PROFILE: 石倉壱彦/アカツキ 取締役 執行役員&CFO、Dawn Capital ジェネラルパートナー

リカバリーウエア「バクネ(BAKUNE)」を引っ提げ、約183億円の時価総額で東証グロース市場に上場(6月4日時点で時価総額271億円)を果たしたテンシャル。片石貴展社長率いるアパレル企業のyutori。そんな近年の注目の企業・ブランドの成長支援を手掛けてきたのが、アカツキ傘下のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)であるDawn Capitalだ。
石倉壱彦氏は同社の代表パートナーとして、ライフスタイル領域を中心に“人々の心を動かすサービスやプロダクト”を投資支援。個人としては「ハーリップトゥ(HER LIP TO)」を展開する小嶋陽菜のheart relationなどにおいて、コーポレートアドバイザーとしてもバックアップしている。ファッション・ビューティ業界でも台風の目となるブランドを生み出してきた立役者だ。そんな彼の投資哲学、次代を作るブランドの目利きについて聞いた。
WWD:まず、Dawn Capitalの出自と事業内容について教えてほしい。
石倉壱彦 Dawn Capitalジェネラルパートナー(以下、石倉):Dawn Capitalは、アカツキのコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)として2022年に立ち上げた投資ファンドだ。前身は18年にスタートしたHeart Driven Fundで、当時からエンタメやライフスタイル領域を中心にスタートアップ投資を行ってきた。これまでに累計84社へ投資を行い、うちIPO5社・M&A7社のイグジットを果たしている。
WWD:CVCとしての特徴や強みは?
石倉:Dawn Capitalは、エンタメ事業を主軸とするアカツキが、ゲームなどで得た事業利益をもとに投資を行っている。我々が重視しているのは、「人の心を動かすプロダクトやサービス」への投資。単に事業計画や数値部分だけを見るだけでなく、その事業がどのような感情を喚起し、どのような新しい価値体験を創出しうるのかといった、情緒的な意義までを評価の対象としている。
そうしたアカツキのビジョンに一致するかを前提にしつつ、投資方針はあくまでも財務リターンを重視する。CVCの多くが自社との事業シナジーを重視する方向性が強いが、我々は財務リターンを確実に出しながら、事業シナジーを創出する投資を、再現性高く行っていくことを目指している。すでに今年、過去の総投資額を回収する「リクープ」を達成した。
我々のスタンスは、投資して終わりではない。投資後はブランド戦略、マーケティング、PR、資金調達、大企業との協業、プロダクト開発に至るまで、本当に手を動かしながら支援する。私自身もスタートアップの経営経験を持っており、単なる“出資者”ではなく、経営チームの一員として並走する姿勢を貫く。それがDawn Capitalのスタイルだ。
WWD:投資先の好事例は?
石倉:まず挙げたいのが、冷凍ヘルシーミールのD2Cを展開している「グリーンスプーン(GREEN SPOON)」。事業が成長している中で、ファミリーマートとの協業や著名人とのコラボレーションを支援し、メディア露出やブランドの拡張を更に加速し、速いスピードで江崎グリコとのM&Aが実現した。
もう一つ印象的な事例が、「ロイブ(LOIVE)」「pilates K」などの女性専用フィットネススタジオを全国で展開するライフクリエイト(LIFE CREATE)。われわれは、彼女たちが上場を目指して店舗を急拡大するタイミングで約7億円の投資を行い、同時に金融機関からの約15億円の融資を主導した。加えて、コロナ禍でスタジオ運営が困難となった時期には、金融機関からの大きな融資が受けられるまでの期間、通常の出資ではなく、約2億の融資を行った。
そして単なる資金提供にとどまらず、コーポレート機能、販路開拓、人材の紹介、ファイナンス設計にまで踏み込んで支援を行ってきた。
