
PROFILE: 中村ジョエル/モデル
13歳という若さでモデルデビューを果たし、「タナカ(TANAKA)」や「アシックス(ASICS)」のショーを堂々と歩いた次世代モデルがいる。現在、慶應義塾高等学校に通う高校1年生の中村ジョエルだ。両親は、ベルリン国立バレエ団で最高位の“プリンシパル”として活躍した中村祥子さんとポーランド人の父、ヴィスラフ・デュデック(Wieslaw Dudek)。世界を舞台に活躍してきた表現者の元で育った。
身長193cmという恵まれたプロポーションを持つ彼は、モデル事務所ボン イマージュに所属するモデルであると同時に、東京グレートベアーズU-15の初代キャプテンも務めた生粋のバレーボールプレーヤーでもある。ファッション業界とスポーツ界の双方から注目を集める15歳の、その素顔と二刀流の現在地に迫った。
中学1年生で「タナカ」のランウエイを歩く

モデルとしてのキャリアは、中学1年生のときに幕を開けた。母・祥子さんの知人を介してボン イマージュのマネージャーの目に留まったことがきっかけだ。初めてのオーディションは「タナカ」2024-25年秋冬コレクション。「事務所で歩き方の動画を見て少し練習をして、オーディション本番で『ちょっと歩いてみて』と言われてウォーキングしました。合格の連絡をもらったときは、とてもうれしかったのを覚えています」と、当時を振り返った。通常、何十回とオーディションを受けてようやく一つのショーを勝ち取るシビアな世界において、初挑戦でランウエイを勝ち取ったことは稀なケースと言っても過言ではない。
その後も継続して「タナカ」のランウエイには起用されており、デザイナーのタナカサヨリからは会うたびに「大きくなったね」とランウエイを重ねるごとに声を掛けられるという。「ショーのバックステージには僕よりずっと年上で、オーラのある方ばかり。最初は話しかけるのも怖かったんです。でもマネージャーさんから『いろんな人と話してきっかけを作っておいで』と言われてからは、自分から話しかけるようになりました。中学生だと言うと、みなさん驚いていましたね(笑)」。
「タナカ」に加え、「アシックス」や「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス(CHILDREN OF THE DISCORDANCE)」のショーにも出演。特に「アシックス」はバレーボールの練習着として身につけていたことから、「普段から着ているブランドなので、運命を感じました」と笑顔を見せた。
2つの舞台が教えてくれたプレッシャーとの向き合い方
一方、バレーボールプレーヤーとしての経歴も輝かしい。中学入学と同時にバレーボールを始め、わずか3年でJOC(全国都道府県対抗中学バレーボール大会)の東京都代表に選出。チームのベスト8進出に貢献し、自身も個人MVPを獲得した。さらに、日本国内最高峰のSVリーグに所属する東京グレートベアーズのアンダー15チーム発足時には、初代キャプテンを務めた。
「モデルもバレーボールも、たくさんの人に見られてプレーするという点では同じです。ランウエイを歩くのも、コートでプレーするのも緊張しますが、両方を経験しているからこそ、プレッシャーへの耐性は強くなったと思います」。
現在は神奈川県の強豪、慶應義塾高等学校の男子バレーボール部に所属。高校からの推薦入学を勝ち取るため、あえて中高一貫校から公立中学校へ転校するという“リスク”を背負い、自身の力で道を切り拓いた。「将来の選択肢を広げるために、勉強もバレーもトップレベルの環境でやりたい」という本人の強い意志があったという。入試の面接や作文も見事クリアし、現在は1年生ながらもすでに試合に出場。コートの中央から相手の攻撃を防ぐブロックと、素早いクイック攻撃を担うミドルブロッカーとして活躍している。
ただし、193cmという身長はバレーボールで大きな武器となる一方、モデルとしては思わぬ悩みも生む。「バレーでは有利ですが、モデルとしては大きくなりすぎると日本のブランドでは着られるサイズがなくなってしまうんです」。
3年間で約20cmも身長が伸びたというジョエルは、現在も成長期真っただ中。「パンツは日本に合うサイズがないので、海外サイトで購入したり、父に海外で買ってきてもらっています」。足のサイズはすでに31cmで、世界基準とも言える体格は大きな武器であると同時に、日本におけるファッション界では悩ましいハードルでもあるのだ。
“プリンシパル”の両親の背中を見て
そんなジョエルの天性のスタイルや、緊張に打ち勝つ強靭なメンタルのルーツは、冒頭にも触れた家庭環境にある。世界的ダンサーの2人の背中を見て育ってきた彼は、フレッシュながらも高いプロ意識を備えている。
「両親からは技術面よりも、メンタル面や人としての在り方についてアドバイスをもらうことが多いです。一番は、どこに行ってもしっかりと挨拶をすること。小さい頃からずっと言われ続けてきました。チームメートや周りの方とのコミュニケーションにもすごく役立っています」。持って生まれた才能に甘んじることなく、周囲への感謝と謙虚な姿勢を忘れないのは、厳しい世界を知る両親の教えがあってこそだ。
夢はまだ1つに絞らなくていい
自身の現在地を「成長途中」と自己分析するジョエル。将来の目標を問うと、力強い答えが返ってきた。
「今はバレーボールもモデルもやれる環境にあるので、両方全力で頑張りたい。バレーでは日本代表選手を目標に、いつか父の母国でありバレー強豪国のポーランドリーグでもプレーしたいです。モデルとしても、チャンスがあればパリやミラノのランウエイも歩いてみたい!将来はどちらか選ばなければいけない日が来るかもしれませんが、今はやりたいことを思い切り楽しんでいきたいです」。
13歳でモデルとしてランウエイに立ち、中学では全国トップレベルのバレーボールの舞台を経験した。高校進学では自ら環境を変える決断を下し、バレーボールと学業、そしてモデル活動を両立している。
夢はまだ1つに絞らなくていい。モデルとして世界のランウエイを歩く未来も、バレーボール日本代表選手としてコートに立つ未来も、そのどちらも決して夢物語ではない。ジョエルは今日も2つの世界を駆けながら、自分だけの可能性を探し続けている。