ファッション

パリコレは「サンローラン」「リック・オウエンス」が高評価 辛口な海外メディアが「完璧」と称賛したブランドは?

 2022-23年秋冬シーズンのミラノ・ファッション・ウイーク中に、ロシア軍によるウクライナへの侵攻が始まった。ミラノとパリではファッション・ウイークを継続するかどうかの声も上がったものの、一部のアフターパーティーがキャンセルになった以外は全てスケジュール通りに行われた。他国での戦争を理由に、車や映画関連、飲食業界がイベントを中止することは、おそらくない。社会とつながるファッションは、メディアや政治的役割から逃れられないということが、今季のファッション・ウイークの取材で感じたことだ。それは同時に、常に賛否両論の意見が向けられる対象であるということでもある。全ての人から評価されるブランドも存在しない。今季も主にアメリカとフランスの新聞紙が掲載したレビューに目を通すと、評価が分かれるブランドは多々あった。彼らの見解をここで取り上げるのは、さまざまな意見に耳を傾け、多角的な視点を持ち、最終的には自身の考えを磨いていくことが目的である。その一助になることを願いながら、今季は5ブランドに対する海外メディアの講評を紹介する。

「ジバンシィ」
名誉挽回を果たす会心のショー

 「ジバンシィ(GIVENCHY)」昨シーズン、メゾンの歴史と創業者の美意識への理解不足が指摘され、辛らつな批評を受けた。今季のマシュー・ウィリアムズ(Matthew Williams)=クリエイティブ・ディレクターは、それらの記事に目を通したのかと想像させるほど、メゾンのコードを現代的な表現に変換する手法が多く見受けられた。

 コレクションはストリートウエアとイブニングウエアの折衷を追求し、ジャーナリストもそれを評価した。フランスの新聞紙「ル・フィガロ(Le Figaro)」は、単独記事でレビューを掲載した。執筆者のヴァレリー・ゲドン(Valerie Guedon)は、「2年前、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)がランウエイでスエットとスニーカーの終えんを予言したが、今季の『ジバンシィ』を信じるなら、ストリートウエアにはまだ明るい未来がある」という言葉で始めた。「ウィリアムズは(05〜17年まで同ブランドのクリエイティブ・ディレクターを務めた)『リカルド・ティッシ (Riccardo Tisci)が取り入れた、ストリートとラグジュアリーの融合に敬意を表したかった』とバックステージで語った。(中略)ティファニーで朝食をとるオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)のリトル・ブラッド・ドレスは、アトリエの技術とアメリカの影響を受けて、現代的に再解釈された。フェザーのフリルが付いたカクテルドレス、パールをあしらったバギー、未来的なスニーカー、色あせたスエットは“並外れた作品と普通の服”の折衷により、メゾンのワードローブを魅力的なステージへと押し上げた」と高評価だ。

 スージー・メンケス(Suzy Menkes)は、自身のインスタグラムに6枚の写真を投稿。キャプションで、「会場となった広大なスポーツアリーナの眩しい照明を耐えるのに十分に力強く、明快なコレクション」「より快適で、洗練されているように見えた」と綴った。批評を掲載することが少なくなった「ヴォーグ・ランウエイ(Vogue Runway)」では、アンダース・クリスチャン・マドセン(Anders Christian Madsen)が見解を示す。「昨シーズンよりも整理され、新たにストレートさもみられた。(中略)メゾンのアーカイブで見つけた装飾品や着こなしを参考に、ユベール・ド・ジバンシィ(Hubert de Givenchy)の装飾的な言語を今の時代の表現へとシフト。イブニングウエアからイージーウエアに至るまで具現化していった」。最後は、「ウィリアムズは現代の日常服へのアプローチを、『ジバンシィ』のランウエイという高貴な場所で映し出していたのかもしれない」と締めくくった。昨シーズン、「思慮が足りず無分別」と酷評した「ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)」のヴァネッサ・フリードマン(Vanessa Friedman)も、「これまでで最も首尾一貫したコレクション」としている。

 ウィリアムズは、ショーノートでもバックステージの取材でも、今季はアーカイブからの引用を強く主張していた。自身のインスタグラムで、アーカイブ写真と今季のルック画像を順に並べて、デザインプロセスを共有した。もしも本当に彼が昨シーズンのレビューを読んで批判に耳を傾けたのだとすれば、謙虚な姿勢を持つデザイナーだと今季のコレクションから解釈できる。

