サステナビリティ

価格40%、年齢マイナス5歳 「ジェイエムウエストン」のヴィンテージが生む新たな接点

ブランドが自社製品を顧客から回収し、修理・補修をして再販売するビジネスが広がっている。1891年創業のフランスの靴ブランド「ジェイエムウエストン(J.M. WESTON)」もそのひとつ。革靴には修理しながら長く愛用するカルチャーが根付いているが、同社は2019年からそれをビジネスモデルに組み込み、グローバル展開している。通常の40%という価格設定も手伝い、「ウエストン・ヴィンテージ(WESTON VINTAGE)」の顧客年齢は通常ラインと比べてマイナス5歳と新規顧客獲得にもつながっているという。伊勢丹新宿店メンズ館でのポップアップストアを控えて来日したマーク・デューリー ジェイエムウエストンCEOにその戦略と成果、課題を聞いた。

ヴィンテージを事業化するという挑戦

WWD:「ウエストン・ヴィンテージ」プロジェクトを始めたきっかけを教えてください。

マーク・デューリー ジェイエムウエストンCEO:このプロジェクトを始めたのは2019年です。実は「ジェイエムウエストン」では創業当初から靴の修理を行っており、現在では毎年約1万足をフランス・リモージュの工房で修理しています。多くのお客様が修理のために靴を持ち込まれる中で「もう履けない」と言われることが増えました。理由はさまざまで、足の形が変わった、ライフスタイルが変わったなどです。

お客様から「もう履けないけれど、この靴をどうすればいいか?」という声を受けて、われわれは「では、それらの靴を何かに活かせないか?」と考え始めました。同時に、当社のアーティスティック・ディレクターであり、ファッション史家でもあるオリヴィエ・サイヤール(Olivier Saillard)が、当社の“修理のDNA”を活かして、古い靴で何ができるかを模索していました。彼は、ヴィンテージの靴をカスタマイズしてパフォーマンスとして見せる試みを行っていて、それを店頭で展示しました。そこからこのプロジェクトがスタートしました。

2020年には、お客様から300足を買い取りました。24年には2000足と、23年から倍増しています。確実に関心が高まっていると感じています。

WWD:プロジェクトを開始したとき、チームや顧客の反応はどうでしたか?

マーク:19年当時、ヴィンテージや回収の取り組みを行っているブランドはほとんどありませんでした。「ジェイエムウエストン」の顧客はすでに修理に慣れていたので、靴を「売る」という新たなステップも比較的受け入れていただけました。

正直なところ、私自身もこの会社に入るまではヴィンテージの靴を履いたことがありませんでした。でも、「ウエストン・ヴィンテージ」では靴を完全に内部まで消毒し、インソールを交換して新品同様に仕上げています。また、「ジェイエムウエストン」の靴は伝統的な作りで、新品は硬く感じることがありますが、ヴィンテージはすでに履きならされているので、最初から快適です。

23年は2000足を回収し、そのうち670足を販売

WWD:若い世代の顧客が増えたそうですね。

マーク: はい、ヴィンテージ靴は新品より約40%安いため、若い世代にとって魅力的です。実際、ヴィンテージ製品の購入者の平均年齢は、通常の顧客より5歳若くなっています。日本でもフランスでも新しい顧客が増えており、初めて「ジェイエムウエストン」の靴を購入するきっかけになっています。

WWD:ヴィンテージ靴の魅力とは?

マーク: 例えば、長年履かれた革のパティーナ(経年変化による艶や風合い)は唯一無二の美しさを生み出します。また、すでに販売終了となっているモデルとも出会える可能性があります。5年前の靴もあれば、20年、25年前の靴もあります。当時の革は、現在の規制とは異なるなめし方法で加工されており、より深みのある表情を楽しめます。

WWD:回収した靴のうち、再販可能な割合は?

マーク: 23年は2000足を回収し、そのうち670足を販売しました。つまり約33%です。前年までは1000足回収して600足販売していたので、通常は60%前後です。昨年は回収数が急増したため、販売率が少し下がりました。

WWD: 「ウエストン・ヴィンテージ」を2019年にスタートして、これまで6年経ちました。特に印象に残っていることや、顧客の反応はありますか?