意見しない投資家に「価値なし」
テンシャルのブレイクを後押し
WWD:アパレル企業にも積極的に投資しているが、たとえば近年では、リカバリーウエア「バクネ」のテンシャルが話題の上場企業となっている。どのような点にポテンシャルを感じたのか。
石倉:彼らとの出会いは、もともとスポーツや健康に特化したメディアを運営していた頃にさかのぼる。月間4000万〜5000万円規模のアフィリエイト送客を実現できるほどSEOに強く、「このチームは市場のニーズを正確に捉えている。ユーザーの求めるものにも非常に敏感だ」と感じた。
最初に手がけたプロダクトはインソールだった。正直「なぜインソールなのだろうか」とは思ったが、それでもしっかりと売り上げを作っていた。コロナ禍が到来したときも、彼らはいち早くマスクを開発し、月商1億円を突破するまでに至った。
そのスピード感と柔軟性に感服した感じた半面、「この波が去った後、何を作れるか?」が真の勝負だと考えた。だから私は「今はボーナスタイムに過ぎない。この間に次の一手を準備すべきだ」と背中を押した。彼らからしたら、“叱咤”に近いトーンだったかもしれないが。
WWD:ときに投資先と衝突することもあるのか。
石倉:もちろんある。むしろ、意見を言わない投資家に価値はないと考えている。投資先の経営陣にとっては“うるさい存在”かもしれないが、そこまで踏み込むからこそ、信頼関係が構築されると信じている。
テンシャルとは、その後も毎週のように新規事業の壁打ちを重ねてきた。そして彼ら自身でたどり着いたのが“リカバリーウェア”という領域だった。SEOで培った知見、コロナ禍で学んだマーケティング、そしてプロダクト開発に対する執念。これらすべてが噛み合い、一気にブレイクスルーを果たした。
yutori片石社長の嗅覚
「次世代の文化を作ろうとしている」
WWD:yutoriの片石社長は、もともとアカツキの新卒社員だった。起業後は、Heart Driven Fundの支援が現在の礎となった。石倉::片石君は、2年間ほど新規事業に従事した後、起業する流れになった。当時、われわれとしても“卒業生の挑戦を後押しする”という意味合いを込め、最初の資金を提供した。もちろん情に流されたわけではない。彼が「古着」という一見地味な領域に、強い嗅覚から独自のマーケティング感覚を持ち込んでいた点に、大きな可能性を感じた。
WWD:石倉氏の目から見て、yutoriの卓越した点とは何か。
石倉: yutoriは、SNS時代におけるアパレルのあり方を再定義するブランドを次々に生み出し、急成長を遂げている。ZOZOグループに入ったことで、我々の持ち株は売却したが、それ以降も片石君とは継続的に対話を重ねてきた。
今ではyutoriは、次の世代のブランドや文化を創出する側に回ろうとしていると感じている。片石君の強みは、「カルチャーを先につくる力」。プロダクトはあくまで手段であり、共感を得る言語、緻密に構築されたコミュニティ、SNS上での温度管理。そうしたソーシャル時代のブランド構築において、極めて高い感覚値を有していると思う。
小嶋陽菜は“先頭に立つ”経営者
WWD:「ハーリップトゥ」を展開する小嶋陽菜氏のHeart Relationも石倉氏個人の投資先。いわゆる“芸能人ブランド”の類に見えるが、多くの同類ブランドが短命に終わる中で、「ハーリップトゥ」は頭ひとつ抜けた。違いは何か。
石倉:最初に話をもらったときは、正直なところ少し「疑って」いた。芸能人がブランドを立ち上げるのはよくある話で、事務所の延長のようなプロジェクトも少なくない。しかし小嶋氏と直接話して、すぐに「この人は本物だ」と確信した。
彼女は、服のデザインはもちろん、ブランドのコンセプト作り、動画撮影や編集、ブランドのSNSを含めた全てのクリエイティブを自らの目で細部まで確認し、納得するまで妥協せずにやり切る。それらは義務としてではなく、ブランド表現の手段として徹底されている。とりわけ印象的だったのが、「ファンに対して自分が一番責任を持つ」という強い自覚だった。
