サステナビリティ

米沢織の15社が工場や職人技を一般公開 「開かれた産地」を目指して


山形県米沢市内のものづくり企業30社が参加しその生産現場などを一般に公開する「360°よねざわオープンファクトリー」が9月12日から14日まで開かれ、米澤織の15社も参加した。他の産地と同様に米沢も事業継承などの問題が深刻だが、参加企業は口々に「後ろ向きの話ばかりしていても始まらない」と力強い。職人技やその現場を公開することが観光資源ともなりえる、そんな可能性も垣間見せるイベントとなった。また、これに併せて宮浦晋也 糸編代表が主催する「産地の学校」は日本各地から参加するツアーを組み、アパレル関係者や学生などが参加した。

米沢産地の歴史は長い。江戸時代中期に鷹山公の名で知られる名君・上杉治憲が、困窮する藩を復興させるため行った産業開発の一つとして織物産業を興したことに始まる。戦後は呉服と高級服地の産地として発展し、狭い産地内に生地作りの各工程の企業が集まることから新しい技術開発や小ロット生産などを得意としてきた。しかし後継者不足という大問題に直面してすでに長く、現在では産地内で全工程を行うことも難しくなっている。オープンファクトリーでは、技術の披露に加え、そのような課題も共有し解決を探る姿勢が印象的だった。ここでは5社の取り組みを紹介する。

正絹の袴NO1の安部吉。ラグジュアリーが頼りにする発想と技

119年の歴史がある安部吉は、シルク100%の袴の国内シェア90%を誇る。蔵の板の間に第一礼装の縞袴などの反物が並ぶ光景は、受け継がれてきた歴史を感じさせ、迫力がある。現在は袴に加えて、シルク×天然素材の高級服地、特に意匠性の高いジャカード織を得意とし、ヨーロッパのラグジュアリーブランドや、日本のデザイナーズブランドのオリジナル生地を手がけている。日本の古布を今の素材で再現するなど、デザイナーからの難題を形にするのは、安部吉弘社長の発想と手の技だ。

その安部社長に「一番の自信作は?」と聞くと、シンプルな黒い無地のシルクウールのジャカードの反物を見せてくれた。ストレッチが効いているがポリウレタンなどは使っていない。ウールに限界まで撚りを入れることで、柔らかく伸縮性のあるジャカードとした。高級プレタポルテの顧客が好みそうな上質な素材だ。これには、中国のラグジュアリーブランドから大量発注がついたという。

安部社長が中国語を話せることもあり、同社は数年前から中国・台湾のハイブランド市場へ向けての新商品開発と取引先の開拓を米沢産地の他社と協業で進めてきた。この生地はその成果のひとつと言えるだろう。勝ち残る企業は歴史と技だけではなく、新しい市場へ出てゆく姿勢があることに気づかされる。

開かれた産地へ。それがファクトリーブランドの宿命

小ロット多品種などの受注に柔軟に応えてきた産地の特性から、逆に「米沢織とは?の問いに実は明確な答えはない」と話すのは、ファクトリーブランド「ニトリト(NITORITO)」の鈴木健太郎社長だ。だから「『ニトリト』が米沢織の代名詞となってもいい、くらいの気持ち」をもってこだわりのものづくりをしている。「開かれた産地にして米沢の可能性を広げることがファクトリーブランドの宿命」と考えるからだ。同社は、丸編みもジャカード織も手掛ける。少量・高付加価で差別化し、閑散期に「ニトリト」を作る。「編みは世界中どこでもできるが、加工により糸にかかったストレスや外気温、機械の状態などを加味して編み機を操るのは職人の仕事だ」と鈴木社長。織りもしかりで、経糸と緯糸が交わることで独特の色を生む、その感性が問われる。「アパレルの人たちにはぜひこうやって色が生まれる現場を見にきてほしい」と呼びかける。

「最近産地に外から若い人たちが入り始めている」との話を聞くが、「ニトリト」もデザインを手掛ける齋藤美綺取締役デザイナーもそのひとり。1995年生まれの斎藤デザイナーは、出身は神奈川県藤沢市で米沢とゆかりはない。多摩美術大学在学中に繊維産地巡りをして出会ったこの地に惹かれて「よそ者が入ることで、素晴らしい技術をもって黙々と作る産地と面白い化学反応を起こせないか」と移住をし2020年から「ニトリト」を手がけている。田んぼや山並みとその上に浮かぶ月、鳥など米沢の風景をモチーフに色鮮やかで優しいウール・コットンのストールやブランケットを手掛け、余剰素材で小物も作っている。

