ヘラルボニーの欧州子会社ヘラルボニー ヨーロッパ(HERALBONY EUROPE)は、日本国外で初となる大規模展覧会をパリ日本文化会館で6月6日まで開催している。会場では、24年に創設した国際アートアワード「ヘラルボニー・アート・プライズ」の受賞作品を中心に、世界各国の障がいのあるアーティストによる原画作品約20点を展示。企業との共創によってアートを落とし込んだプロダクトも紹介し、ヘラルボニーが推進する障がいという“異彩”と社会をつなぐ実践を多角的に紹介する。5月5日にはアール・ブリュット(専門的な美術教育を受けていない人が湧き上がる衝動に従って制作するアートの総称)の専門家を招いたトークセッションも開催した。
ヘラルボニーは、LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH MOËT HENNESSY LOUIS VUITTON、以下LVMH)主催の「LVMHイノベーションアワード2024」において、「従業員体験とダイバーシティ&インクルージョン」部門で日本企業として初の受賞を果たし、同年に欧州現地法人を設立した。以来、欧州での活動を本格化させており、各国の福祉施設とパートナーシップ契約を締結しながらアーティストの発掘と創作支援を推進している。現地企業や美術館、文化機関との連携も加速させており、今回の展覧会は、そうした欧州ネットワークの広がりによって実現した。会場となったパリ日本文化会館の鈴木仁・館長は、「私たちは世界が直面する課題の克服に貢献することを理念に掲げている。インクルーシブな社会をどのようにつくっていくのか、というメッセージを発信しているヘラルボニーの姿勢は、私たちが目指す方向とも非常に重なっている。展覧会を通して、新しい対話や価値観が生まれる場になれば」と話した。
会場入口の大きな空間では、「ヘラルボニー・アート・プライズ 2025」の「企業賞」に選ばれた古城貴博の作品を投影したトヨタ自動車の車両や、アメリカ在住の作家SATOのアートをラッピングした河合楽器製作所のグランドピアノが来場者を迎える。展示エリアには、同じく「企業賞」を受賞し、「ジンズ(JINS)」のアイウエアケースに作品が採用された吉川真美、JR東日本との共創によってラッピングトレインが東北本線・釜石線を走る生田梨奈子の原画など多彩な作品が並ぶ。また、初代グランプリを受賞した作家の浅野春香による米袋をキャンバスに用いた作品や、「アンリアレイジ(ANREALAGE)」の26年春夏コレクションに採用されたルックとショー映像も紹介されている。
「ヘラルボニー・アート・プライズ 2025」で応募総数2650点の頂点に立ったのは、フランス人作家エヴリン・ポスティック(Evelyne Postic)だ。彼女は古い海図や地図、紙資料などを支持体に用い、その上に緻密な線描で独自の生物世界を描き込んでいく作風で知られる。グランプリ受賞を機にヘラルボニーと作家契約を結んで活動の幅を大きく広げた彼女だが、応募当時は「ヘラルボニー・アート・プライズ」の存在を知らなかったという。「ヘラルボニー側が作品に着目し、声をかけてくれたことが応募のきっかけになった。人生とは、思いもよらない瞬間に冒険が始まるもの。私はまさにそれを体験した。当時の私はあまり元気がなくて、『何かが変わるかもしれない』という小さな希望を込めて応募した。そしたら、本当に人生が変わってしまった。信じられないくらいに!障がい者アートをコンセプトに掲げた国際的なアートアワードは新しい存在。人と人を繋ぐアートアワードには、作品を評価する以上の価値があると思う。そして、グランプリ受賞は新たな創作活動への扉を開くと同時に、自分自身の人生観までも更新してしまう出来事だった」。と語る。
3回目の「ヘラルボニー・アート・プライズ 2026」には、世界77の国と地域から1342人のアーティストが応募し、その数は年々増加を続けている。欧州現地法人の活動も追い風となり、その構想は今や世界規模へと広がりつつある。一方で、創業以来掲げてきた根幹は変わらない。アートをIP(知的財産)として活用し、その価値をライセンスビジネスへと転換することで、作家へ収益を還元していくという仕組みだ。展覧会開催のために渡仏した松田崇弥・代表取締役共同CEOは、「作家たちが世界へ羽ばたいていくためのプラットフォームでありたい。ビジネスが成長すれば、より大胆な意思決定ができ、才能ある作家たちのキャリアをさらに後押ししていける。障がいに対する社会の認識を変えるという理念を貫き、国内外でより大きなスケールへと広げていきたい」と語った。尚、本年度のグランプリ受賞者カー・ハン・ムイ(Kar Hang Mui)を含む総勢56人による全62点の作品を一堂に展示するアート展は5月30日から6月27日まで、三井住友銀行東館アース・ガーデンで開催される予定だ。
「生の芸術」、アール・ブリュット
を語り合う講演会を開催
講演会では、障がいのある作家によるアートが社会に与えてきた影響をテーマに、アール・ブリュット研究の第一人者として知られるナンテール大学のマーク・デシモ(Marc Decimo)現代美術史名誉教授、ポンピドゥー・センター国立近代美術館プログラム責任者のクリスティーナ・アゴスティネッリ(Cristina Agostinelli)、ヘラルボニー ヨーロッパの忍岡真理恵・最高経営責任者(CEO)が登壇した。まず、デシモ・ナンテール大学現代美術史名誉教授は、19世紀末から20世紀初頭にかけて精神病院で生まれた創作が、当初は「病的芸術」「狂人の芸術」として扱われながらも、フランスの精神科医オーギュスト・マリー(Auguste Marie)らによって文化的・造形的価値を見出され、後のシュルレアリスムなど前衛芸術にも影響を与えていった歴史を解説。1945年以降、ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet)がそれらをアール・ブリュット(フランス語で「生の芸術」を意味する)として位置付けた背景には、社会や医療者の眼差しを変えようとする思想があったと語り、その視点は障がいのイメージ変革を掲げるヘラルボニーの理念とも重なり合う。
続いて、ポンピドゥー・センター国立近代美術館プログラム責任者のアゴスティネッリが、具体的な作品を紹介しながら、同館におけるアール・ブリュット関連企画展を振り返った。
最後に忍岡CEOがブランド創設の背景と欧州を中心に広がる現在の活動について語り、アートを通して社会の価値観や「障がい」への認識を更新していくヘラルボニーのビジョンを共有した。会場には多くの一般来場者も集まり、欧州における受容の変化、ヘラルボニーの今後の展開について質問が相次ぐなど、高い関心が寄せられていた。ヘラルボニーは欧州進出を機に、障がいのある作家たちの“異彩”を世界へ接続するグローバルプラットフォームとして存在感を強めている。パリでの今回の展覧会は、その理念と活動が国境を越えて共感を広げ始めていることを象徴する機会となった。