そうした“先頭に立つ経営者”がいるブランドは強い。チームも彼女の本気度に引っ張られ、全員がその背中に自発的に付いていっている。これまで数多くのインフルエンサー系ブランドを見てきたが、ここまで自己表現と事業運営が一致しているケースは極めて稀だ。
WWD:こうした勢いのあるスタートアップが“台風の目”となり、既存の大手企業が支配してきた業界の構図や常識も、徐々に変わりつつあるように感じる。
石倉:まさにその通り。ファッションやビューティ領域においては、これまでの大手企業の競争優位性に変化が生じている。かつてはマス広告や大手流通網に載せることが成功の絶対条件であったが、今はSNSを中心にデジタル上で、強いコミュニティーが醸成され、「共感」や「体験」を軸にブランドが成立する時代になってきた。
その構造変化の波を的確に捉えたのが、テンシャルであり、yutoriであり、「ハーリップトゥ」だった。彼らは大企業が見落としがちな隙間や、供給過多に陥ったマーケットの温度差を見抜き、そこに情熱とストーリーを乗せていった。つまり、経済合理性では説明しきれない価値を創出する力を持っていた。そしてその価値は、確実に社会に浸透し始めている。
大手とスタートアップを橋渡し
業界が変わるうねりを生み出したい
WWD:とはいえ、大企業が保有する研究開発力、物流インフラ、グローバルネットワークといった経営資源は依然として圧倒的だ。
石倉:だからこそ、われわれが注力しているのが、スタートアップと大企業との橋渡し。たとえばテンシャルとANAとの連携、 GREEN SPOONとファミリーマートとの連携、繊維素材を開発するamphicoと繊維商社との連携など、大企業が持つアセットとスタートアップの情熱と勢いを接続することで、価値創出の幅を一気に広げることできる。
このとき重要になるのは、スタートアップ自身が、自らの「武器」と「弱点」を正しく理解しているかどうか。大企業と手を組むことで得られるリソースと、場合によっては失われかねない独自性。このバランスをいかに設計するかがカギだ。その設計支援こそが、われわれの重要な役割だと認識している。
WWD:そうした“橋渡し”が活発化すれば、ワクワク感を失いつつある業界が、より面白くなっていきそうだ。
石倉:まさにそうなってくれることが本望。私自身も、この仕事をしている一番の理由は、「世の中にもっとワクワクを増やしたい」から。Dawn Capitalという名前も、「夜明け」や「始まり」の象徴として名付けたもの。新しい才能や価値観が生まれ、それが波紋のように社会へと広がっていく。その瞬間に立ち会えることこそ投資家の醍醐味だ。
ファッションやビューティ等のライフスタイルの世界は、人の感情と強く結びついている。新しい可能性を注ぎ込める起業家がもっと増え、大企業がそれを支える、あるいは巻き込まれれば、業界もいい方向へ変わっていくだろう。そうした動的な推進力が、もっともっと生まれてほしい。
WWD:これから業界で事業を立ち上げようとする人々にとって、どのようなマインドセットが求められると考えるか。
石倉:最も重要なのは、「時代を読む力」と「自分ごと化する力」の両立。流行をなぞるだけのブランドはすぐに飽きられてしまうし、逆に自分の世界観に酔っているだけでも他者には響かない。社会がどう変化しつつあるのか、その中で何が満たされていないのかを見極める。これは言い換えるなら、市場への共感力にほかならない。先に挙げたテンシャルやyutoriのように、「自分ならこうしたい」という熱意と覚悟を持てるかどうかも、同じくらい重要だろう。
そして、柔軟性と粘り強さもだ。最初に描いたプランが、そのままうまくいくことなんてない。そこからどう学び、どう修正し、どう仲間を巻き込んでいくかが大事になる。私は常々、「“型”をつくるのではなく、“物語”を一緒につくっていこう」と起業家に伝えている。プロダクトや売り上げではなく、その事業がいかに人の心を動かすのか。そこに真摯に向き合える人こそが、次の時代を作る存在になるのだと思う。