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森英恵の言葉が今を生きる人たちに生き生きと響く 生誕100周年を記念した展覧会開催 

2022年にその生涯の幕を閉じたファッションデザイナー、森英恵の生まれ故郷である島根県の県立石見美術館で開館20周年記念企画展「生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ」を開催している。会期は12月1日まで。孫でモデルの森星が「これから私がどう生きるかにつながる展覧会」と10月4日に同美術館で開催したトークショーで語っていたように、森英恵の過去を振り返り、回顧する展覧会ではない。森英恵の言葉は今を生きる人たちに生き生きと響いてくるのだ。

本展覧会は「ハナエモリ(HANAE MORI)」の作品、衣装の展示のみならず、森英恵の生き方、人生にもフォーカスしているのがこれまでの展覧会と大きく異なる。のちに紹介するが「流行通信」「WWDJAPAN」「スタジオボイス」「ファッション通信」といった森英恵が推し進めたメディア事業にもスポットを当て、一デザイナーとしての枠を超えたビジネスウーマンとしての顔も知ることができる貴重な機会だ。

森英恵が造った“ヴァイタル・タイプ”という言葉

本展覧会で掲げるキーワード、“ヴァイタル・タイプ”というのは森英恵が生み出した造語であり、1961年に雑誌の中で提唱した生き方だ。快活さとしなやかな強さを備えた理想の人物像が“ヴァイタル・タイプ”であり、内なる自分の持つ生命力や、着る人の魅力を引き出すことが自分の仕事だとし、生涯その姿勢を貫いた。本展覧会ではオートクチュールのドレスや写真、当時の雑誌や新聞などの資料約400点を通して森英恵の生き方とモノ作りの哲学に迫っている。2026年には東京での開催も決定しているが、森が石見美術館に寄贈したドレスのほかにも米ニューヨークのメトロポリタン美術館所蔵の、同美術館のみで展示するドレスなど、ここに足を運ばなければ見ることのできない作品も展示している。

森星は、「好きなものに夢中になって生きて、働く。それは簡単なようで難しい。“ヴァイタル・タイプ”は今の時代にも通用する言葉。生きるか死ぬかの時代を生き抜き、戦後、ブランドを超えた生き方を通して人間としてどう生きるか、またファッションや芸術を“文化”にしようとして表現してきた」とトークショーでその言葉の意味を話した。

“ヴァイタル・タイプ”を地で行く森英恵の快活さ

当時の雑誌や新聞などの資料など森英恵の生き方や人間像に迫るコーナーで特に1つの写真に目が留まった。森英恵が新宿で営む洋装店「ひよしや」の近くにある夫が営んでいた「ヴェルテル」という喫茶店だ。元々は「ひよしや」に来る客がコーヒーを飲んで待ち時間を過ごせるようにと始めた場所だった。ここで受注会を兼ねたファッションショーを開催しており、それが次第に評判になっていったという。この場所が森英恵にとってのショーの原点かもしれない。

「ヴェルテル」では若いアーティストの個展を開催したり、雑誌の編集者、演劇や映画、美術関係者が打ち合わせや待ち合わせにも利用したりする場所になっていったそうで、アーティストの田名網敬一も学生時代に通っていた。トークショーで森星が「田名網敬一さんと生前にお会いする機会があり、当時、田名網さんのお知り合いが『ひよしや』でバイトをしていて、よく通っていたという話をしてくださった」と語っていた。

ほかにものちにデザイナーとして活躍する高田賢三や松田光弘、当時の「装苑」の編集長、今井田勲らが出入りしていたという。店の壁には若手アーティストの作品を飾っていた。この1枚の写真から、「ヴェルテル」が今でいうところの顧客のためのVIPサロンや社交場としての場、新進アーティスト発掘の場といったさまざまな役割を果たしていたことが分かる。そして夫によるサポートも。忙しい毎日の中でも活気がありエネルギーに満ち溢れ、やりたいことにまい進していった姿が思い浮かぶようだ。

母として、働く女性として迷う、葛藤の日々も

森英恵の人生に迫る展示の中でもう一つ印象的だったのは、“ヴァイタル・タイプ”を提唱し、自らがそれを体現するような忙しくも充実した毎日を過ごす中でも、長いデザイナー人生の中で、迷う日々があったことだ。「家庭の中だけを自分の世界とするのではなく、1人の人間として独立した生活を持ちたい」と思い、2人の幼い子どもを育てながら、デザイナーとしての仕事を両立させていく中で、過労で体調を崩したり、洋服を着る文化がまだ根付いていなかった日本で作り続けることへの限界を覚えるようになったりした時期があった。

