LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)傘下のニッチフレグランスブランド 「メゾン フランシス クルジャン(MAISON FRANCIS KURKDJIAN)」の共同創業者、マーク・チャヤ(Marc Chaya)=プレジデント兼最高経営責任者(CEO)が退任した。今後は、同グループのビューティ部門を率いるベロニク・クルトワ(Veronique Courtois)会長兼CEOの戦略アドバイザーを務めるとともに、個人的なプロジェクトにも注力するという。なお、「メゾン フランシス クルジャン」は2017年にLVMH傘下に入っている。
ベロニク・クルトワ=LVMHグループ ビューティ部門会長兼CEOは、今後の組織体制が整うまで、「メゾン フランシス クルジャン」のステファン・オジェ(Stephane Auge)=インターナショナル・マネージング・ディレクターのサポートを受けながら、同メゾンの暫定プレジデントを兼任する。一方、フランシス・クルジャン(Francis Kurkdjian)=クリエイティブ・ディレクターは引き続き同職にとどまる。
クルトワ会長兼CEOは声明で「マーク・チャヤは、そのビジョン、高い基準、起業家精神によってメゾンを深く形作ってきた。彼とフランシス・クルジャンの指揮のもと、ブランドは大胆さと憧れを体現する存在となった。彼の模範的な献身に敬意を表するとともに、成功の歴史を築いてきた年月に感謝する」とコメントした。
創業者として築いた“ハイニッチの成功モデル”
チャヤ前プレジデント兼CEOは、04年にフランシス・クルジャンと出会い、自由で妥協のない現代的なフレグランスメゾンの創設を志した。「メゾン フランシス クルジャン」は、チャヤ氏のリーダーシップのもと、持続的な成長を遂げるとともに、拡大するハイニッチ市場において創造性の水準を押し上げてきた。
「私たちが成し遂げたことは、想像をはるかに超えている。出会った当時、私たちは非常に楽観的で、創造性を取り戻すという強い志を持っていた。このメゾンの本質は、調香師が自由に創作できる環境を提供し、舞台の中心に再び調香師を据えることにある。メゾン自体も、そのビジョンを体現するように設計した。非常に特別な起業家の旅だった。その中で常にあったのが“継承”というテーマだ。この問いは、LVMHへの参画を検討した時に強く響いた」とチャヤ前プレジデント兼CEOは振り返り、LVMHがメゾンの成長と継承、レガシー確立にとって最適な場だったと説明する。「このグループには何百年も続くメゾンが存在する。起業家として、やりたかったことの多くは実現できた。ブランドを世界に広め、あらゆる大陸で評価され、多くの市場でリーダーシップを確立し、美しく創造的なメゾンとして認知される存在にできた」と続けた。
“香水を芸術に”、メゾンの原点
フランシス・クルジャンと協働初期、ブランド立ち上げ前に取り組んだのが“香水をボトルの外に出す”ことだった。「香水が芸術表現の一形態であることを示したかった。私たちは視覚や聴覚で芸術を楽しむ方法は教わってきたが、香りを構成する方法や嗅ぎ方は教わっていない。そのため、香りに込められた芸術的メッセージを十分に理解できていない」と語る。
チャヤ前プレジデント兼CEOはメゾン創設前、ヴェルサイユ宮殿の庭園で嗅覚インスタレーションを実施。16台のバブルマシンから、ルイ14世が好んだイチゴや洋ナシ、メロンの香りを含んだ泡を放出した。「こうした芸術的な対話が、常にメゾンの表現の中心にある。昨年、パレ・ド・トーキョーで開催した『見えないものの彫刻としての香水(Perfume, Sculpture of the Invisible)』展を実現できたことを誇りに思う」と振り返った。
「メゾン フランシス クルジャン」は25製品とともにパリの小さなブティックからスタート。現在はオードトワレから香り付きバブル、ファブリック用フレグランスまでを含む“フレグランス・ワードローブ”という概念を展開し、生活全体を香りで満たす提案を行っている。中でも“バカラ ルージュ 540”は、当初は限定製品として登場し、その後メゾンのアイコン的存在へと成長した。「これは現代の芸術を体現した香りとも言える。前例がなく、称賛され、世界中の顧客に自然に受け入れられた。ただ、フレグランス・ワードローブ全体にも大きな勢いを感じている」と説明する。
退任の決断と次のステージ
ゼロからフレグランスメゾンを築き上げる過程は「驚くべき旅」だったという。「LVMHで出会った卓越した人々が、私たちをより良い存在へ導いてくれた。この経験はメゾンだけでなく、リーダーとしての自分にも変革をもたらした。物事は永遠ではないからこそ、後継体制の構築にも取り組んできた。今は次のステージに進む準備が整ったチームがいる。創業者にとって、自ら育てた存在を手放すのは簡単ではないが、20年の起業家人生と12年のコンサルタント経験を経て、変化のタイミングが来た」と述べ、今後については「一歩引き、オペレーションではない別のレベルで知識や経験を生かす」と語る。
フランシス・クルジャン=クリエイティブ・ディレクターは声明で「マークは単なるパートナー以上の存在であり、信頼できる同志として特別な創造的冒険を共に築いてきた。彼の献身とビジョンに深く感謝する。今後もベロニク・クルトワのアドバイザーとして関わり続けることをうれしく思う」とコメントした。
マーク・チャヤはレバノン・ベイルート出身。幼少期から絵画や建築、文学に関心を持ち、経済学と金融を学んだ後、アーンスト・アンド・ヤング(ERNST & YOUNG)でキャリアを開始。世界4大会計事務所の一角として知られる同社で、10年足らずでパートナーに昇進した。フランス国家功労勲章シュバリエを受章し、コルベール委員会では理事および財務担当も務めた。今後は祖国レバノンへ力を注ぐ考えだ。「教育分野における非営利プロジェクトを開始する。しばらくは社会に還元し、インパクトを生み出せる領域に集中する」と話す。「創業したメゾンとの関係を解消することはできない」としつつ、次なる挑戦へと歩みを進める。