ここ数年、パリは10月初旬のファッション・ウイーク閉幕の数週間後に開かれるアートフェアも“アート・ウイーク”として盛り上がる。世界の美術界の注目を集める濃密な一週間の契機となったのは、22年に始まったアートバーゼル・パリ(Art Basel Paris)。以前のパリの主要現代アートフェアはFIAC(Foire Internationale d’Art Contemporain)が中心だったが、アートバーゼルがFIACを引き継ぐ形となった。メーン会場のグラン・パレ(Grand Palais)は、スイスと香港、マイアミビーチのアートバーゼルなど、他都市の特設会場の半分程度の広さに過ぎない。しかし来場者数は年々増加傾向にあり、売り上げと経済効果は他都市を上回る勢いだ。かつてはロンドンがヨーロッパの現代アートの中心地とされていたが、EU離脱によりビザや輸出入の手続き、税制が複雑になって、アートシーンの関心がパリへと移っていることも理由だろう。
「ルーブル美術館に盗難に入るより難しい」
と言うV.V.I.P.向けのプレプレビューも開催
4回目となる今年のアートバーゼル・パリは、10月22日にV.I.P.向けプレビュー、23日にメディア向けイベント、24〜26日が一般公開日として開催された。一般チケットは45ユーロ(約8000円)で、ヨーロッパの国際的アートフェアとしては標準的な価格帯。今年から、アート界で初となるV.V.I.P.(Very Very Important Personの略)限定のプレプレビューが初日に新設された。アメリカとヨーロッパの個人コレクター約180人が招待され、開始から4時間で主要ギャラリーの売り上げは数十億円規模に達したという。スイスで創業したギャラリー、ハウザー&ワース(Hauser & Wirth)はゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)の“Abstraktes Bild, 1987”を約34億5000万円で販売し、同ギャラリーは総額約45億円以上の売上高を報告した。これに対しアートバーゼル・パリの前週に開催された、イギリス最大規模の現代アートフェア、フリーズ・ロンドン(Frieze London)の全体売上は約12億1100万円と報告されており、数字からもパリの“アート・ウイーク”の圧倒的な活況が伺える。
V.V.I.P.向けのプレプレビューについてはフランス人がSNS上で、「ルーブル美術館に盗難に入るより難しい」と皮肉交じりにコメントするほど、その超エクスクルーシブな姿勢は話題になった。プレプレビューを除いては、メーン会場以外でもプロジェクトを一般公開したり、街中にも作品を掲出したりと、都市と連携した包括的なイベントへと拡張している。アート関係者が一堂に会する機会に合わせ、ルイ・ヴィトン財団現代美術館(Fondation Louis Vuitton)ではゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)展が開幕。カルティエ財団現代美術館(Fondation Cartier pour l’Art Contemporain)の新施設もオープンした。さらにファッションブランドがイベントを開催したほか、韓国発アイウエアブランドの「ジェントルモンスター(GENTLE MONSTER)」とフィンランド発ライフスタイルブランドの「マリメッコ(MARIMEKKO)」がフランス初の旗艦店をオープンした。
この記事では、アートバーゼル・パリの公式プログラムに参加した「ルイ・ヴィトン(LOUIS VUITTON)」と「ミュウミュウ(MIU MIU)」、独自イベントを開催した「ディオール(DIOR)」「エイポック エイブル イッセイ ミヤケ(A-POC ABLE ISSEY MIYAKE)」「アクネ ペーパー(ACNE PAPER)」「エルメス(HERMES)」傘下の「ピュイフォルカ(PUIFORCAT)」など、“アート・ウイーク”を彩ったイベントを現地からレポートする。
「ルイ・ヴィトン」は村上隆とコラボ
会場には、高さ8mのタコのオブジェ
「ルイ・ヴィトン」は3年連続でアートバーゼル・パリのアソシエイトパートナーとして参加している。これは広告や出展支援を行うスポンサーとは異なり、顧客向けイベントや特別展示を通してブランドとアートの結びつきを体現する、より深いパートナーシップを示すものだ。
今年のアートバーゼル・パリのメーン会場での展示は、日本人アーティスト村上隆が手がけた“アルティカプシーヌ VII – ルイ・ヴィトン × 村上隆(Artycapucines VII – Louis Vuitton × Takashi Murakami)”コレクションが中心。その目玉は、中国提灯から着想を得た高さ8mの巨大なタコのオブジェで、会場全体に触手を伸ばし、訪れる者の視線を集める存在感を放っていた。触手の間には、彼の代表作である“ミスター・ドブ(Mr. DOB)”を遊び心あるタコに変換した彫刻作品に着想を得た“カプシーヌ・ミニ・テンタクル(Capucines Mini Tentacle)”、レザー象嵌と金箔加工による“カプシーヌ BB ゴールデン・ガーデン(Capucines BB Golden Garden)”、さらに6300個のスワロフスキーを手作業でセットした“パンダ・クラッチ(Panda Clutch)”など、11作品が並ぶ。
さらに展示空間には村上が1995年以降制作してきた、三次元のぬいぐるみ彫刻“プラッシュボール(Plush Balls)”も設置され、今年のアートバーゼル・パリ向けに特別制作した桜モチーフを取り入れた“チェリーブロッサム・プラッシュボール(Cherry Blossom Plush Ball)”も披露。ブランドのクラフツマンシップと村上の独創的なアートが融合した作品を通して、来場者に彼の遊び心あふれる世界観を空間全体で体感する機会を提供した。同コレクションの全てのバッグは限定エディションで販売、アートバーゼル・パリで世界初公開した後、予約販売を開始した。
また、1階と2階をつなぐ階段の踊り場に設置されたこの展示は、来場者を自然に上階へと誘導する仕掛けとしても機能した。1階を占める大手ギャラリーを目的に訪れた来場者も、2階の新興ギャラリーセクションの展示へと足を運び、フェア全体の回遊性を高めた。