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静かな「シーイン村」が示唆するもの

先日、中国・広州に行ってきた。取材の合間に、番禺区のいわゆる「シーイン村」を歩いた。現地に着いたのは午後3時ごろ。思っていたより小さいエリアだ。全体をくまなく歩いても2時間ほどだろうか。縫製工場が並ぶ通りは確かにある。中国名物の音のしない電動バイクが歩道も車道もひっきりなしに走り、スマホを見ながら歩いていると轢(ひ)かれそうになる。だが、ミシンの音と出荷の段ボールがあふれるような熱気は、あまり感じなかった。時間帯のせいもあったかもしれない。出荷や仕入れの動きは朝や夕方に集中しやすいからだ。それでも「活気がない」という印象は拭えなかった。

「シーイン」の発注が減った村 関税とベトナム移転の余波

村は縮んでいるのか。統計で確かめることはできなかったが、報道をたどると冷え込みの経緯は見えてくる。2025年春、ロイターはこの村の工場主らが、「シーイン(SHEIN)」からの発注が減っていると語ったと報じた。米国の関税と、ベトナムへの生産分散が背景だった。台湾の工商時報も同じころ、地元工場の受注規模が他地域に見劣りするという業者の嘆きを伝えている。

ただ、その後、流れは反転する。米国が小口輸入の免税措置をすべての国に対して廃止し、ベトナムの優位は薄れた。ロイターによれば、「シーイン」はホーチミン近郊で借りた15万㎡の物流拠点を約6万㎡まで縮め、中国に回帰した。ただし同じ報道は、需要が鈍るなかで、国内のサプライヤーが必ずしも「シーイン」に戻ってきているわけではないとも伝えている。「シーイン」の利幅は薄すぎる、という声もあるという。

ミシンの路地から自動化倉庫へ 増城で建設が進む巨大物流センター

もともと「シーイン」の生産網は番禺の村だけのものではない。創業者の許仰天氏は今年2月、広州に加えて仏山、肇慶、江門など周辺にもサプライチェーン網を築いていると語り、今後3年で100億元(約2300億円)超を投じる方針を示した。

その象徴が、広州市東部の増城区で建設が進む巨大な物流拠点だ。同社は2024年8月に当局から25件の建設工事計画許可を取得し、同年9月28日に1期工事に着手した。1期だけで敷地は約49万㎡、延べ床面積は80万㎡以上、投資額は36.9億元(約849億円)に上る。倉庫、ピッキング、仕分け、出荷、決済までを一体化し、全工程を自動化するという。今年8月には、1期の設計案の調整も当局に認められた。3期すべてが稼働すれば輸出額は1000億元(約2兆3000億円)を超え、ピーク時には約10万人の雇用を見込むと報じられている。

番禺の路地で、ミシンを踏む人の手が支えてきた「シーイン」の速さは、いま増城の自動化された巨大倉庫へと重心を移すということだ。「シーイン」の生産と物流は、1つの村から広東省全体へと薄く、そして太く広がることになる。

村から1.5km、万博CBDに立つ「シーイン」広州本社

村から1.5kmほど歩くと、景色は一変する。「番禺万達広場」や「番禺天河城」などの大型モールや高層のオフィスビルが立ち並ぶ一角に、「シーイン」の広州本社がある。番禺地区で最もにぎやかな商業地である万博CBDだ。そこから800〜900mの場所には、Temuの本社もある。村と本社。歩いて行ける距離に、「シーイン」の「足元」と「顔」が並んでいる。その落差は激しかった。

低層の街を歩く「聚龍湾太古里」 ポップマートと中国ブランドが主役

同じ日、旧市街に9月に開業したばかりの、おしゃれなモール「聚龍湾太古里」にも足を延ばした。北京の人気商業施設「三里屯太古里」で知られる、香港の不動産大手、太古地産が手掛けた。1期には100を超えるブランドが入り、その約4割が広州か華南地域への初出店だという。

実際に歩いてみると、これがなかなか良かった。巨大で背の高いモールではなく、通りを歩いて回るオープン型の街区だ。古い倉庫などの建物をうまく生かし、全体に落ち着いた空気が流れている。テナントはスポーツブランドと中国ブランドが中心。ポップマートの大きなオブジェがあちこちに置かれ、中国ブランドを前面に押し出していることがはっきり伝わってくる。中国のアウトドアブランド、伯希和(ペリオ)も広州1号店を構えている。多数の中国ブランドの店も、まあまあいい。ここでの「まあまあ」は褒め言葉だ。

ラグジュアリーは2期から 開業ラッシュの広州

第2期の工事はすでに始まっている。2027年10月から段階的に開業し、さらに300ブランドが加わる予定で、ラグジュアリーブランドも入るという。同じ太古地産の広州太古汇は、いまも市内で最もラグジュアリーブランドが集まる商業施設だ。聚龍湾太古里は、まず中国ブランドとスポーツで街の空気をつくり、その上にラグジュアリーを重ねていく順番を選んだように見える。

広州では大型商業施設の開業が相次いでいる。太古里の1期の正式開業と同じ日には天河区の合生汇が開業し、2日後には同じ白鵝潭で広州初の万象城が開業した。国慶節を前にした新施設ラッシュである。熱狂というより成熟。中国の消費の空気は、ここでは静かに洗練されていた。

 作る現場は静かになり、本社と物流と消費の街は巨大化し、洗練されていく。広州で見たのは、「シーイン」という企業の成長が、それを支えてきた村の熱と必ずしも同じ方向を向いていない、という光景だった。世界最大級のファストファッションは、いま「村」から離陸しようとしているのかもしれない。

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