幼い子どもには母親の存在が必要だと考えて仕事を続けるかどうか自問していた。実際にデザイン活動10周年を迎えた1960年、日本エディターズクラブ賞を受賞しているが、過労で長期休暇を余儀なくされている。今よりも働く環境が整備されていない中、その大変さは想像に難くないが、現代の女性にも共感する部分が多くある。その翌年1961年「装苑」1月号で“ヴァイタル・タイプ”という人物像を自ら打ち出したのちに、親友でもありモデルの松本弘子に誘われて2月、3月にパリ、8月、9月にニューヨークを訪れている。森英恵が持つ胆力、自ら奮い立つ人間力に驚かされる。

1961年に初めて訪れたパリ、ニューヨークから帰国し、刺激を受けて海外進出への気持ちが大きく膨らんでいく。自分の強みを追求していくために、そしてアメリカで日本製は粗悪品だとレッテルを貼られていたことに憤慨し、日本の魅力を伝えようとさまざまな生地を学び直している。鮮やかな帯地や織物といった高級な生地や、ちりめん、絣(かすり)といった手仕事の美しい日本の技術を駆使した布を用いたドレスを服地ごとに分けて展示しているのも興味深い。次第にツイルやシフォンといった着用感が軽く柔らかい布地のドレスが人気になり、それらの割合が増えていく。本展覧会では森英恵が作品で使用した素材や生地の変遷も分かりやすく追うことができるのも特徴だ。

アメリカでの成功を後押ししたダイアナ・ヴリーランド

1965年1月にニューヨークでコレクションに参加し、それからしばらくニューヨークでショーを発表してきた森英恵は当時の米「ヴォーグ」の編集長だったダイアナ・ヴリーランドの高い評価にも後押しされ手応えを感じていく中で、最終目標だったパリ・オートクチュールに挑む決意で1976年にパリに現地法人を設立し、その一歩を踏み出す。そしてアメリカでテキスタイルや柄や色彩で認知度を上げた森英恵はその後、パリで造形やフォーム、プリーツなどによる陰影を追求していくことになる。

東洋で初めてのオートクチュール・デザイナーの葛藤や孤独

本展覧会には、オートクチュールのコレクションのみを展示している部屋がある。森星がその美しいドレスが並ぶ展示空間に入った際、「祖母の緊張や孤独、葛藤が伝わってきて少し緊張した」と語っていたのが印象的だった。東洋人初の、また日本人唯一のパリ・オートクチュール組合正会員としてパリでオートクチュールを発表した1977年から27年間、世界で挑戦し続けてきた森英恵の姿を近くで見てきた家族だからこそ出た言葉だと感じたからだ。

オートクチュールのコレクションを展示した部屋には、筆文字を描いたドレスや墨絵のシフォンドレスといったモノクロームの表現のドレスも多く展示されている。興味深いのは蝶のモチーフや色鮮やかなドレスといった森英恵の代名詞的なドレスから、「黒」に向かう時期があることだ。黒はアーティストにとって、難しくてもやりがいのある色であり、特別な色と考え、質感や素材の違いで見せており、加えてそれを最大限に魅力的に見せるフォームや、造形、プリーツやドレープなどの陰影を追求している様子がうかがえる。

日本を世界的なファッションの発信地に
1966年創刊の顧客向け情報誌「森英恵流行通信」

本展覧会では、森英恵が力を注いだもう1つの事業、出版、映像、表現の場といったメディアにもフォーカスしている点にも注目したい。1966年創刊の顧客向け情報誌「森英恵流行通信」がその反響から69年から市販の雑誌「流行通信」へと変わり、気鋭のデザイナーやアーティスト、写真家を起用した誌面作りが話題となる。

1976年には「スタジオボイス(STUDIO VOICE)」を創刊、78年には表参道にハナエ・モリビルが完成し、79年4月には米ファッション業界紙「WWD」の日本版を創刊する。映像事業では85年に現在も継続しているテレビ番組「ファッション通信」をスタートしている。ハナエ・モリビルのHANAE MORI を象徴する蝶のマークとロゴデザインはアートディレクターの田中一光、地階の「カフェ猫」の内装は横尾忠則が手掛けるなど、当時の気鋭のアーティストと協業しており、「流行通信」や「スタジオボイス」、ポスターでも多くの作品を手掛けている。本展ではそれらの作品を見られるまたとない機会だ。

