PROFILE:左:福代 美乃里(ふくしろ・みのり)/学生団体「やさしいせいふく」代表
都立高校に通う高校3年生。中学校の先生の影響で環境問題に関心を持つようになる。2021年11月に行われた第26回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)に、若者による気候変動の活動団体Fridays For Future Japanのメンバーとして参加する。学生団体「やさしいせいふく」は、人にも環境にもやさしい服づくりを目指して講演会の実施やGOTS認証のオーガニックコットンTシャツの販売などを行っている。24年夏には資金を集めて同シャツのコットンを生産するインドの農家や縫製工場を訪ねて、取材を行った。高校では陸上部に所属。
PROFILE:右:渡辺 貴生(わたなべ・たかお)/ゴールドウイン代表取締役社長
1960年生まれ。76年にザ・ノース・フェイスと出会い、「わたしたちはあらゆる機会を通じて地球環境保護の大切さを伝えていかなければならない」というブランドの思想に感銘し、82年、同ブランドを日本国内で展開するゴールドウインに入社。同ブランドの成長とともに国内のアウトドアファッションの定着にも貢献。05年より取締役執行役員ノースフェイス事業部長、17年より取締役副社長執行役員。20年4月1日より代表取締役社長に就任。27年には富山県内に体験型アウトドアフィールドを開設するプロジェクトを推進し、人と自然が共生する社会の実現と、地球環境再生を経営の最重要項目のひとつとして掲げるなど、サステナブルな経営を実践している。
ゴールドウインが支持集めている理由のひとつが人の心を捉える「デザイン」の力だ。その対象は、製品だけではなく地域創生など「社会」へと広がっている。イノベーションの力を借りてデザインの領域を広げているゴールドウインのデザインに対する考え方、その背景にあるサステナビリティの方針について、渡辺貴生ゴールドウイン代表取締役社長を招いて紐解く。聞き手は高校3年生の活動家、福代美乃里。「ファッションが好きだから、真実を知りたい」と言う彼女から飛び出す質問とは?
(この対談は2024年12月13日に開催した「WWDJAPANサステナビリティ・サミット2024」から抜粋したものです)
WWD :最初の質問は、私から渡辺さんにお伺いします。学校を卒業して最初に就職したのがゴールドウインだったと伺っています。なぜ、ゴールドウインを選んだのですか?
渡辺貴生ゴールドウイン代表取締役社長(以下、渡辺) :私は「ザ・ノース・フェイス(THE NORTH FACE)」というブランドが大好きで、その存在を初めて知ったのが1976年、高校2年生のときでした。当時、雑誌「メンズクラブ」で「ザ・ノース・フェイス」が紹介されていたんです。それまではアイビーファッションに憧れていましたが、その記事を読んで初めて「ヘビーデューティー」というスタイルに触れました。そして、「ザ・ノース・フェイス」がアメリカ・バークレーで行っているものづくりを知り、「自分のやりたいことに近い」と強く感じました。他の道も考えましたが、どうしても「ザ・ノース・フェイス」のような仕事に携わりたいと思い、最終的にゴールドウインへの入社を決めました。
WWD:写真はどこで撮ったものですか?渡辺:
これは、ゴールドウインに入社してしばらく経ち、「ザ・ノース・フェイス」のMD(マーチャンダイザー)になった頃の写真だと思います。おそらく1990年頃、ヨーロッパでの一枚ですね。2枚目はさらに前、1986年頃の写真です。私は現在、フライフィッシングが大好きですが、当時はまだ始めておらず、ルアーを使って芦ノ湖でブラックバスを釣っていました。これは、その頃、まだ釣りを始めたばかりのときの写真です。このとき着ているのは、アウトレットで買った、当時ノース・フェイスがアメリカ軍向けに作っていたウエアの残反で作った服です。つまり、余った生地を使って生産され、バークレーのアウトレットで販売されていた商品ですね。今でも大切に使っています。「ザ・ノース・フェイス」のロゴが入っていません。代わりに「Windy Pass by The North Face」というブランド名がついており、これはアウトレット専用ブランドでした。
WWD:昔からあまり変わらないスタイルが、現在の成功の理由の一つかもしれませんね。2005年から取締役執行役員として「ザ・ノース・フェイス」の事業部長を務められました。まさに現在に繋がる「ザ・ノース・フェイス」の時代を築かれた期間だったと思います。自己分析すると、なぜ「ザ・ノース・フェイス」はここまで認知され、人気を得ることができたのでしょうか?
