1688年創業の西陣織HOSOOは多様なアーティストとのコラボレーションでも知られる。イタリアを代表する建築家でデザイナー、アーティストのミケーレ・デ・ルッキ(Michele De Lucchi)率いる学際的なスタジオ「エーエムディーエル・サークル(AMDL CIRCLE)」もその一つ。デ・ルッキは前衛的なデザイナー集団「アルキミア」「メンフィス」の中心人物として知られ、ヒューマニスティックなアプローチで国際的な評価を得ている。HOSOOはAMDL CIRCLEと2024年に協業し、⾃然の美しさの多様性とその本質を捉えることを試みたテキスタイルコレクション「マインド・ランドスケープ(The Mind Landscape)」を発表。樹木をミクロとマクロ、両方の視点から捉えたユニークな作品だ。AMDL CIRCLEのダビデ・アンジェリ(Davide Angeli)=マネジング・ディレクターにHOSOOとの協働について聞いた。
WWD:HOSOOのテキスタイルに初めて触れたとき、どのような存在として捉えましたか。それは素材だったのか、文化だったのか、あるいは人の暮らしに作用する何かだったのでしょうか。
ダビデ・アンジェリAMDL CIRCLEマネジング・ディレクター(以下、アンジェリ):何よりもまず触覚的なものでした。そこには直感的で本能的な何かがありました。手触り、角度ごとに移り変わる光、表面の隅々まで感じられる密度……。西陣織には、指先で感じ取れる複雑さがあり、織り目からは結晶化したノウハウや知識と時間の重なりを実感できます。私たちはすぐに、私たちが日常的に扱っている物事の理屈とは別の何かであると気づきました。そして、本当に心を打ったのは、その生地の背後に1200年にわたり「美」を追求するために時間と労力が注がれた文化が存在していると理解したことでした。それは機能的な必要性からではなく、自らの意志による営みです。(細尾)マサタカ氏が語っていたように、もし目的が単に寒さを防ぐことだけであれば、シンプルな布で十分なはずです。しかし西陣織はそうではありません。「美は贅沢ではなく、人間にとって本質的な欲求である」という宣言なのでしょう。
ミケーレ(・デ・ルッキ創業者)は長年にわたり日本を研究し、頻繁に訪れてきたこともあり、私たちは日本とその文化と長い関わりを持っています。HOSOOとの協働は、この共通の土壌から自然に生まれました。西陣織は、人々の生活における重要な瞬間、儀式や祭礼、宮廷文化に寄り添うために生まれました。そこには、工芸をはるかに超えた「意味」の追求があり、これこそが、私たちがともに探求する「価値のある何か」があると確信しました。
「美」は単なる装飾ではなく、ある種の「ケア」
WWD:HOSOOは一貫して「美」を探求してきた存在であり、あなたは「人の暮らし」をデザインの中心に据えているように感じます。この2つは重なるものなのでしょうか。それとも本質的に異なるものなのでしょうか。
アンジェリ:私たちにとって、決して別々の概念ではありません。AMDL CIRCLEは、「デザインは人々の暮らしに対して、決して中立ではない」という確信のもとに活動しています。あらゆる空間、表面、そして物体が、人々の感情や動き、さらには他者との関わり方にまで影響を与えます。この意味において「美」は単なる装飾ではなく、ある種の「ケア」だと考えています。
HOSOOと出合って驚いたのは、私たちの確信が、はるか昔からの伝統の中に根付いていたことでした。彼らは、古代日本では衣服が文字通り「薬」であり、とりわけ肌に直接触れることから最も重要な薬とみなされていたことを教えてくれました。天然の色、繊維、植物染料は、単に美的な価値があるだけでなく、抗菌性や抗炎症作用、そして心を落ち着かせる効果までを備えていた。この歴史に私たちは魅了され、そしてある意味では、スタジオがこれまで信じ続けてきたことを裏付けるものでもありました。つまり、良いデザインとは、単に物をつくることではなく、人をケアすることだということ。ウェルビーイングとしての美――それは人類と同じくらい古い考え方なのかもしれません。いま私たちに必要なのは、ただそれを再発見することなのだと思います。
WWD:HOSOOとの協働を通じて、AMDL CIRCLEの「暮らしをデザインする」という考え方が、揺らいだ部分や更新された視点があれば教えてください。
