ファッションを専門とするイタリアの投資ファンド、スタイルキャピタルは、傘下のブランド「ジマーマン(ZIMMERMANN)」や「スール(SOEUR)」などの近年の成長を独自の視点で支えてきた。そんな同社は昨年、スポーツシューズブランド「オートリー(AUTRY)」を傘下に納めた。19年の再始動後、好調を維持する同ブランドは、9月には「メゾンミハラヤスヒロ(MAISON MIHARA YASUHIRO)」とのコラボシューズを発売して国内外で好評を博すなど、ファッション好きからますます注目を集める。
8月には日本社も創設したスタイルキャピタル。投資ファンドとして独自の地位を築く同社のロベルタ・ベナリア(Roberta Benaglia)最高経営責任者(CEO)に話を聞いた。
ファッション専門の投資ファンドとして
WWD:あらためて、スタイルキャピタルの投資ファンドとしての独自性とは。
ロベルタ・ベナリアCEO(以下、ベナリアCEO):言うまでもなくファッションとラグジュアリーに特化している点が大きな特徴だ。創業から15年以上、イタリアという土地の強みを背景に、この分野に集中してきた。一般的な投資ファンドが総合型であるのに対し、スタイルキャピタルは資金だけでなく、ネットワークや市場理解、さらにクリエイティビティーを経営にどう生かすかという専門性を提供している。
WWD:投資対象のブランドを選ぶ際に重視する条件は何か。
ベナリアCEO:出発点はブランドが掲げるクリエイティブ・ビジョン。だがそれだけでは不十分だ。市場での明確なポジショニングと長期的な成長力が見込めることは欠かせない。卸で基盤を築き、小売や国際展開に踏み出す段階で参入するのが理想と考えている。重要なのは、価格が安いか高いかではなく、「バリュー・フォー・マネー」。つまり価格に見合う価値を提供できているか否か。品質やクラフツマンシップが、価格を正当化できるかどうかを見ている。
WWD:傘下のブランドをどのようにサポートしているのか。
ベナリアCEO:私たちが提供するのは資金だけではない。ブランドの国際展開やチャネル拡大、とくにリテール開発を中心に支援している。店舗開設のために単に資金を投入するのではなく、適切な立地やタイミングを見極め、成長に一貫性を持たせることを重視する。
さらに、ブランド内に弱点がある場合は、新しい人材を採用して組織を補完するなど、マネジメント面でもサポートを行う。つまり、資本だけでなくネットワーク・ノウハウ・人材面を含めた総合的な支援によって、ブランドの成長を後押ししている。
「オートリー」が体現するスマートラグジュアリー
WWD:直近に「オートリー」に投資した理由は。
ベナリアCEO:当初は「庶民的すぎる」ブランドではないかという懸念もあった。しかしラグジュアリーブランドが値上げを続ける中で、ラグジュアリーとマスマーケットの間に空白が生まれており、「オートリー」は、私たちが“スマートラグジュアリー”と呼ぶその空白領域を埋める存在だと考えた。
同ブランドは1980年代に白いスニーカー“メダリスト”で誕生し、クリーンでタイムレスな美学を持っている。アメリカ発のスポーツブランドとしてのヘリテージを継承しながら、2019年にイタリアで再生されたからこそ光る職人技も魅力だ。今日の消費者は、他にはない“独自性”をブランドに求める。それは、高価なものであれば良いというわけではなく、正当な歴史を持っているか、流通が限られ、誰でも手に入るようなものではないか、などで判断されるもの。販売チャネルを広げ過ぎず、厳選した販路で流通させながら「オートリー」のユニークな歴史を正しく伝えていけば、ブランドを発展させられると感じた。結果として、世代や性別を超えて支持され、当初の想定を上回るスピードで成長している。
WWD:9月に発売した「メゾンミハラヤスヒロ」とのコラボレーションは日本市場を意識したものか。