渡辺:これは、私が創業者から学んだことが大きいですね。「ザ・ノース・フェイス」は、2人の創業者によって成り立っています。1人は、「ザ・ノース・フェイス」という名前を作ったダグラス・トンプキンスです。彼は、世界的な自然保護活動家としても有名でした。もう1人は、ブランドを製造メーカーとして発展させたケネス・ハップ・クロップです。彼は、社会の仕組みを変えるために新しい事業を始めたいと考え、「ザ・ノース・フェイス」のブランドを買い取り、ものづくりの会社へと発展させました。
当時、アメリカはベトナム戦争の真っ只中でした。その時代、若者たちは従来の社会システムに疑問を抱き、「コーポレート・アメリカ」と呼ばれる大企業中心の社会に対し、異なる選択肢を求める動きが広がっていました。そうした若者たちを応援するために、クロップはものづくりを始めたのです。写真に写っているのはバックパックですが、これは当時「アウトバックスタイル」と呼ばれていました。当時、まだ「バックパッキング」という言葉すら存在していませんでしたが、若者たちは「本当の生き方とは何か」「社会とどう向き合うべきか」「自分たちはどんな社会を作るべきか」と、自然の中で深く考えるようになっていました。そのムーブメントを支えるために生まれたのが、このバックパックです。
もともと「ザ・ノース・フェイス」は、クライミングギアのメーカーではなく、ライフスタイルをサポートするブランドとしてスタートしました。私自身も、その理念に非常に共感しました。地球や自然環境と密接に関わりながら生きることが、人間らしさを見直す大きなチャンスになると考えたからです。「ザ・ノース・フェイス」を単なるアウトドアブランドではなく、ライフスタイルブランドとして確立することを目標に掲げて取り組んできた点が、他のブランドとは大きく異なる特徴だと考えています。
渡辺:
これは1970年代初期の写真だと思います。当時のアメリカには、先進的な考えを持つ人々もいましたが、同時にヒッピーカルチャーが広がっていました。その中でも、新しい価値観を築こうとする真剣な人々が多く、さまざまな経験を積み重ねながら新たな思想を生み出していました。Appleの共同創業者であるスティーブ・ジョブズも、おそらく同じような考え方を持っていた一人だったのではないかと思います。WWD:なるほど、よく分かりました。そして、20年4月に代表取締役社長に就任されましたが、西田会長からは当時、どのような思いを託され、何を成し遂げようと考えて就任を決断されたのでしょうか?
渡辺 :そうですね。私の会社は、西田明男会長の前の社長、つまり西田会長のお父様が創業しました。私もその創業者から直接、多くのことを教えていただきました。お二人から常に言われていたのは「ものづくりの大切さを徹底的に貫いてほしい」ということでした。私たちの会社には「見えないものにこそ、『真実』の価値がある」という言葉があります。つまり、表面的なデザインにこだわるのではなく、本当に重要なのは、目には見えない緻密な作業であり、それを追求することで本当に価値のあるものが生まれる、という考え方です。
また「人生は100年ほどしかないのだから、自分の人生を燃えるように生きなさい」とも教えられました。その考え方を会社全体で共有し、社会に対して何か貢献できる企業でありたいと思っています。
WWD :「燃えるように生きる」と聞いた福代さんが良い笑顔を見せました。
福代 美乃里学生団体「やさしいせいふく」代表(以下、福代) :燃えるように生きたいと思っていますし、私も高校3年生で将来のこと、自分に与えられた人生をこれからどう使っていこうかとか、自分には何ができるんだろうかとこの一年考えてきていたので言葉が刺さりました。
WWD:ゴールドウインにとってサステナビリティは何どういう位置付けにありますか?
