ファッション

「理想は50年後にも着られている服を作ること」 マリーン・セルが語るファッションとの向き合い方

PROFILE: マリーン・セル「マリーン セル」デザイナー

マリーン・セル「マリーン セル」デザイナー
PROFILE: 1991年、フランス中南部コレーズ生まれ。2016年にベルギーの芸術学校ラ・カンブルを首席で卒業後、デムナ(Demna)率いる「バレンシアガ(BALENCIAGA)」でキャリアをスタート。自身の名を冠したブランドを始動し、17年に「LVMHプライズ」でグランプリを受賞した。18年にはアップサイクリング・プログラムを立ち上げ、18-19年秋冬にパリ・ファッション・ウイークでデビューショーを開催。23年にパリのギャラリー・ラファイエットにショップインショップを開き、25年には日本初の店舗を渋谷パルコにオープンした

自身の名を冠したブランドを立ち上げてまもない2017年に「LVMHプライズ」のグランプリを受賞したマリーン・セル(Marine Serre)は、その翌年にパリ・ファッション・ウイーク(以下、パリコレ)でランウエイデビュー。三日月柄をブランドのシンボルとして確立するとともに、フランスのクチュールに見られるような精密さやシルエット、スポーティーな要素などで生み出すエフォートレスな軽やかさ、そして素材への革新的なアプローチを融合した独自のクリエイションに取り組んできた。

そんな彼女は設立10周年を控えた今、ブランドのあり方や服へのアプローチについて考え直しているようだ。「今のファッションは、マーケティングやショーのフロントロー、誰が一番注目を集めるかといった競争に支配されているように感じていて、そういった“ゲーム“に少し疲れてしまった」と明かす彼女は3月、ランウエイショーを行わず、パリ19区にあるオフィスでの1対1のアポイントメントと絵画の世界からヒントを得たルックブックで「THE GRACE OF TIME(“時がもたらす恵み“の意)」と題した26-27年秋冬コレクションを発表した。

「時間をかけること、そしてファッションの可能性と向き合うことから始まった」という同コレクションは、シーズンとしての提案を超え、時間とともに生き、変化し、意味を蓄積していく衣服という持続性を見つめるものだ。提案したのは、アップサイクルされたTシャツやシルクスカーフ、シャツをはじめ、ジャカードやジャージー、再生キャンバスなどの素材を使い、構築的なボリュームと体に沿ったラインや流れるようなシルエットの対比を効かせたアイテム。その中には、ルーヴル美術館とのコラボレーションにより制作したクチュールピースもある。

自身の成熟とともにクリエイションを通してより洗練されたフェミニニティーを表現するようになったマリーンに、今回のコレクションに込めた思いから、服作りにおける信念、そして今のファッション業界に対する考えまでを聞いた。

ファッションデザイナーは“建築家のような存在”

WWD:今回のコレクションを「THE GRACE OF TIME」と名付けていますが、その背景や出発点を教えてください。

マリーン・セル「マリーン セル」デザイナー(以下、マリーン):理由はいくつかありますが、一番大きいのはじっくりと時間をかけて服を作りたいという思いでした。そのため、ショーはしないことにしました。今のファッションは、マーケティングやショーのフロントローに誰が座るか、誰が一番注目を集めるかといったことに支配されているように感じていて、そういった“ゲーム”に少し疲れてしまったんですよね。もともとファッションデザイナーは、体の上に建築を作り上げるように服に取り組みます。私が尊敬するアズディン・アライア(Azzedine Alaia)もそうだったように、私たちは建築家のような存在だと思うんです。それが私のファッションに対する視点であり、今回はその原点に立ち返りたかった。そのためには通常よりも時間が必要で、服を“作ること“にフォーカスしました。

WWD:そんな“時間をかけて服を作る”という姿勢は、ルーヴル美術館とのコラボレーションピースからも見て取れます。

マリーン:そうですね。昨年、ルーヴル美術館でのガラディナーでキュレーターと出会ったことから自然な流れで協働することになりました。今回は使用済みの絵の具のチューブや絵筆などを使って5点のオートクチュールを一緒に制作したのですが、膨大な時間がかかりましたね。例えば、「『モナ・リザ』をテーマにした作品を作って欲しい」というリクエストから取り組んだパズルドレスは、まず同じような色のピースからなるパズルを完成させ、それらを一枚一枚縫い合わせたもの。立体的に成形するためにパズルを湿らせてボディーに当て、スポンジで形を整え、そして乾かした後にそれぞれのピースと同系色の糸を使って手縫いで仕上げています。まさに「THE GRACE OF TIME」というテーマを体現しているピースです。

WWD:今回のコレクションでは時間をかけて制作することだけでなく、服として“時を超える”ことを目指したそうですね。そのためにクリエイションで意識したことは?