ベナリアCEO:構想時点では日本市場を強く意識したわけではなく、グローバル向けの企画として立ち上げた。これは「オートリー」のクリーンなデザインと「ミハラ」の前衛的な美学を組み合わせる試みだった。結果として、ヨーロッパでの反響も大きかったが、日本での反応も非常に良かった。あらためて、日本をアジア戦略の拠点の一つとして捉える契機になったのは間違いない。
日本の消費者はヘリテージや品質、価格に見合う価値を見抜く力があり、イタリア市場と近い特徴を持つと考えている。美学的にアジアをリードする存在で、欧米とアジアをつなぐ橋渡し役と言える。こうした背景からも、日本をアジア戦略の起点として重要な場所と捉え、8月には現地法人を設立した。今後は直営体制で市場開拓を進めていく。
WWD:「オートリー」がフィットするという“スマート・ラグジュアリー”という領域について。
ベナリアCEO:ラグジュアリーとプレミアムの間に位置する領域で、品質と感情的な価値を備えつつ、価格が“フェア”と受け止められるものを指している。単に低価格という意味ではなく、品質やデザインによって価格が正当化されることが重要だ。
私たちが扱うブランドの中でも、このポジショニングにある「ジマーマン」や「オートリー」は、ラグジュアリー市場が減速する中でも二桁成長を続けており、戦略の正しさを裏付けている。
ファッション投資のスペシャリストが見る業界の今
WWD:オンラインとオフラインの販売チャネル戦略について、どのように考えているか。
ベナリアCEO:10年前には「マルチブランドショップは終わる」と言われていたし、パンデミックが起きた5年前には「実店舗は終わる」と言われていた。しかし現実は、EC、直営店、卸売のいずれもいまだ重要なことに変わりはない。
ECはアクセスを広げ、直営店はブランド体験を提供し、卸売は認知を拡大する。特に10億ユーロ未満の規模感のブランドにとっては、この三つのバランスを整えることは生存戦略として重要だ。一度はデジタル専業に舵を切ったブランドの中でも、再びリアルへ回帰するものも多い。
WWD:カナダのラグジュアリーEC「エッセンス(SSENCE)」は倒産し、スタイルキャピタルの傘下にあるルイーザヴィアローマ(LUISAVIAROMA)は民事再生法の適用を申請した。ラグジュアリーEC市場の苦境をどう分析するか。
ベナリアCEO:マージンが薄くなり、ボリューム頼みのビジネスモデルは需要減速で立ち行かなくなっている。明確な解はないが、一つの方向性は「よりスマートなセレクション」だと考える。
何百ものブランドを扱うのではなく、数を絞って深く投資し、独占性や高いマージンを確保できるブランドと強固なパートナーシップを築くこと。いわば“スマート・ラグジュアリー”的な品揃えが生き残りの道になるのではないか。
WWD:今後10年で業界を左右すると考える要素は何か。
ベナリアCEO:第一にサステナビリティーだ。2018年に投資した米「リダン(RE/DONE)」はアップサイクルを軸にしている。当時はまだサステナビリティを強く掲げる企業は少数だった。スタイルキャピタルは未来の兆しをいち早く捉えることを重視している。経済減速で一時的に価値観の重要性は後退しているようにも思えるが、必ず主要トレンドとして戻ってくる。
第二に、先ほども触れた「バリュー・フォー・マネー(価値に相応しい価格)」という考え方。つまり、価格の高低ではなく、品質と感情価値が価格に見合っているか否かだ。そして消費者との直接的なつながり。体験やコミュニティを通じた関係構築とヘリテージの維持が、未来の成長を支えると考えている。
WWD:CEOが個人的にひかれるブランドはあるか。
ベナリアCEO:個人の好みで投資することはない。重視するのは、ブランドが強いアイデンティティを持ち、一貫性を保ち、短期的な妥協をせずに長期的成長を描けるかどうかだ。ブランドの美学やスタイルそのものよりも、一貫性こそが最も重要だと考えている。