渡辺 :あらゆる人々に対して公正な未来を提供することこれが私が考えるサステナビリティですね。
高校3年生がサステナビリティに関心をもったきっかけ
WWD:ここから福代さんからの質問でその「サステナビリティ」について深めていきます。福代さん自己紹介をお願いします。
福代 :はじめまして、福代美乃里です。都立高校に通う高校3年生で現在、学生団体「やさしいせいふく」の代表を務めています。
WWD :そもそも、サステナビリティに関心を持ったきっかけは?
福代:もともと服が大好きで、買うのはもちろん、生地を購入して自分で服を作ることもありました。そんな中、中学3年生のときに、ちょうどコロナ禍で自宅にいる時間が増え、「ザ・トゥルー・コスト」というドキュメンタリー映画を観たんです。その映画を通して、それまで知らなかった ファッション業界の不都合な真実を知りました。
例えば、自分と同じくらいの年の子どもたちが、低賃金で長時間労働を強いられている こと。そして、私は自然が好きなのですが、服の生産が環境破壊につながっている という事実を知り、大きな衝撃を受けました。「おしゃれを楽しむことが、誰かを傷つけているかもしれない」。そのことがショックで、サステナビリティに強く関心を持つようになりました。
WWD :その映画を観てから服を買わなくなったのですか?
福代 :観た直後はまったく買えなくなりました。どの服を見ても、購入をためらってしまって。でも今は、サステナビリティに取り組んでいる企業を調べたり、古着を購入したりしながら、少しずつファッションを楽しめるようになっています。
WWD :福代さんの話を聞きながら、「そんな気持ちにさせてごめん…」という気持ちになりました。そんな福代さんですが、今年の夏、なんとインドのオーガニックコットン畑や縫製工場を訪ねました。
福代 :インドのコインバトールという地域にある工場やオーガニックコットンの畑や倉庫を現地の方に案内していただきながら、綿がどのように栽培・保管・管理されているのかを見学しました。一つひとつの工程を実際に見せてもらいながら学ぶことができました。
WWD :なぜインドへ行こうと思ったのですか?
福代 :今私が着ているTシャツは、私たちが企画した「やさしいTシャツ」というオーガニックコットンのTシャツです。この企画は、私と同じようにサステナビリティに関心を持つ学生たちが集まり、「普段売られている服がどのように作られているのか分からない。だったら、自分たちで作ってみよう!」という思いから始めました。けれど、ちょうどコロナ禍だったため、Tシャツの生産地であるインドに行くことができませんでした。オンラインでは工場と繋がっていたものの、やはり 現場を直接見てみたい、作ってくれた人たちに会いたい という気持ちが強くなり、今回の渡航を決意しました。
WWD :実際に現地を訪れて、どのようなことが見えましたか?
福代 :一つは「オーガニックコットンを選んで本当に良かった」という実感です。
現地の農家の方々に話を伺うと、以前は 農薬を使用した栽培を行っており、それによって健康被害が多発していたそうです。例えば、子どもたちががんを発症したり、亡くなったりするケースがあり、また農家の方々自身も視力障害や手足の痙攣などの深刻な影響を受けていたそうです。
しかし、化学農薬を使わないオーガニック栽培に切り替えたことで、こうした健康被害がなくなったと聞きました。実際にその話をしてくれた方々と直接対話したことで、自分の選択が遠い国の誰かの暮らしを少しでも良くしているかもしれない、と感動しましたね。
WWD :まさにサステナブルな選択の重要性を実感されたのではないでしょうか。
福代 :はい、オーガニックコットンの良さを実感すると同時に、普段私たちが購入する服がどこで、どのように作られているのかについて、消費者にはまだ見えにくい部分が多いとも感じました。
今回、最先端のサステナブルな取り組みを行っている工場も訪れましたが、こうした取り組みを行う工場で作られた服がもっと増えて、消費者が簡単にその背景を知ることができるようになればいいなと思いました。企業が積極的に情報を開示し、消費者も知ろうとする姿勢が大切だと改めて感じました。
WWD:貴重な経験ですね。実際に 現場を自分の目で見るということは非常に大切です。では、ここから本日のメインパートに移り福代さんから渡辺さんへ質問をしてもらいます。
「環境や人権への取り組みはどれくらい本気ですか?」
