ファッション

三宅一生の願いをワコールが叶えた京都服飾文化研究財団 1万3000点を所蔵し約50年間蓄積したファッションの知見を未来に

公益財団法人の京都服飾文化研究財団(THE KYOTO COSTUME INSTITUTE以下、KCI)は、西洋の服飾および服飾に関する文献や資料を収集・保存し、研究・公開する世界的に知られる機関だ。同機関は1978年にワコールの創業者である塚本幸一氏によって設立された。きっかけは塚本氏と親交が深かったデザイナー三宅一生の「日本は世界の歴史の中で生き続ける。そのためにコスチューム・ミュージアムが必要だ」という言葉だった。現在、KCIでは17世紀以降の服飾資料を約1万3000点、文献資料約2万点を所蔵している。先日、企業メセナ協議会の顕彰事業である「メセナアワード2026」で、ワコールホールディングス(HD)とKCIが優秀賞を受賞した。その理由は、文化財としての保存が難しい衣服を収集・保存した貴重なコレクションの形成および国内外の美術館とネットワークを構築し、ファッションの研究を深め、公開活動を行っているからだ。KCIはファッション業界ビューティ業界にどのような役割を果たしているのか、KCIの石関亮、筒井直子両キュレーターと鳥屋尾優子常務理事に聞いた。

豊富な所蔵品を通して歴史を学び、未来に向けて新たな視点を育む

KCIにはラグジュアリーブランドのデザイナーをはじめ、美術館のキュレーター、ハリウッド映画の衣装デザイナーなど世界から着想源を求めてやってくる。石関キュレーターはKCIの役割について、「温故知新。歴史を学ぶことにより、先が見えない世の中の道筋を見つけることができる。先人の知恵の中には現代に生かせたり、将来を輝かせるものがあり、新しい視点が生まれる。生活の一部である着る行為は、歴史を紐解いていくと文化的に大きな意味を持つ」と話す。KCIの所蔵品で最も古いとされるものは1600年頃のボディスだ。エリザベス1世にまつわるもので、彼女の晩年の恋人であり、のちに反逆罪で処刑されたエセックス伯爵の母が、息子の命乞いに女王に献上したと伝えられている。そのような歴史ある宮廷服から シャルル・フレデリック・ウォルト(Charles Frederic Worth)やマドレーヌ・ヴィオネ(Madeleline Vionnet)のドレス、「シャネル(CHANEL)」「ディオール(DIOR)」「バレンシアガ(BALENCIAGA)」のオートクチュールからコルセットなど下着まで幅広くそろえる。また、「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」からは、1980年代にパリ・ファッション・ウイークでデビュー以来10年間・20シーズンの約1000セットもの作品が寄贈されたという。また、国内外の現代のデザイナーの作品も所蔵しているのも特徴だ。現在進行形のデザイナーの収集基準は難しいらしく、石関キュレーターは「時代の要素が服の中に表現されており、時代の流れを感じさせ、鑑賞の対象となるかを基準に議論を重ねながら選択する。日本と西洋のファッションの関係という視点も重視する」と話す。

約2万点という文献資料も圧巻だ。18世紀のファッション雑誌をはじめ、世界中の展覧会の図録や絵画資料、哲学書にまで至る。筒井キュレーターは、「服飾を知るには社会事象を知ることが重要。そのために必要と思われるものを収集している」と話す。これらの文献は展覧会で所蔵品を展示する際に、その時代の着方からアクセサリー、髪型・メイクまで忠実に表現する貴重な資料になる。