「バレンシアガ」
演出面は評価もコレクションは賛否

 昨シーズンから評価が一定しているのは「バレンシアガ(BALENCIAGA)」だろう。旧ソビエト連邦の国ジョージア出身で、10代を難民として過ごしたデムナ(Demna)=クリエイティブ・ディレクターによるショーは、見る者の心を揺さぶった。当初、猛吹雪の中を果敢に前進する演出のアイデアは、四季の中から冬がなくなり、仮想空間でのみ雪を体験することになる未来を予見した、気候変動の問題を提唱する意図だったという。デムナは「ウクライナの戦争はトラウマを呼び起こし、ショーのキャンセルも頭をよぎった」と明かしたものの、恐怖に屈せず、愛と平和のメッセージを発信した姿勢が人々の感情を喚起した。多くのメディアに取り上げられたこと自体が評価されているという指数にもなるが、その多くは演出のリポートとデムナの言葉を掲載するのみ。コレクションについてはあまり明記されていなかった。スージー・メンケスでさえも。

 そんな中で、コレクションの評価を決して忘れなかったのは、ヴァネッサ・フリードマンだ。「とても高価な革製のゴミ袋のバッグは、非常に悪趣味な方向へと危険なほどに近づいている」と述べ、「ほとんどのものは雪の中から見ると、長いジャージードレス、フーディー、非対称の花柄、包み込むような特大のコートなど、過去数シーズンとほとんど同じように見えた」と続けた。一方で、バーチャルリアリティを使った実験的なショーの演出については、会場セットを再利用し、二酸化炭素の排出量をオフセットすることも含めて評価した。「デムナがファッション界で最も偉大な舞台美術家であり、最も恐れを知らない人物であることを裏付けていた。彼の主題はシルエットではなく、人間の状態。壮大なポップカルチャーのスケールで」と述べた。「ファッション・ネットワーク(Fashion Network)」のゴードフリー・ディーニー(Godfrey Deeny)は、デムナにバックステージで「プーチン大統領にメッセージはあるか」と尋ね、彼は穏やかにこう答えたという。「メッセージは、人生そのもの、人間の愛と思いやり……。ある意味で、今日のファッションは重要ではない」。

「リック・オウエンス」
神話のように美しい服とショー演出

 「リック・オウエンス(RICK OWENS)」は演出とコレクションの両方で高い評価を得た。大量のスモークの中から浮かび上がるのは、体を包み込むコートやマント、有機的なフォームのエレガントなドレスだ。床を這う長い裾はドラマチックで、過ぎ去った後も優美な余韻を残して儚げな印象を与えた。各紙はシンプルに「美しい」「エレガント」と賞賛。神話の美しい民族が幻影のように現れては消えていく幻想的なショーは、ファッションの価値をジャーナリストに思い起こさせたようだ。

 ゴードフリー・ディーニーは、「戦争の脅威がヨーロッパ全体を暗くした時、リック・オウエンスは巨大な雲の中から彫像のようなモデルを出し、魔法によって天空から与えられた優雅さと威厳の瞬間を提供した」と描写した。ヴァネッサ・フリードマンは「スモークは空中に放出され、洋服の輪郭をぼかした。それはただのファッションだった。しかし、それはまた天の恵みのようにも見えた」とし、「デザイナーは世界で何が起こっているのか、ファッションショーを開催することがどれほど奇妙であるかを理解するだけでなく、その中の不協和音を認め始めている。おそらく誰もが、できるのはそこまで。問題を解決することはでない。しかし、懸案が変わったことを認識するのは重要だ」と続けた。

 「ヴォーグ・ランウェイ」は、バックステージで取材に応えたリック・オウエンスの言葉を掲載した。「現在、ショーを開催することを詫びる人がいると聞いたことがある。私たちは多くの人を支えている業界であるため、謝罪する理由は見当たらない。われわれの仕事は、美学を最高のかたちで表現すること。それは社会的、文化的に大きな価値がある。美しさは傷ついた心を慰める一つの方法にだってなり得る」。この業界の全ての人を勇気づける言葉と、それを証明する説得力のあるコレクションだった。

「サンローラン」
非の打ちどころなく「完璧」なショー

 「サンローラン(SAINT LAURENT)」は非の打ち所がないコレクションだった。わずかに誇張したショルダーライン、深いネックライン、ヒップまで覆うビッグサイズのアウターの下からは、優雅になびくバイアスカットのドレスの裾が覗く。アール・デコに着想したシャープなラインと細長いシルエットで、ピュアなエレガンスをミニマルに描き出した。重ね付けしたブレスレットとメタルのイヤリング以外、装飾は削ぎ落とし、バッグも登場しなかった。ショーの数日前に父親が突然他界したというアンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vaccarello)=クリエイティブ・ディレクターは、ゲストのシートに「父へ」と記し、ショーの最後を真っ黒の“ル・スモーキング”の4ルックで飾った。