福代 :最初の質問ですが、御社のホームページを拝見した際、最初に目に入ったのが「人と自然の可能性を広げる」というメッセージでした。環境や人権を大切にされていることが強く伝わってきましたが、実際のところ渡辺さんご自身は、どのくらい本気で取り組まれているのかをお聞きしたいです。また、企業のビジョンとしてこの考えを中心に据えようと思った具体的なきっかけや思いがあれば、教えてください。
渡辺 :本気度については「かなり本気」です。社内では「パタゴニアくらいはやろう」と言っています。それくらいの覚悟でゴールドウインを日本におけるサステナブルな企業のリーダーとして確立したいと考えています。
実際に、私自身は1990年代から少しずつサステナブルな取り組みを始めてきました。ただ、会社として本格的に動き出したのは比較的最近です。それでも、この思いをしっかりと持ち続け、企業のビジョンの中心に据えるべきだと考えています。
その理由として、私たちの事業は スポーツやアウトドアに深く関わっています。私は米国のヨセミテ国立公園が大好きで、これまで何十回も訪れています。今年も6月に、役員の何人かを連れて一緒に訪問しました。
私たちの仕事はある意味「遊びの延長」です。しかし「遊びこそが人間らしさを育み、多くの人とのつながりを生むもの」だと考えています。だからこそ、単に「地球環境を守る」だけではなく、再生(リジェネラティブ) していくことこそが、私たちの存在意義であり企業のビジョンとして掲げるべきものだと考えています。
WWD :「守る」から「再生する」へ。これは本気も本気 という答えですね。
そもそも、なぜ企業にとって事業成長が必要なのか?
福代 :2つ目の質問です。そもそも、なぜ企業にとって事業成長が必要なのでしょうか?環境保全と事業成長を両立させるには、どのような方法があると思いますか?
渡辺:よく聞かれる質問です。私が事業成長が必要だと考える理由は、「地球を再生していくため」です。私たちが本質的に必要とする環境を、自分たちの手で作り上げていくことができれば、もっと人間は地球に貢献できるはずです。つまり、私たちの産業や事業を通じて、環境問題を解決することが、事業成長の目的であるべきだと考えています。そのため単なる「経済的な成長」ではなく、「人間としての成長」とは何かを考えながら事業を発展させることが、本当の意味で持続可能な成長を生み出すのではないかと思います。私自身も、そのような考えのもとで仕事に取り組んでいきたいと考えています。
福代 :ゴールドウインさんは 2050年までに、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラル達成と廃棄ゼロを掲げていますよね。これは非常に難しい挑戦だと思いますが、それを達成するために最も必要な変化は何だと考えますか? 最大の課題について教えてください。
渡辺 :カーボンニュートラルを実現するためには、スコープ3の削減を徹底することが重要だと考えています。現在、私たちのCO2排出量は、スコープ1から3を合わせて約26万トンありますが、その99%がスコープ3によるものです。つまり、直接の排出ではなく サプライチェーン全体での排出が圧倒的に多いのです。そのため最も重要なのは、サプライチェーン全体で環境への配慮を共有し、協力し合う仕組みを作ることだと考えています。
まずは「自分たちは何のために事業をしているのか?」を明確にし、「どのような変化がプラスになるのか?」をしっかり示すことが必要です。さらに、具体的なアクションとプロセスをどのように変えていくのかを明確にし、発信していくことも大切だと思います。確かに大きな課題ではありますが、誰かが始めなければ変革の第一歩は生まれません。私たちは、そうした一つひとつの取り組みを、責任を持って進めていきたいと考えています。
WWD :今のお話の内容は、ゴールドウインの統合報告書にも具体的な数値として記載されています。後ほど、裏付けとなるデータもご覧いただければと思います。そしてこの質問は、ここにいる全員が 「19歳から投げかけられている問い」だと受け止めるべきものですね。
福代 :服は、大量生産・大量消費の象徴的な存在だと思います。現在もその考え方は根強く残っており、先ほど話に出た環境と事業成長の両立についても、大量生産・大量消費のままでは難しいのではないかと感じています。そこで、ゴールドウインとしてどのようにこの考え方を変えていこうとしているのかをお聞きしたいです。