また森英恵は1978年から日本を含むパリ、ロンドン、ミラノ、ニューヨークを代表するデザイナーを日本に誘致した合同ファッションショーを企画している。83年まで毎年開催した。ショーは「The Best Five」(時に「The Best Six」)と呼ばれ、カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)、ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)、カルバン・クライン(Calvin Klein)、ヴィヴィアン、ウエストウッド(Vivienne Westwood )、ソニア・リキエル(Sonia Rykiel)といった錚々たるデザイナーが来日してショーを開催していた。世界へ飛び立ち、日本の美意識を伝えるだけでなく、世界で活躍する一流デザイナーに来日してもらい、実際にその素晴らしさを見てもらいたい。また、日本人に世界基準のクリエイションを知ってもらいたいという気持ちもあったのではないか。これだけのデザイナーを日本で呼んでショーを行うなど、現在だったらどうかと考えれば考えるほど、本当にすごいエネルギーだ。また、根底にはファッション産業としての日本の地位を確立したいという大望があったのではないか。本展ではそのショーの映像も観ることができる。

ライフスタイルショップ「スタジオV」

森英恵の長男である森顕が1976年6月に原宿に「スタジオV」1号店をオープンした。これは日本の若い人たちを顧客にしたブティックで、森英恵が当時、ニューヨークの富裕層が顧客だった「ハナエモリ」とは異なるビジョンで「私がやってきたことと逆のことをやってほしい」と息子に託したビジネスだった。オリジナルの衣装やインテリアを扱うブティックや美容のカットショップ、カフェ、レコードショップ、フラワーショップを融合した店舗で、ローマ字で5を表す店名の「V」はこれら5つの要素を意味したものだ。今でいうところの複合ショップの先駆けだろう。先述の喫茶店「ヴェルテル」もそうだが、服をクリエイションする以外でも常にアンテナを張り、当時の先端を行っていたのが分かる。「デザイナーとは服を作るだけでなく、ライフスタイル全般を考えるのがデザイナー」と語っていた。まさに森英恵自身が“ヴァイタル・タイプ”に生きた人生だった。

1ミリの世界に挑んだ森英恵

本展覧会では家族から見た森英恵の普段の姿をビデオメッセージとして紹介している。孫でモデルの森泉は「祖母がお針子さんと一緒に仕事をするのを同行させてもらう機会がありました。そこは1ミリの世界なんですよね。やっぱり少しの差で服の雰囲気が変わるというか。それに対応できる職人さんもやっぱりすごいなって。それを今できるブランドは、もうなかなかないんじゃないかな」。

森泉は2004年7月7日、森英恵による最後のオートクチュールとなった「ハナエモリ」2004-05年秋冬コレクションで一緒にフィナーレを歩いたが、「毎回ショーのフィナーレで登場するデザイナーもいる中、祖母は全然出て来ない。あの時初めて出てきたんじゃないかな。すごくやっていることは派手なのに不思議ですよね。普段はいつも質素に生活していました」とコメントしている。

森英恵の長男、森顕は「母はファッションデザイナーっていうのが核にあって、それ以外にいろんなことに好奇心を持った女性だった。例えば『流行通信』で料理の提案もしていた。周りの人たちみんながバックアップするんだけど、絶対に自分のポリシーは曲げない人だと思う。いろんなものに美しさを求める。亡くなる96歳の最後の最後まで化粧をしていた。何回も何回も付け直してね。だけど自分のお化粧が気に入らないんだよね。妥協しない。そういう人だったんで僕ら息子としては難しかったね。だけど分かる。やっぱりあれだけ美しいものをいっぱい作ってきたのだから」。

PHOTOS:KOJI AKITA

◾️生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ(島根県)
日程:9月20日〜12月1日
休館日:火曜日
時間:9:30〜18:30
場所:島根県立石見美術館
住所:島根県益田市有明町5-15 島根県芸術文化センターグラントワ内
観覧料:当日券1300円、大学生600円/前売券1100円、大学生500円(高校生以下無料)

◼️生誕100年 森英恵 ヴァイタル・タイプ (東京巡回展)
日程:2026年4月15日〜7月6日
時間:10:00〜18:00(金、土曜日は20:00まで)
休館日:毎週水曜(ただし5月5日は開館)
料金:一般、2000円/大学生、1600円/高校生、1200円(当日券はそれぞれプラス200円)
場所:国立新美術館
住所:東京都港区六本木7-22-2

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