PROFILE: (左)渡邉弘幸/ウカ代表取締役CEO (右)パク・ネジュ/ヘアスタイリスト・「ビット&ブート」共同創業者兼共同CEO

韓国ソウル・清潭洞(チョンダムドン)にある美容室「ビット&ブート(Bit & Boot)」のパク・ネジュ(Park Naejoo)共同創業者兼共同CEOは、BTSやルセラフィム(LE SSERAFIM)、パク・ボゴム(Park Bo-Gum)らのヘアを担当する韓国人ヘアスタイリストだ。2023年には自身のヘアケアブランド「ネジュ(NEJOO)」を立ち上げ、翌年日本で泡タイプのヘアトリートメントの取り扱いを開始すると、1週間で1万本を販売するなど勢いを増し、販路を拡大している。
一方で、日本のトータルビューティサロン発ブランドとして海外進出を本格的に目指すのがトータルビューティカンパニー「ウカ(UKA)」だ。バックグラウンドは違えど、“サロン発”という共通点を持つ両社は、ブランドの世界進出をどのように実現させるのだろうか。ネジュCEOと、渡邉弘幸「ウカ」代表取締役CEOが語り合った。
「ウカ」と「ネジュ」
互いの根底にある考え方
WWD:ネジュCEOが「ウカ」を知ったきっかけは?
パク・ネジュ「ビット&ブート」共同創業者兼共同CEO(以下、ネジュ):私がプロデュースするヘアケアブランド「ネジュ」で働く日本人スタッフが、「ウカ」の製品を紹介してくれた。出張で日本を訪れる機会が多く、百貨店などで見かけることも多々あり、日本的で素敵なブランドだと思っていた。ちなみに、「ウカ」という名前はどういう意味なのかすごく気になっている。
渡邉弘幸「ウカ」代表取締役CEO(以下、渡邉):サナギから蝶へと変わることを日本語では“羽化(うか)”という。一人一人がより美しく輝き、蝶が花から花へと受粉の手伝いをするように、世の中に美を広める存在になっていけたらという思いを込めた。ロゴも蝶をモチーフに、“Excel Beauty”の頭文字“E”と“B”を一筆描きで表現した。
ネジュ:エコフレンドリーなブランドイメージを持っていたので、無限大のマークに由来するのかと思っていた。製品のことは知っていたが、サロンには今回初めて訪れた。ミニマルで美しいデザインが素敵だった。ヘアケアに留まらず、トータルビューティブランドとして存在価値を高めているのが伝わってくる。
渡邉:創業して79年になるが、理容室から始まり、現在ではヘア、ネイル、ヘッドスパ、アイラッシュ、エステティックを提供している。ビジョンは「うれしいことが、世界でいちばん多いお店」。「ウカ」ではお客さまに、美に関するさまざまなサービスを提案している。東京都港区でビジネスに励みながら、プライベートな時間も大切にするお客さまが、継続的に訪れやすいトータルビューティサロンを目指している。
ネジュ:韓国では、美にまつわるあらゆる機能が集まるサロンはまだない。あったとしても、美容室の片隅にネイルがあるぐらい。エステという肌にまつわる施術に関しては、なおさら別のカテゴリーになる。スカルプケアも同様だ。
WWD:理容室から始まった「ウカ」は、どのようにして今のブランド体系になっていったのか?
渡邉:結局のところ髪は頭皮から生えてくるし、爪も肌と結びついている。土台を整えることを重視する発想から、スカルプケアやスキンケアにまで至った。またお客さまと長く付き合い、美に関してトータルでプロデュースをしたいという気持ちをスタッフ全員が持っている。ホームケアが生まれたのも、サロンワークの中で耳にしたお客さまの要望をかなえ、必要なものを提供するためだった。
ネジュ:サロンを介してお客さまと接点が持てるのは素晴らしいことだ。私は7年ほどフリーランスで仕事をした経験から、ビジネスについては少し慎重な部分がある。「ウカ」を率いてアイデアを具現化する渡邉さんの実行力を見習いたい。
渡邉:サロンを経営しているおかげで、目の前のお客さまが何を求めているかが、技術者を通じてダイレクトに伝わってくる。同じ組織の中に美容師がいるからこそのビジネスモデル。技術者・サロンが「ウカ」のビジネスの源泉だ。
ネジュ:とても共感する。僕はサロンを運営する上で大切にしていることが2つある。1つ目は、お客さまに対して胸を張って製品をおすすめできる場所であること。2つ目は、アシスタント含め、仲間との共同体を作ることだ。
渡邉:その考えは私たちも同じだ。僕は技術者ではなく経営者なので、スタッフがアイデアを共有しやすい雰囲気作りや、やりたいことを実現できる環境作りに取り組むのが役目。皆の意見をできる限り早いスピードで具現化することが仕事の中心だ。僕が「ウカ」に携わるようになって15年経つが、僕を含む経営側と現場の技術者やサロンスタッフの歯車がようやくかみ合ってきた。だからこそ、次のステップとして今年は海外進出に取り掛かりたい。
WWD:まずはどこへ進出する?