渡辺 :そうですね。実は、ゴールドウインには以前から 大量生産・大量消費という考え方はあまりありません。もちろん、ブランドの人気が高まると売り上げが伸び、それに伴い生産量も増えるという側面はあります。しかし、私たちはそうした背景の中でも製品を長く使い続けてもらう仕組みを重視してきました。
例えば、1992年頃から リペアサービスを本格的に導入しています。GORE-TEX製品のような高額なウェアは、アウトドア環境で使用すると傷んだり破れたりすることがあります。しかし、それを修理できなければ、すぐに廃棄されてしまう可能性がありますよね。そこで、工場内に専用のリペアチームを設け、現在では年間約2万4000点の製品を修理し、お客様にお返ししています。
また、最近では子ども服のリサイクルにも取り組んでいます。子ども服は成長とともにすぐにサイズアウトしてしまいます。そこで、不要になった服を店舗で回収し、新しいデザインにアップサイクルして再び販売する取り組みを行っています。単に洗浄して再販するのではなく、新たなデザインを加えることでより魅力的なアイテムとして生まれ変わらせることを大切にしています。
さらに、私たちは「ワンフォーワンシステム」 という特別なものづくりの仕組みも導入しています。これは、人気のある商品についてお客様自身がオリジナルのデザインを作れるサービスです。特定の店舗では、お客様の体のサイズを測定し、カラーやファスナーの種類、その他の細かいパーツまで自由にカスタマイズできるようになっています。このサービスを利用することで、既製品ではなく自分のライフスタイルに合った一着を作ることができ、長く愛用してもらえるのです。この仕組みは、大量生産とは異なるアプローチです。
「自分の人生の中で、どんな服をどのように使いたいのか?」そんなことを考えながら、お客様とともにゴールドウインや「ザ・ノース・フェイス」の製品を作り上げていくサービスとして展開しています。こうした取り組みを通じて、単に新しい服を作って売るだけがビジネスではない という考え方を広めていきたいと考えています。
WWD :「新しい服を作って売るだけのビジネス」からの脱却ですね。
渡辺 :そうですね。服というものは 単なる衣類ではなく、そこに込められた想いや、人と人とのつながり、愛を大切にするものだと考えています。それが循環し、次の誰かへと受け継がれていくこと。それこそが、本当に重要なのではないでしょうか。
1枚の服を見たときに、何を想像する?
福代 :抽象的な質問かもしれませんが、1枚の服を見たときに渡辺さんは何を想像しますか?
WWD :質問の背景とは?福代さんご自身は、1枚の服を見たときに何を想像しますか?
福代 :私は服の生産背景に強い関心を持っています。自分が着る服が児童労働や環境破壊の上に成り立っているのは、とても嫌です。そのため、1枚の服を見たときに「この服はどこで作られたのか?」「作った人は幸せだろうか?」「生産された土地の環境は守られているのか?」といったことを想像しながら、慎重に選ぶようにしています。
渡辺 :この写真は、1989年から1990年にかけて、220日間で6,040kmを犬ぞりで南極大陸を横断した遠征隊のユニフォームのレプリカです。デザインを手がけたのは、当時 「ザ・ノース・フェイス」に在籍していた マーク・エリクソンというデザイナーでした。この南極大陸横断隊には、アメリカ・ロシア・中国・フランス・イギリス・日本の6カ国が参加していました。つまり、資本主義の国も共産主義の国も関係なく、世界の枠を超えて協力し合ったプロジェクトだったんです。
この服は、単なる防寒着ではなく、世界平和を象徴するユニフォームなのです。私は、ものづくりにおいて「目的」や「価値」を持たせることが重要だと考えています。最新のテクノロジーと優れたデザインからこのユニフォームに支えられたこの挑戦は、結果として 今も南極条約が守られ続けていることに繋がっています。1枚の服が与えるインパクトは計り知れません。そして、この服を見るたびに、私は「未来のために、平和利用のために服があるのだ」ということ思いますね。
福代 :たくさんの服を開発されている中でも、1枚の服に込められたストーリーや熱量が伝わってきました。ものづくりに対する 「大切にしたい」という強い思いを感じます
考えを大きく変えたアウトドアアクティビティとは?
