楽が影響を与えます。過去20年でテクノはトビリシの音響景観を形成し、癒しと解放の手段となってきました。ダンスフロアでは観客の身体の動きが常に変化し、予測不可能な展開が生まれます。身体は物語を再定義する力を持ち、それこそがダンスフロアの魔法であり美しさです。

しかし政治的には、ジョージアは近年深刻な混乱が起きています。国民は500日以上にわたり、独裁的・反民主的な傾向に抗議し、警察による暴力的な弾圧や差別、抑圧的な法制度、自由の制限に直面し、多くの人が国外に出るか投獄されました。こうした緊張の中で、日常生活の中で喜びや幸福を感じることが一時的に薄れてしまいました。

レジデントDJであり、日本でもプレーしているクヴァンチ(Kvanchi)ことトルニケ・クヴァンチアニ(Tornike Kvantchiani)にも「バッシアーニ」について尋ねた。

「自分にとって、『バッシアーニ』は単なるクラブではありません。私のアイデンティティーであり、感情の核です。レジデントであるということは、オーディエンスと共に成長していくことを意味します。信頼することによって、より大胆に、より深く、より長くプレイすることができます。表現の自由が容易ではなかったジョージアという国において、それを体現する場でもあります。『バッシアーニ』でプレイする時、自分を超えた大きな何かと繋がっている感覚を覚えます。

トビリシのクラブシーンは非常にロウで、感情に満ちているし、ダンスフロアには強い一体感があります。日本のシーンにもとてもリスペクトがあります。私の経験から言うと、日本のオーディエンスは非常に情熱的で、真剣に耳を傾けていると感じます。トビリシと日本の間には、音楽への献身という点で共通した理解があると思います。文化は大きく異なりますが、どちらのシーンも流行よりも本質や深みを重視している点が共通しています」。

続いて、昨年9月のシーズンオープニングパーティーで初出演を果たし、今年の10月にも2度目の出演が決まっているDJ SODEYAMAは以下のようにコメントした。

「金曜日はメインフロアの『バッシアーニ』、翌日の土曜日はセカンドフロアの『ホルーム』でクヴァンチらとプレイしましたが、終始気持ちよくプレイできて、持ち時間の4時間があっという間でした。サッカースタジアムの地下にあるプール跡地がクラブになっているなんて日本では考えられないロケーションですが、キャパシティーは2000〜3000人ぐらいでしょうか。2フロアとも良質なサウンドシステムが完備されていて、ライティングなどの演出は最小限に抑えられています。音にフォーカスしやすい環境が整っていることも素晴らしいし、オーディエンスはとにかく夢中で踊っています。物価高騰の影響もありますが、若者にとって、『バッシアーニ』のエントランスフィーやドリンクはかなり高いと思います。なので、1回1回の遊びに対する気合いが凄いと感じました。

日本も海外も変わらないですが、DJの時に心掛けているのは、ただ単にグラデーションのような選曲をするのではなく、オーディエンスが驚くような展開を常に意識しています。今年の10月にまた出演が決まっているのでとても楽しみにしています」。

「バッシアーニ」という名は、13世紀にジョージア王国が外敵に勝利し、自由と主権を守った“バシアニの戦い“に由来しているという。同時に、ジョージア語で「低音と一体である」という意味を持ち、音楽との根源的な結びつきを示している。​​クラブカルチャーが政治やパンデミックといった世界情勢の影響を受け、存続の危機に直面するのは「バッシアーニ」に限った話ではない。しかし、その活動と名はすでに歴史に刻まれ、世界へと広がったことで、唯一無二の存在として次世代へと継承されていくだろう。

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