デザイナーの運命を変え、影響を与えた伝説の展覧会

KCI財団の展覧会も独特だ。時系列に所蔵品を並べたり、一人のデザイナーにフォーカスしたりするのではなく、独自の研究・調査をもとにテーマを深掘りしながら構成している。そのきっかけとなったのが、1994年に開催した「モードのジャポニズム」展だ。19世紀後半、日本美術が西洋のモードに与えた影響を世界で初めて歴史的に検証した展覧会で、京都国立近代美術館を皮切りに、パリ市立衣装美術館やロサンゼルス・カウンティ美術館など世界6館を巡回した。同展は多くのファッション関係者が足を運んだ。当時、大学でドイツ哲学を学んでいた「まとふ(MATOHU)」の堀畑裕之デザイナーは同展を見てファッションの道へ方向転換したそうだ。「フェティコ(FETICO)」の舟山瑛美デザイナーは、20世紀ファションを身体との関係で捉えた1999年に開催された「身体の夢」展に大きな影響を受けたと語っている。

患者一人一人に向き合う外科医のような補修専門スタッフ

注目したいのがKCIの保存補修部門に所属する5人の専門スタッフの存在だ。同部門は設立時からあり、ニューヨークのメトロポリタン美術館で学んだ保存補修方法を技術が受け継がれている。経験、知識、技術の積み重ねが必要な仕事であり、在籍30年を超える専門スタッフがいる。100年以上前のドレスを補修するのは至難の業だ。保存補修対象品は素材も糸も異なり、解体して初めて状態がわかることもある。筒井キュレーターは彼らについて「患者一人一人異なる症例に向き合う外科医のよう」と表現する。彼らは、展覧会の着せ付けも行う。KCI主催の展示だけでなく、所蔵品を海外の美術館に貸し出す時も同様で、世界中どこへでも所蔵品にはかならず専門スタッフが同行する。構造を理解しなければ着せ付けできないのが理由で、華やかな展覧会を陰で支えるプロフェッショナル達だ。

いい下着を作るために必要だった服飾研究

そもそも、なぜ下着メーカーであるワコールの創業者が西洋服飾を収集・研究する財団を作ったのか。鳥屋尾理事は「真面目に研究するのがワコールの資質だ」という。ワコールは1964年にワコール人間科学研究開発センターを創設した。商品開発のための研究所だが、いいブラジャーを作るためには人の体を知る必要があると人体の測定から始めた。KCIも発想は同じだ。ブラジャーやガードルなどは、ボディーラインを整え洋服を美しく見せる役割がある。「和服を着ていた日本人が洋装下着を作るには、洋服のことを学ばないといいものが作れないという発想からスタートしたのがKCI」と同理事。もう一つの理由は、70年代に始まったワコールの世界進出にもある。海外で勝負するには文化が必要だという考えで、商品を提供するだけでなく一人一人の体と向き合って接客するコンサルティング販売という文化を作っていった。同理事は、「文化は結果ではなくプロセスにしか宿らないもの。塚本創業者は当時、経済が発展した後に文化が時代のキーワードになると予測していた。文化に対して深い理解があっただけでなく、ワコールやKCIが研究を通して知見を蓄えていくプロセスに宿る文化を大切にしていた」と語る。

47年間の知見を生かし教育普及活動へ

KCIは5年間に1度というペースで大規模な展覧会を開催しており、次の開催予定は2029年を予定している。19年に開催した「ドレス・コード?―着る人たちのゲーム」展や24年の「LOVEファッション―私が着がえるとき」展は、ファッションを通して現代社会と人々の関係を探るという今日的なテーマにより、若年層の来場者が急増した。石関キュレーターは、「これらは着る人をテーマにした展覧会だった。次回は現代的な視点を持ちつつ、もう少しモノ寄りのファッションにフォーカスしたものにしたい」と話す。

今後どのようにKCIを発展させていくのか。これまでも大学や専門学校の講義や美術館の講演、ワークショップなどを行っているが、より教育普及活動に力を入れていくようだ。鳥屋尾理事は、「約50年の歩みにおいて蓄積した知見をさらに広く伝える活動をしたい。展覧会以外でも、公益財団法人として公益性が高いものを社会に還元できる準備が整った」という。KCIの所蔵品はもちろん、長年積み重ねてきた知見、キュレーターや活動を陰で支える補修専門スタッフ、それら全てが日本のファッション界の財産と言えるだろう。服飾や下着の歴史や文化を学びたいという多くの人に向けて、広く門戸が開かレることを期待したい。

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