福代:私もスポーツやアウトドアアクティビティが好きなのですが、渡辺さんもアウトドアが好きですよね。これまでの経験の中で、アウトドアアクティビティが ご自身の考えを大きく変えた出来事 があれば、教えてください。
渡辺 :私はアウトドアスポーツが好きで、この会社に入ってからも続けています。今は毎年北海道でフライフィッシングを楽しんでいます。もう30年以上通い続けている場所ですね。30年前は、あるシーズンに行くと1投すれば必ず1匹釣れるほど魚が豊富でした。ところがここ2〜3年は、まったく釣れなくなっているんです。これは、水温や気温の変化による影響が大きいのではないかと感じています。実際、魚の数が減っているように思います。
「世界を平和にしたい」。その言葉に打たれた
福代 :最新技術は、まだコストが高いことや、実用化できるか不確実性が高いため、普及には時間がかかると思います。ゴールドウインがスパイバーと服を作ろうと決断した理由は何だったのでしょうか?
渡辺:私は アウトドアスポーツが好きだったこともあり、これまで高機能な製品の開発に携わってきました。しかし、それらの製品はほとんどが化学繊維であり、化石燃料をベースとした素材を使っていたことは否めません。このような素材は、環境に大きな負荷を与えます。簡単に言えば、プラスチックは生分解しないため、長期的に環境に残り続けるという問題があります。そんなとき、私の知人である発酵技術の専門家から「発酵を利用して植物由来の新しい素材を開発している人がいる」と紹介を受けました。そこで実際に会いに行ったのが、スパイバーの代表である関山さんでした。関山さんに初めて会ったとき、彼が最初に言った言葉が「世界を平和にしたい」だったんです。その言葉に私は強く心を打たれました。
彼の話を聞く中で、スパイバーの技術は環境問題の解決だけでなく、貧困問題にもアプローチできる可能性があることを知りました。そのとき「自分がやるべき仕事はこれなんだ」と感じたんです。もちろん、ゴールドウインとしても環境負荷の低い素材を採用する取り組みは以前から進めていました。しかし、それは既存の素材の中で環境に配慮したものを選ぶという方法でした。スパイバーの技術は、それとはまったく異なるアプローチでした。つまり、従来の石油由来素材を完全に置き換える新たな選択肢だったんです。
この新たな選択肢があるのなら、誰かが最初に動かなければならない。正直、決断にはかなりの逡巡がありました。しかし最終的にゴールドウインとして創業以来最大規模の投資を行い、スパイバーとともに取り組むことを決断しました。このプロジェクトを進めることで、石油依存による環境問題を解決する一歩を踏み出せると確信したからです。
WWD :アウトドアの役割の一つは「命を守ること」です。そのために、機能が進化し、技術が発展し、そこに最適なデザインが追求されてきました。しかし、これまでの常識を覆しその根幹をまったく新しい選択肢に置き換えるという発想は、極めて画期的な取り組みだと思います。
「言葉のいらない遊び場。 未来に向けたデザイン
福代 :ゴールドウインさんは服の開発だけでなく、子どもたちの遊び場の創出やキャンプ事業など、さまざまなプロジェクトに取り組まれていますよね。その中で、渡辺さんご自身が特に印象に残っている取り組みは何でしょうか?
渡辺 :そうですね。一番印象に残っているのは、2022年に開催したイベントです。本来であれば、2020年の東京オリンピックに合わせて実施する予定でした。しかし、新型コロナウイルスの影響で無観客開催となり、私たちの計画も延期せざるを得ませんでした。
実はその年、ゴールドウインは創業70周年を迎えていました。そこで私が提案したのが、「遊び」をテーマにしたデザインでした。私たちは、地球の五大要素である 水・火・土・風・空をモチーフにした遊具を設計し、「地球を遊ぶ」体験を提供する空間を作ろうと考えたのです。言葉が通じなくても、そこに集まった人たちが 助け合いながら楽しめる場所を作ることが目的でした。
残念ながら、このイベントはオリンピック期間中には実施できませんでしたが、2年後の2022年に、六本木と富山で開催することができました。結果として、5万人以上の人々が遊びに訪れてくれました。このプロジェクトの背景には、ゴールドウインが掲げる「2050年にどんな会社でありたいか?」というビジョンがありました。その答えのひとつが「遊び」でした。スポーツの起源は「遊び」です。世界中の人々が「遊び」を通じてつながることができるのではないかという思いを込めて、このイベントを企画しました。
デザインは「社会の仕組み」を変える力を持つ
WWD:スポーツの起源は 遊びなんですね。今回のイベントのテーマのひとつに「デザインの力」があります。ゴールドウインは、単なる製品デザインだけでなく、地域創生や社会とのつながりをデザインするという視点も持っています。つまり、社会そのものをデザインすることも、ゴールドウインのデザインの範疇に含まれているのではないかと思うのですが、渡辺さんは 「デザインの力」についてどうお考えですか?