マリーン:はい、「時を超える服をどう作るか?」という問いにも真剣に向き合いました。今の時代、それはとても難しいこと。ファストファッションがあらゆる服を猛スピードで取り込むので、どれも同じように見えてしまうし、ブランドが提案するマーチャンダイジングも似たり寄ったりになっています。でも1920年代を振り返って、女性たちがなぜ「ディオール(DIOR)」や「シャネル(CHANEL)」に足を運んだのかを考えると、「私は『ディオール』ウーマン」や「私は『シャネル』の女性」と感じさせるような確固たるアイデンティティーがあったからだと思うんです。だからこそ、私は「マリーン セル」の美学や女性像を明確にしたいと考えています。意味のない成功を追うのではなく、自分のブランドアイデンティティーを真剣に考え、そこに立ち返ることが重要。そのために、自分らしいシルエットを明確化することを意識しました。

そして、ルックブックの撮影では記憶や心に“残る”写真を撮ることを意識しました。ヒントになったのは、ルーヴルで見た芸術作品の多くが二次元であったこと。作品を見ながら、これが服を“残す”ための美しい方法なのかもしれないと思いました。特に「白貂を抱く貴婦人」や「モナ・リザ」といったレオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)の絵画は、今見ても力強く、古さを感じさせない。本当にタイムレスですよね。私は、服や写真でそれを実現したかったんです。「マリーン セル」は設立から9年が経ちますが、9年前からあると知っている人もいれば、昨年できたブランドと思う人もいる。そう思われることは本望です。良いクリエイターは、時代を超えるものを作るべきですから。私の理想は、50年後にも着られている服を作ることです。

“アップサイクルのブランドとは捉えてほしくない”

WWD:デザイン面では、具体的にどのような点にこだわっていますか?

マリーン:現代の女性にとって大切なのは、素早く着られることだと思います。デザイナーのアイデアや技量を見せるためだけの複雑なピースは作りたくないし、異なる要素をハイブリッドしながらもシンプルに仕上げることを心掛けています。その点、袖にボリュームをもたせた白シャツと体をコルセットのように支えるジャージーを組み合わせたトップスは、さっと着られるし、呼吸もしやすい。体のラインを引き立てながらも、締め付けることはなく快適です。

WWD:ブランドを象徴するアップサイクルのアプローチは、今回のコレクションでもさまざまなアイテムに見られます。ただ過去のインタビューでは、手間がかかりスケールしにくいことや必然的に高価になってしまうことなどのジレンマも語っていました。今、アップサイクルについてはどのように考えていますか?

マリーン:「マリーン セル」をアップサイクルのブランドとは捉えてほしくありません。私にとってアップサイクルは、普通のことですから。もちろん私はアップサイクルに取り組んでいますし、明日の世界に対してできる限り敬意を払いながら服を作ることは当たり前のこと。でも、私がやっていることはそれだけじゃありません。私が提案したいのは、女性が力強く、心地よく、官能的でいられる服。大切なのは、アップサイクルという手法を使って何をするかです。正直、クオリティーの高いアップサイクルアイテムの制作には難しい部分もあります。上質かつ高価な生地を使わずに一貫したシェイプやシルエットを生み出さないといけませんからね。アップサイクルを通してオートクチュールや単調ではないプレタポルテを作り出すのは最も難しいことですが、だからこそやりがいがあると感じています。ただ、今は再生素材なども増やし、アップサイクルとの比率はおおよそ半々になっています。

WWD:あなたがブランドを立ち上げた頃、デザイン性とサステナビリティの両立に本格的に取り組んでいるデザイナーは多くありませんでした。ですが、今は若手を筆頭に、より多くのデザイナーがサステナビリティをブランドの核に据えるようになっています。そんなファッション業界の変化をどのように捉えていますか?また、今の業界に感じていることは?

マリーン:もし自分が良い影響を与えてられているとしたら、うれしいですね。ただ、未来のことは分かりませんし、私自身は常に自分らしさを貫いていくだけです。今の時代、数を絞って質の良いものを作るというのは理にかなっていますし、あまりにも多くの情報が押し寄せる中、クリエイターとしてラグジュアリーに携わっている私たちはペースを落として考える必要があるとも考えています。まさに今、多くのブランドが消えていくのを目の当たりにしていますよね。だからこそ、ブランドのアイデンティティーや存在意義を自分に問い続けなければいけません。それは、芸術家や建築家たちが自問自答するのと同じことです。そして、服を作ることで環境に負荷をかけてしまっているのですから、責任も伴います。誰もがファッションビジネスを行う上での責任を自覚すべきだと思います。

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