カンヌ国際映画祭は、近年レッドカーペットを席巻してきた露出度の高い衣装、いわゆる“ネイキッドドレス”のトレンドから距離を置く方針を打ち出した。今年開催した第78回から新たなドレスコードを導入した同映画祭は、「品位」を理由にゲストが肌を過度に露出することや、過剰にボリュームのある衣装を着用することを禁止した。ますます大胆になるセレブリティーの衣装に注目が集まる中で下されたこの決定は、ファッション好きの間で続くSNS上での議論に拍車をかけた。今、ファッションは保守的になりつつあるのだろうか?
カンヌでの官能的なドレスのルーツは、レッドカーペットのファッションがより大胆になり、肌を見せたルックを取り入れるようになった1980年代にさかのぼる。85年、現代アーティストのジェフ・クーンズ(Jeff Koons)と結婚する前のイロナ・シュターッレル(Ilona Staller)が、トップレスのピンクのドレスでレッドカーペットに登場し、注目を集めた。さらに同映画祭では、キャメロン・ディアス(Cameron Diaz)、カイリー・ミノーグ(Kylie Minogu)、クラウディア・シファー(Claudia Schiffer)、そして最近ではベラ・ハディッド(Bella Hadid)やナオミ・キャンベル(Naomi Campbell)などの多くのセレブリティーが“ネイキッドドレス”を着用し、このある種の“伝統”を受け継いできた。
ファッション史を専門とするニューヨーク大学のナンシー・デイル(Nancy Deihl)=芸術・芸術専門職学部長は、カンヌが新たに取り入れたドレスコードは、過度な露出を抑制し、優雅さを強調するための取り組みだと評価する。「カンヌでは、長きにわたって女優たちがセクシーなスタイルで登場してきた。しかしそれは、ハイファッションが設定する一定の基準に沿ったものだ。実際、“ネイキッドドレス”禁止のきっかけになった近年のスタイルと同じくらい、あるいはそれ以上に露出度の高い服が、多くのファッションショーで披露されている。しかし、カンヌの主催者は、たとえ少し独裁的だと見られたとしても、このイベントを他のセレブ中心のスペクタクルとは一線を画すことに重きを置いているのだと思う」と、デイル学部長は語る。
一方で、オリヴィア・ワイルド(Olivia Wilde)やアンナ・サワイ(Anna Sawai)などとの仕事で知られるセレブリティースタイリストのカルラ・ウェルチ(Karla Welch)は、自身のインスタグラムで、今回のカンヌの決定を「退屈で男性中心的でつまらないもの」と批判した。
ランウェイやレッドカーペットでの“ネイキッドドレス”
“ネイキッドドレス”は、2000年代初頭からランウェイで流行と衰退を繰り返してきたが、23年に再ブームを迎えた。最近では「ディオン リー(DION LEE)」「ジェイソン ウー(JASON WU)」「マイケル コース(MICHAEL KORS)」「ブランドン マックスウェル(BRANDON MAXWELL)」「シャネル(CHANEL)」「バレンシアガ(BALENCIAGA)」など多くのファッションブランドが、コレクションでシアー生地を採用する。ハリウッドでは、この1年間だけでも、アカデミー賞、グラミー賞、ゴールデングローブ賞など、ほぼすべてのレッドカーペットイベントにおいてシアーなスタイルが見られた。多くの人がこのようなスタイルを「エンパワーメントや自己表現、ボディーポジティブのツール」と捉える一方で、批評家の間では「過剰な性的演出やデザイン面でのイノベーション不足を助長する」と指摘する向きもある。
アメリカ出身のモデルで俳優のパリス・ジャクソン(Paris Jackson)は、「ステラ マッカートニー(STELLA McCARTNEY)」の25-26年秋冬コレクションのショーに来場した際に着用した透け感のあるドレスへの批判に対して「なぜ人間の体が、多くの人に不快な感情を引き起こす要因になるのか、私には理解できない」と語った。「それはただの体だし、不快感を抱かないでほしい。体は、あなたも私も、みんな等しく持っているもの。それでいいじゃない。何の問題もない」。
経済不況とファッションは関係がある?
“ネイキッドドレス”に関する議論は、オンライン上のより広範な議論にも燃料を注いでいる。ファッションインフルエンサーたちは、現在の米国の経済状況に関連付けながら、控えめなファッションの台頭を指摘している。TikTokに投稿された動画で、インフルエンサーたちは「クワイエット・ラグジュアリー」や「トラッドワイフ・コア」(控えめなトーンのドレスなど慎ましく“伝統的な妻”を思わせる要素を含むスタイル)といった継続的なトレンドを例に挙げ、人々が服装においてより保守的になっていると指摘する。
TikTokで88万人のフォロワーを抱えるニキータ・レッドカー(Nikita Redkar)は、380万回以上再生された自身の動画の中で「経済が不況になると、人々が保守的になるのは理由がある。リスクを取れるのは、銀行に預金がある人だけ」と語った。続けて「経済が不況だと、私たちは安全を重視する。不確実な中で注目を浴びたくないし、確実な選択をする。伝統よりも確実なものはありますか?自分の居場所に留まることよりも確実なものはありますか?」とフォロワーに問いかける。

このような言説がオンライン上で流布しているものの、前述のデイル学部長は、経済危機時にファッションが保守的になるという考えについて「長く続き、支持もあるが、誤った主張」だと指摘する。「人々は、経済とファッションスタイルの因果関係を信じたいのだろうが、1950年代のファッションは、それを反駁するのに十分な例だ。この時代は、世界の大部分で社会的同調と保守的な態度が支配的だったが、同時に豊かさの時代でもあった」と続ける。
デイル学部長によれば、控えめなスタイルは消費者が選択できる多くの選択肢の一つに過ぎず、ファッション業界全体の変化を反映するものではないという。「もちろん、宗教的に、もしくは文化的に控えめな服装を義務付けられているケースを除いて、レッドカーペットイベントや一般人が楽しむ特別な機会では、露出の多いシルエットやスタイルが、控えめなスタイルよりもはるかに好まれているだろう」と語った。