妥協のない美学があるからこそ、正直敷居も高かった「サンローラン(SAINT LAURENT)」の2026年春夏メンズは、驚くほど軽やかだ。これまでの耽美的でモノトーンな世界を離れ、今シーズンは太陽の下に。色と共に軽やかさをまといながら、シルエットへのこだわりは継続して、テーラードを基調としたエレガンスの世界からは離れない。イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)を含む繊細な往年のクリエイターたちの逃避行、繊細がゆえにストレスの多い世界から離れた束の間の夢の中のような世界が広がった。
ボトムスは膝上丈のショートパンツで軽やかに、呼応するように「サンローラン」らしいサファリジャケットはシャツ生地で作り、パープルやオレンジ、サフランなど、リッチなジュエルトーンで染めた。ハイウエストパンツはベルトの上、お腹周りで生地がたわみ、普段なら許されないだろう“ハズし”が効いている。
中盤になると、アンソニー・ヴァカレロ(Anthony Vaccarello)=クリエイティブ・ディレクターは、開放感を残しつつ、官能性に舵を切った。ペーパーナイロンのように薄くて軽い透ける素材を使い、クロップド丈でゴム裾のブルゾンタイプのジャケットや、ボウタイ付きのプルオーバーなどを作成。単体で纏うことで肌が透けたり、水玉のシフォンのブラウスを覗かせたりで、これまで通りセンシュアルなムードを掻き立てる。セカンドスキンのようなタートルネックのニットは身体のラインを拾い、パンツからはトランクスが覗き、ジャケットの下にはパジャマの上下を合わせた。
アンソニーは今季、ラリー・スタントン(Larry Stanton)やパトリック・アンガス(Patrick Angus)ら1970~80年代を生き、その中でHIV/AIDSの恐怖と対峙してきたアーティストを想い、彼らが開放的になれたゲイのリゾート地、米ニューヨーク州のロングアイランドにあるファイヤーアイランドをイメージした。リゾートとは言っても、今のように手入れが行き届いた避暑地ではない。手付かずの自然が残っているからこそ、ありのままになれる場所だ。思いを馳せた男性たちは、時代を考えるとなおさらファイヤーアイランドでは自分らしくいられたのかもしれない。全てをさらけ出せるという意味でのセンシュアリティー。開放的なコレクションの裏には、そんな「サンローラン」の哲学が滲む。