マーク: いくつかありますが、私が特に気に入っているのは、“宝探し”のような感覚です。ラグジュアリー業界では、世界中どこへ行ってもだいたい同じ商品が店頭に並んでいます。でも、ウェストンのヴィンテージはその都度違うので、サイズ、カラー、スタイルが毎回異なり、思いがけない出会いがあります。これは本当にワクワクする体験です。私自身、店舗でヴィンテージコーナーがあると、必ずチェックしています。

また、多くのお客さまが「この靴は修理できて、また再販売できるんだ」と発見してくださるのも素晴らしいことです。当社の価格帯では「長く大切に履ける投資価値のある靴」であることを実感していただきたいですし、二度、三度と履き継がれていくことで、さらにポジティブな気持ちになっていただけます。

日本について一つ紹介したいエピソードがあります。私たちが2回目のヴィンテージイベントを伊勢丹新宿店メンズ館で開催した際、開店初日に予想を超える反響がありました。地上階のポップアップスペースから、なんと7階まで行列ができたのです。お待たせしてご迷惑をおかけしましたが、その反響の大きさは本当に嬉しかったです。

伊勢丹新宿店で5回目のポップアップを開催

WWD: 日本の顧客は職人技やタイムレスに価値をおく傾向がありますから。

マーク: 日本のお客様は本当に職人技に敏感で、非常に知識が豊富です。時には私たち以上に靴の製法に詳しい方もいて、昨日も店舗マネージャーとの夕食で、縫製について非常に専門的な質問を受けました。こうした対話があるのは日本ならではで、多くのスタッフの教育が必要だと感じています。

WWD: 職人と深く話すこと自体がエンターテインメントですよね。

マーク: まさにその通りです。だからこそ、今年はマーケティング部門のスタッフの一人が、自ら靴を一足丸ごと作れるようになりました。彼は以前、靴工場で働いていたんです。こうした人材がいることで、クラフトマンシップをよりわかりやすく伝えることができます。個人的にも、日本のお客様は伝統的なものづくりを世界でもっとも理解してくださるマーケットだと感じています。

WWD: 4月30日から伊勢丹新宿店で5回目のポップアップを開催しますが、これまでとの違いは?

マーク: 初年度はミックスイベントだったので実質6回目ですが、本格的なヴィンテージイベントとしては今年で5回目になります。フランスから多くの靴を日本に持ち込みます。限定商品も一部用意しています。ヴィンテージ自体が一点物ですが、さらに特別な商品も並びます。

100足すべて違う靴を修理する難しさ

WWD: このプロジェクトにおける課題について教えてください。

マーク: 最大の課題の一つは、すべての靴が修理可能なわけではないということです。アウトソールを取り外して、新たに取り付けるには、アッパーの革が十分にしっかりしている必要があります。お手入れが不十分だと、革が乾燥してしまい、修理に耐えられないことがあります。これはお客様にとって理解が難しい点でもありますが、時にはどうしても修理できない靴もあるのです。

また、サプライチェーン面でも大きな挑戦があります。毎回違う靴が届くので、店舗ごとに回収した靴を一旦工場に集めて修理する必要があります。100足同じモデルを修理するのではなく、100足すべて違う靴を扱うことになるのです。

WWD: サイズの問題も大きいのでは?

マーク: そうですね、重要なポイントです。履き込まれた靴は、サイズが変わっていることがあります。オリジナルのサイズを表示するべきか、実際のサイズを再評価するべきか悩むところです。店舗スタッフにとっても、適切なフィッティングの提案がより難しくなります。ただし、履き心地自体は柔らかくて快適なことが多いです。

日本ではヴィンテージを「売る量」のほうが「買い取る量」より多い。つまり、フランスで回収した靴が日本市場のサイズに合わないことがあり、それも課題の一つです。ただ一方で、「パリで履かれていた靴を、今は東京で誰かが履いている」というロマンチックな物語にもなります。

新製品の開発に与える影響

WWD: 新品にはないストーリーですね。このプロジェクトは、新製品の開発にも影響を与えていますか?

マーク: はい、間違いなく影響があります。当初はアイコニックなモデルのみ修理対象としていましたが、今では全製品の100%を修理可能にしたいと考えています。たとえば、スニーカーではアウトソールを交換可能なように、全周にステッチを入れるなどの設計をしています。現在ではすべてのコレクション開発において、将来的に修理ができる構造かどうかを検討しています。

WWD: EUで進む消費者の「修理する権利」の規制への対応にもなりますね。それには職人の育成も必要です。

マーク: その通りです。靴産業では通常、工場ごとに特化した製品しか作らないのが一般的です。フランス・リモージュの工場では130年間、グッドイヤー製法の靴だけを作っていましが、現在はスニーカー製造を含めた職人技の幅を広げました。

最初に復刻したスニーカーは、1938年に作ったテニスシューズの再現です。もともと1920〜30年代、ウェストンはスポーツシューズのメーカーでもありました。社内で修理技術を持つことが、外部に依頼せず修理を可能にする重要なポイントなのです。

■ジェイエムウエストン 伊勢丹新宿店メンズ館 ポップアップ
日時: 2025年4月30日(水)~5月13日(火)
場所: 伊勢丹新宿店 メンズ館1階「ザ・ステージ」
住所:東京都新宿区新宿3-14-1
ジャズライブ: 5月10日(土)14時~/15時~/16時~ 各回約20分予定

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