また、一般的にはシリーズ、ラインと呼ばれる、商品ラインアップの築き方も時計業界の方が勝っている。一つのシリーズ、もしくはラインに莫大な手間と時間、コストを費やしているだけあって、時計ブランドは常に、「シリーズの充実には、今、何が必要か?」や「この商品は今、ラインにとって本当に必要か?」などを日々考えている。売れ筋を追うあまりライン同士が近づき、その差異が見えづらくなるという、ファッション業界にありがちな“落とし穴”にハマっているブランドは少ない。
一方、ファッションの方が優れているのは、やはりイメージの作り方だ。目の前の小さなパーツとそれを組み合わせた機構、そして、大きくてもせいぜい直径4cmのケースなどにとらわれてしまうのだろう。時計業界の“落とし穴”は、「木を見て森を見ず」的な感覚で、性能は最高なのにイメージやエモーションを抱きづらかったり、 そんな感情とプロモーションが乖離していたりのケースを目にすることは多い。また、ファッション業界以上のパワーゲームも深刻だ。今回“コンテンポラリー・ウオッチ”の可能性について取材した中で、ある業界人は、「難しい。10年足らずで急激に大きくなった日本の時計業界は、売れるブランドと売る小売店の力が巨大になり過ぎて、彼らと付き合い続けることばかり考えているから」と警鐘を鳴らした。確かに、特に高級時計の世界は限られた強豪のシェアが非常に高く、彼らの意向がマーケット全体を大きく左右している。ファッションの世界のように選択肢が広がらなければ、時計業界は新客が増えず、今以上に狭い世界になってしまうであろう危機感は、時計担当になって以来強い。時計の前には、バッグやビューティなどを担当してきた。
「近いようで、遠い」二つの世界のクロスオーバーが大きなパワーを生みそうな気配は、ビューティ担当記者だったときも常に感じていた。時計とファッション、ビューティとファッション、インテリアとファッション、フードとファッションなど、われわれの周りには「近いようで、遠い」業界がまだまだたくさん存在する。それらがクロスオーバーすれば、それぞれの世界は、より楽しくなるに違いない。時計を取材するたびに、時計業界人が憧れるファッションの世界には、大きな可能性がまだまだ残されていると強く思う。