 米「WWD」のマイルズ・ソーシャ(Miles Socha)は「完璧という以外ない」と絶賛。スージー・メンケスも「メゾンに現代的なスピリットを与えた。未来をたどりながら、過去を尊重している」とコメントした。「ヴォーグ・ランウェイ」のサラ・モーア(Sarah Mower)も「アンソニー・ヴァカレロのキャリアの中で、最も長く記憶に残るショー。洗練されて、しなやかで、シンプルなデザイン」と述べ、彼の手腕を讃えた。「『サンローラン』の作品の壮大さと素晴らしさは、引き継ぐクリエイティブ・ディレクターにとっては非常に恐ろしいものにもなりえる。それに直面したデザイナーは、短いショーツやスリットスカート、胸元の露出などサン・ローランがしなかったこと全て(ヴァカレロが一度にしたこと)でメゾンに反抗するか、もしくは慎重に守りに入るかである。この仕事に求められているのは、メゾンのプレーブックを十分に理解し、品質を尊重しながらそれをさり気なく、十分な自信を持って使うこと。ヴァカレロは今季のショーで、その成熟点に達した」と説明。「私たちみんなが夢見るパリのエレガンスを、現代的なレベルへと引き上げた」とコレクションの完成度の高さを評価した。辛口のヴァネッサ・フリードマンも、「シックで素晴らしい、緻密に構想されたショー」と始め、後のレビューに批判の言葉は一切ない。「ランウエイを歩く女性たちは、洋服を完全に自分の所有物にしているように見えた。肌になじみ、自信がみなぎっていた。本当に、誰もが望む洋服の全てが詰まっている」と讃えた。

「ディオール」
新しいアプローチは評価も……

 今季の評価が最も分かれたのは「ディオール(DIOR)」だろう。マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)=アーティスティック・ディレクターが試みたのは、「ディオール」の美的感覚とテクノロジーの融合だ。南極観測隊の防寒着などを製造するスタートアップ企業と協業し、蛍光グリーンに光るボディースーツのほか、”バー”ジャケットやアトリエ技術を生かした繊細なレースのドレスに、防具のようなコルセットやショルダーパーツを組み合わせた。それらは着用者の体温を管理し、均一に保つ機能を備えているという。

 このアイデアは賞賛されたものの、美しいかどうかについての評価は別だった。スージー・メンケスは「“ニュールック”を現代化する、あるいは根本的に変える新しいテクニックを把握するのに、私はまだ苦労している」とコメント。米「WWD」のジョエル・ディーデリク(Joelle Diderich)は、「芸術美的には、結果はまちまち」と述べ、「ファーストルックのボディースーツは科学博覧会の展示のよう」と厳しい意見だ。しかし「より説得力があったのは後半の、男性のまなざしに抗議する彼女の長年の課題を促進する女性に向けた服」と続けた。ヴァネッサ・フリードマンも同様に、いくつかのルックを「少しバカげている」と表現したものの、テクノロジーに触発された後半のルックは「モダンに見えた」と評価した。特に、体への負荷を軽減するテクニカルなアンクルストラップを備えた、ビーズの装飾的なシューズに対しての評価が高い。シューズデザイナーとしてキャリアをスタートさせた、キウリの経験が功を奏したようだ。「(キウリが行ったように)私たちに時々必要なのは、なじみのあるものを別のレンズや、または新しい視点を通して考えることだ」とヴァネッサ・フリードマンは言い、キウリのアイデアに肯定的だった。

 エレーヌ・ギヨームは、キウリのアイデアとコレクション全体を賞賛し、「今季の“知能の高い洋服”は、明日のファッションへの道を開いている」と讃えた。ゴードフリー・ディーニーも、今季のパリコレで最もいいコレクションの一つとして「ディオール」を挙げている。「キウリは、女性とそのスタイルに関する前例のない考察だった。それは、誰もが好むものではないかもしれない。しかし彼女のフェミニズムなファッションは、『ディオール』を世界で最も成功したラグジュアリーブランドへと成長させた。控え目に言っても、女性のファッションへの真の解放的なアプローチである」と綴っている。

 電熱パッド付きの発熱ウエアや、アップル社(Apple)の“アップルウォッチ”など、“着用可能なハイテク”は市場にすでに数多く出回っているとしても、「ディオール」の豪華なショーで見る、ラグジュアリーとテクノロジーを大胆に融合させた洋服は、筆者の目にも全く新しいスタイルとして映った。実生活で着用することが今はあまり想像できないが、将来的には当たり前になるのかもしれない。パンデミックのような非現実的な経験を経た今、想像もできないようなことが何でも起こりうるからだ。