渡邉:4月からアメリカでの展開をスタートする。アメリカの全人口のうち、非白人比率は急速に伸びており、中でも人口と所得が伸びているのはアジア人だという。人口が急増しているアジア人に対してアプローチすることはマーケティング的にも正しいと判断し、在米パートナーとともに進出を決めた。数々のスターを顧客に持つネジュさんは、K-POPを通じてそういった変化を目の当たりにしているのでは?
ネジュ:私がアメリカで成功できたのは個人の力ではなく、担当アーティストの人気と相関している。彼、彼女らと一緒に仕事をしながらアメリカを回っていると、有色人種のファンがかなり多いことに気付く。渡邉さんが話していることは一理あると思う。
WWD:韓国でも変化を感じる?
ネジュ:ソウルにある自分のサロン周辺にも、有色人種の観光客が多い。彼、彼女らが韓国に来る理由は主にファッションとビューティの2つ。20代前半〜30代前半の人が多く、ライフスタイルに重きを置き、自分にかける時間とお金に余裕がある、消費が活発な年齢層だ。彼らが旅土産として購入するものにも変化があり、最近はその国を代表するデザインのファッションやビューティアイテムが支持されている。
サロン発ブランドの
to Cアプローチ法
WWD:近年の韓国ビューティブランドの取り組みにはどのような傾向がある?
ネジュ:かつては成長のためにブランド同士がコラボレーションすることが多かったが、最近はポップアップが主流だ。大規模でなくても、短期間で集中的に開催している。バイラルになるようなインフルエンサーを起用したイベントを行うブランドも多い。
WWD:コラボからポップアップにシフトしている要因は?
ネジュ:近年はどのブランドも製品クオリティーが上がり、平均値が高くなっている。クオリティーを担保できているからこそ、その良さを消費者へと直接伝えることに焦点を当てるようになったのではないか。またチャネルが増え、オンラインで消費者と直接コミュニケーションを取る手段も多分にある。あえてコラボをせずとも、ブランドの世界観をしっかりと伝えることができる。
WWD:「ネジュ」のアイテムは、昨年春から日本での販売をスタートした。今後の戦略は?
ネジュ:現在はヘアトリートメント1種のみだが、7年間のサロン運営の経験を生かして、これからは製品開発も進めていきたい。今の販路はサロン向けのto Bがメインで、今後はto Cにも広げたい。
渡邉:日本ではサロン向けの商流が限られていて、販売代理店を介して取引されることがほとんど。さらに、to C向けの製品は美容室では販売したくないという珍しいマーケティング事例がある。そうなると、to Cで拡大しようと考えたときに、サロン流通のビジネスは諦めなければならなくなる。競合のサロン製品を扱うところも少ないため、サロン流通を貫くなら、自分のサロンを大きくするしかない。
当初は、僕もサロン向けの流通でビジネスが成功できると思いアプローチをかけたが、全く相手にされなかった。ならば、自分たちで独自のto C向けの流通を開拓しようとスタートしたのが15年前。サロンを構える港区の消費者が注目しているセレクトショップに卸したり、アーティストとコラボレーションしたり、消費者に興味を持ってもらえるような製品設計とPR活動を地道に積み重ねた。
WWD:「ウカ」がto C路線へとシフトする中で工夫したことは?
渡邉:ターニングポイントになったのは、技術者がお客さまに製品を“サロンで”ではなく、“自宅で”どのように使うかを説明したことだ。話法を変えたことで、消費者は次サロンに来店するまでのセルフケア法を知れるようになり、これが奏功した。それから10年ほど活動を続けていたところ、コロナ禍に直面し、卸していた百貨店やセレクトショップが軒並み休業していった。そこで、自社製品を直接伝えるためECの強化に着手した。ここ5年は直営店に注力している。
ネジュ:なるほど。日本市場で成功している「ウカ」の取り組みは納得することばかりだ。渡邉さんが「ウカ」を育てたように、僕も10年後の「ネジュ」を今より発展させ、さらに進化するであろう「ウカ」の背中を追いかけていきたい。
渡邉:近いうちに一緒に製品を作ったり、また仕事ができたら。
ネジュ:ぜひ!私が美容の道へ進んだ当時、周りは皆ライバルだと思っていた。しかしこうやってキャリアを築いてきて思うのは、ライバルだけではないということ。先輩であり、後輩であり、それぞれから見習うことがたくさんある。「ウカ」ともパートナーのような関係になれたらうれしい。