渡辺 :デザインには大きく二つの方向性があると考えています。一つは、これまでになかった機能や利便性を生み出すためのデザインです。新しい技術や素材を活かし、より快適で便利なものを作るという意味でのデザインですね。しかし、私が特に大切にしているのは「人の意識を変えるためのデザイン」です。これはアパレルやバックパックのデザインだけに限らず、空間デザインにも通じる考え方だと思います。
私はこれまでリテール(店舗)のデザインも手がけてきました。単なるショップの設計ではなく「今までにない空間」を生み出すことで、お客様の意識を変えるデザインを追求してきました。その結果、来店されたお客様の「ザ・ノース・フェイス」に対する考え方やデザインそのものへの価値観に変化が生まれてきたと感じています。
このように、デザインはあらゆる分野で応用できる考え方だと思います。デザインは単に「モノをつくる」ことに留まりません。それどころか、社会の大きな仕組みを変え、世界のシステムそのものを変える力を持っています。私自身、この考え方に大きな影響を受けたのが、ケネス・ハップ・クロップ です。彼のデザイン哲学に触れたことで、私は「デザインの本質とは、より良い社会を作ることだ」という考えを持つようになりました。私たちがデザインを通じてより良い社会を生み出すことができれば、私たちの考えや理念をより多くの人に伝えることができると思っています。これからも、私たちの事業の中でデザインの力を活かし、社会に貢献できる取り組みを進めていきたいと考えています。
WWD:これからゴールドウインとして成し遂げたいことについて教えてください。
渡辺 :ゴールドウインは、これまで 日本国内を中心にビジネスを展開してきました。ある意味「ローカルメジャー」と言える存在かもしれません。しかし、これからは海外市場にも積極的にアプローチしていきたい。特に、今後急速な成長が見込まれるアジア・インド・アフリカ などの地域において、スポーツや遊びを通じて、人々がより楽しく健やかに生きられる環境を提供することを目指しています。
「人と違うことをする」勇気を持つ
福代 :今の学生に向けて伝えておきたいことや、若いうちに知っておいてほしいことがあれば、教えてください。
渡辺 :若い学生の皆さんには、すでに素晴らしいビジョンを持っている方が多いと感じています。今日お話しした福代さんもそうですし、私がこれまで出会った若い世代の方々も、しっかりとした思いを持ち、真剣に考えている人が多い。ですから、特に何かを言う必要はないかもしれませんが、自分のやりたいことにしっかりと向き合い、責任を持って進んでいってほしい と思います。
世の中を変えていくことは、決して簡単なことではありません。しかし、「人と違うことをする」ことこそが、大切 だと思っています。ときには、自分が周りと違うことで 不安を感じたり、違和感を持ったり することもあるかもしれません。でも、その違いこそが、自分の魅力になるのです。だからこそ、「自分は人と違うから嫌だ」と思うのではなく、それを誇りに思って前に進んでいってほしいですね。
福代:お話を伺いながら、将来をとても深く見据えていると感じました。私自身も「こんな未来を作りたい」という思いはありますが、実際どう行動すればいいのか分からないことが多いです。特に、気候変動が進み、将来ご飯が食べられなくなるのではないか など、暗い未来ばかりを考えてしまいがちです。解決策を見つけたいと思っても、どの方向に進めばいいのか分からない ことが多いと感じています。しかし、スパイバーの取り組みや、公園のデザインに関するお話を聞いて、「未来に向けて具体的に行動し、決断し、自らの手で変えていこうとしている」姿勢がとても印象的でした。その姿勢から、強い意志と決断力 が伝わってきて、とてもかっこいいと感じましたし、私自身も 何か行動を起こしたいです。