織機と糸を知り尽くし、手書きメッセージを添えて納品

行方工業は、糸繰り、整経、製織、検品仕上げまでを行う一貫生産体制による先染めのシルク高密度織物を得意とする。行方護社長は、オープンファクトリーの来場者を、レピアやシャトルといった織機のすぐ近くへ招き、自ら糸をつなぎ、回す様子を披露する。織機を操るときの楽しそうな表情が印象的だ。「緯糸は織機に欠ける前に、先染め、乾燥など何度もストレスがかかっているそれらを計算しながら織機を扱う」と、目には見えない技術の背景を説明してくれた。

自慢の生地を見せてほしいと依頼すると、ややムラと凹凸感のある染めが特徴的な一枚を見せてくれた。得意とする「傷ひとつない高密度織物」ではないところが意外だ。「自分は好奇心が強いから攻める」と行方社長。染工場には「シルクだからって丁寧に扱わなくてもいい、おもしろいものができるなら極端な話、破れたっていい。シルクはシルクなんだから」と伝えたという。

このようなモノづくりはコロナ下でより強まったという。「直接会えないから、納品時に手書きで説明書きを添えるようにしたら、反応が大きく、良くも悪くもフィードバックがあるからモノづくりがしやすくなった」というのだ。生地を作る職人とアパレルの担当者やデザイナーの間には数社の中間企業が入るが、「手書き」がその垣根を超えて、対話を生んだ。「“失敗したけど意外と面白いから、使ってみて”なんて対話も手書きだと成立する」。結果、新しいチャレンジがしやすくなったという。

アートと日用品。織機から始める2つのアプローチ

大正12年設立の山口織物鷹山堂は現在、デジタル技術と融合した写真織りのアートを制作し、同時に地元アーティストとコラボレーションした「米織小紋」の小物を小ロット・クイックレスポンスで生産し、カフェ併設のショップで販売するなど、新しい取り組みに挑戦している。オープンファクトリーではテキスタイルアーティストの父・山口英夫CEOと、文化服装学院に通う息子の山口英太氏の2人で、ひっきりなしに訪れる来場者に対応していた。

吹き抜けのアトリエで目を奪うのは、4メートル幅の巨大なレピア織機だ。山口CEOは1980年代からエンジニアとしてキャリアを積み、コンピューターと織機をつないだ。「考え方はプリンターと同じ。エクセルの数字でもワード上の言葉でも、ジャカード織りの柄となる」と斬新だ。これまでは劇場の緞帳やタペストリーなど大きな織物を製造し、同時にアート作品として発表しその作品は米国メトロポリタン美術館などに収蔵されている。闘病を経た今は再び、アーティストとしての活動に力を入れている。息子の英太氏は父からそのセンスを引き継ぎながら、カフェの隣にクラウドファンディングでツリーハウスを建て話題作りをするなど自分なりのやり方で会社と産地を盛り上げている、頼もしい存在だ。

ロイヤルウエディングで採用される一点の曇りもない“ミカドシルク”

行方織物は、ウエディングドレスなどで使われるハリと厚みのある“ミカドシルク”などを手掛けているる。特徴は一点の傷もない、完璧な仕上がりだ。虫眼鏡を使って最終検品をして10カ所ひっかかりが見つかれば出荷をしない。それ故、誰もが知るラグジュアリーやデザイナーズブランドが顧客に名前を連ね、ロイヤルウエディングのドレスにも採用されている。オフィスの入り口にはユダヤの正装である黒のシルクサテンのコートが飾られていた。行方裕視社長が「世界一厚みあるシルクサテンだ」と言い切るその生地はなんと、26000本の経糸を通しているというから気が遠くなる。

これまでは米沢産地ネットワークを活かし、染色から織物まで一貫したものづくりをしてきたが、米沢の染工場が廃業を決めたため、今後は京都で染色を行う。「非常に残念」と本音が漏れるが、それは同社だけではない。米沢産地、日本の繊維産地全体の課題だ。産地内M&Aや、産地を超えた特に加工や染色の協業が急務であることは間違いない。

産地の人たちからは欧米のラグジュアリブランドや日本のデザイナーズブランドの名前をよく聞くが、産地側はブランド側へ配慮し、具体名をオープンにすることを好まない。逆に「ビズビム(VISVIM」」のようにオンラインストアのアイテム紹介欄で安部吉や行方工業といった企業の技術を詳細に解説しているケースもある。「ミナ ペルホネン(MINA PERHONEN)」もしかりだ。ブランド側の情報開示は、技術を誇る日本の繊維産地存続の力となる。トレーサビリティの観点からも、またメード・イン・ジャパンの存続のためにもブランド側がその姿勢を見直すタイミングと言えるだろう。

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