時代の空気を汲み取り、多く人から共感を得るのが“良い”コレクションだとすると、6月21日(現地時間)に発表した「プラダ(PRADA)」の2027年春夏シーズンはどうだろうか。ミラノで発表した多くのブランドが、リラックスや軽やかさをキーワードに掲げ、芯地や肩パッドを排した柔らかなテーラリングと、身体を解放するゆったりとしたシルエットを打ち出す中、「プラダ」はその潮流に背を向けるように昨シーズン以上にタイトなフィットを提示した。デニムジャケットやレザーブルゾン、ニットウエアは上半身にぴたりと張り付き、ジーンズやレザーのボトムスは生地が張り詰めるほどに細い。実際、「WWDJAPAN」の紙面で恒例となっているバイヤーへのトレンドアンケートでは、タイトシルエットはしばしば「市場には浸透しないだろう」と冷ややかに評価される。消費者が求めているのは、窮屈さよりも快適さであり、緊張感よりも自由さだという見方が支配的だからだ。クラシカルなアイテムにレジャーやアウトドア、テック素材を掛け合わせ、機能性と快適性を高めることが半ば常識となった現代のメンズファッションに対し、「プラダ」の姿勢は真っ向から対抗する。
では、これは悪いコレクションなのか。好き嫌いという個人の感情は別にしても、その評価は単純ではない。むしろ、「時代のムードと合っていない」という指摘は、ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)とラフ・シモンズ(Raf Simons)にとって、逆説的に賛辞ですらあるだろう。二人はこのようにコメントを寄せている。「このコレクションには、ラグジュアリーの慣習との決別がある。それは意図的であり、ひとつの姿勢の転換だった。素材を変え、プロポーションを再考すること。新しいシルエットこそが根本的な要素だ。繰り返しにこそ惹きつけられる何かがあり、この集中したアプローチに強い魅力を感じた。これは、迷いを排した明確な判断と、研ぎ澄まされた精度についてのコレクションなのだ」。常に二人が取り組んできたのは、時代の空気の中に潜む違和感や矛盾を掘り起こすことだ。誰もが同じ方向を向き、同じ価値観を共有し始めた時、そこに疑問符を打つのが「プラダ」であり、今季はその姿勢を確固たる意思で示してみせた。続けて、二人にはこのようにも語っている。「目標は、“何もないもの(nothing)”で新しい何かを生み出すことだった。誇張に抗い、複雑な素材使いに抗い、そして無意味なデザインに抗うこと。この時代において、私たちが何よりも嫌うのは無意味なデザインだ。このコレクションは、その考え方を表現している。そして、この“何もなさ”は極めて精密である。実際、それを実現することの方がはるかに難しい」。
会場には、透明なプレキシガラスの床が設置され、その下から鋭い白色光が放たれていた。まるで実験室か、あるいは解剖台の上の標本を見つめるように、空間はゲストたちに極限まで研ぎ澄まされた注意力を要求する。二人が言う「姿勢の転換」はアイテムに現れており、これまでになくデニムが多くを占めた。女性モデルのジュリア・ノビス(Julia Nobis)が着用したファーストルックのGジャンとジーンズのセットアップは、原型を留めながら後にウールや、かつて「プラダ スポーツ」を象徴した半透明のナイロン素材でも登場する。ジャケットには、伝統的に上流階級の女性服で用いられてきたくるみボタンがあしらわれ、襟は丸みを帯び、さらにショーに女性モデルが散発的に差し込まれたのも、現代の男性性への再考を促す試みだったのだろう。また、大容量のバッグがメンズ市場の定番となった時代にあって、今季は必要最低限の荷物だけを収めるミニサイズのアクセサリーへと置き換えられた。それらはカラビナでベルトループに吊り下げられ、身軽であることを選ぶためのジェスチャーのようだった。情報もモノも過剰な時代だからこそ、何を加えるかではなく何を捨てるか。その態度は、シャープで直線的なシルエットだけでなく、コレクション全体を貫く思想として提示されていた。
足元はスクエアトゥのクラシカルなドレスシューズを基盤としながら、ストラップは斜めに配され、まるで長年履き込まれたかのような擦れた質感を帯びる。スタイリングでは、Gジャンの上に深いVネックニットが重ねられ、抑制されたモノトーンのルックが続いたかと思えば、突如としてサイケデリックな幾何学模様が現れ、秩序の中にノイズを差し込んだ。よりディテールに目を向けると、アウターやボトムスの背面に配されるトライアングルロゴは、スナップボタンで付け替え可能な仕様へとアップデートされている。ニットウエアの首元に添えられたドローストリングスや、装飾としてウエストに添えられたベルトやスカーフ、微妙に短い袖丈やちぐはぐにも見える組み合わせ。これら違和感は決して偶然ではなく、見慣れた服やモチーフにわずかなズレを与えて本質を浮き彫りにするための仕掛けなのだ。まさに、「シンプルに見えるが、実際にはそうではない」という二人の言葉を体現している。
ミウッチャとラフが望まないように、彼らをトレンドセッターと呼ぶことはなくても、過去数シーズンのコレクションを振り返ると、今季の流れは決して唐突ではないように思える。アルゴリズムやAIの台頭を背景に、直感的かつ無作為に異なる要素を接続し、意図的にノイズを生み出したシーズン。そこから一転して、楽観主義と快適さを希求し、そして昨シーズンは、考古学的な視点から過去を掘り起こし、古さのなかに新たな価値を見出そうとした。そうした探求の延長線上にあるのが今季であり、研ぎ澄ますことで本質へと迫ろうとする姿勢は、一貫した思考の帰結にも見える。今季の「プラダ」から問いかけがあるとすれば、おそらくこうだ。「本当にそんなに多くが必要か?それは、迷いを排した明確な判断と、研ぎ澄まされた意思に基づく選択なのだろうか?」
“明晰さ(Clarity)”と題されたコレクションは、過剰な装飾も、曖昧な決断も許さない。そしておそらく、身体についた余分な脂肪さえも。少なくとも、このタイトシルエットのコレクションピースを着こなしたいのであれば、半年後に向けて削ぎ落とすべきものについて、行動や食生活まで再考した方がよさそうだ。