アンジェリ:「最高のものは、時間を無視するものではなく、時間とともに歩むものである」という私たちのスタジオの信念に対する深い自覚が芽生えました。HOSOOとの協働を通じて、私たちは1200年という長い時間軸について改めて考えるようになりました。それは、絶え間ない進化と適応の歴史であり、常に未来に目を向け続けてきた伝統です。
私たちはこれまで、テキスタイルを主に「プロジェクト」「表面」「質感」「空間との関係性」といった観点から捉えてきました。しかしHOSOOとの仕事を通じて、布とは単に空間の中で“見えるもの”や“触れるもの”ではないことが、より鮮明になりました。布とは、人とともに時間を過ごし、使われることで変化し、季節の移ろいとともに痕跡を刻んでいく存在なのです。
良いデザインとは、変化を見据えることであり、美しいものが私たちとともに年を重ねていくことを受け入れることでもあります。この儚さは修正すべき欠点ではなく、受け入れるべき美徳なのだと思います。
WWD:HOSOOとの協働の中で、考え方やアプローチがすれ違ったり、簡単には重ならなかった点があれば教えてください。
アンジェリ:日本のパートナーとの仕事には、特有の進め方があります。プロセスへの細やかな配慮や、アイデアを成熟させる時間を大切にする姿勢、創造的な議論に入る前に、まず信頼関係を築こうとする感覚があります。特に「自然」「不完全さ」「時間」といった概念について考える際には、それぞれの文化でニュアンスが異なるため、相手への敬意と、あえて歩みを緩める姿勢が求められます。
最も興味深かった挑戦は、HOSOOが持つ非常に強いアイデンティティーと、私たちのクリエイティブな提案との間で、どのようにバランスを見いだすかという点でした。「マインド・ランドスケープ」では、当スタジオの作品の中核をなす素材である杉やニレ、アフゼリアの繊維を顕微鏡で撮影した写真を起点に発想を広げました。そこには、肉眼では見えない木の内部構造や、思いがけない幾何学模様が存在していました。そして、そのパターンに、衛星から見た森林の色彩を組み合わせました。一見すると、西陣織の伝統から遠く離れたアイデアにも思えたかもしれません。しかし、まさにそこに対話が生まれました。HOSOOは高度な技術をもたらし、私たちは新たなビジョンを持ち込みました。
それら全てを織物へと落とし込むには、何度も検証を重ね、何を残し、何を変換するのかについて、絶え間ない対話を重ねました。まさにその複雑さこそが、このプロジェクトを挑戦的で豊かなものにし、そして、今後も長く続くことを願う関係性を築く助けになりました。

「伝統に携わる人々は知の担い手」
WWD:これからの時代において「より良い人の暮らし」とは誰が、どのように定義すべきものだと考えますか。そして建築やデザイン、伝統や文化は、その定義にどのように関わるべきでしょうか。
アンジェリ:誰かが上から定義すべきではないと思っています。答えは、デザインする者とそこに暮らす者、生産する者と使う者との対話の中から生まれるものです。そして、その中で職人たちは極めて重要な役割を担っています。彼らは自ら考え、自分の仕事を愛し、日々の積み重ねを身体感覚として理解しているからです。
建築やデザインはビジョンを提示し、新たな可能性を切り開くことができます。一方、伝統は、時を経て実証された知識の宝庫であり、それは制約ではなく、むしろ資源です。そして文化は、それら全てに意味を与える文脈を生み出します。
私たちが今、強く必要だと感じているのは、伝統に携わる人々である職人やHOSOOのような歴史あるメーカーが、この対話の中で確かな居場所を持つことです。彼らは、過去を守るだけの存在ではありません。ものを丁寧に、時間をかけて人間と素材に向き合いながらつくる方法を知っている、その知の担い手なのです。
より良い暮らしとは、単に高い生活水準や消費を洗練させることではありません。人々が何を身近に置き続けるのか、何を子どもたちへ受け継ぐのか、何を捨てるのではなく修理して使い続けるのか――そうした選択によって形づくられるものです。
私たちの役割は、そうした選択が可能であり、意味のあるものとなるための条件を整えることです。そして、意図を持ってつくられ、意味を宿し、時間とともに私たち自身とともに変化していくものに囲まれて生きられるようにすることなのでしょう。