PROFILE: 緒方美穂/「オープン セサミ クラブ」デザイナー

南国の果物かあるいは未知の海洋生物か。表面に不思議な形状を形作るカーディガンは、一目見たら忘れられないインパクトがある。緒方美穂デザイナーが2022年春夏シーズンにスタートさせた「オープン セサミ クラブ(OPEN SESAME CLUB)」は、現代ファッションに必要不可欠なニット素材を独創性あるフォルムとカラーリングで、シックとキッチュの狭間を突くスタイルに作り上げていく。デビューから歳月は浅く、ブランド規模は小さいながらも、現在の卸先には日本有数のセレクトショップが名を連ねている。独立するまでのキャリア、ブランド名の由来、そして毎日着られる非日常的ニットウェアをどのように発想し、完成させているのか。25年春夏コレクションの最新ウエアをそばに、緒方に話を聞いた。
コロナ禍の中で芽生えた自分のブランドを始めるという思い
――初めて夢中になったファッションは何でしたか?
緒方美穂「オープン セサミ クラブ」デザイナー(以下、緒方):服飾の専門学校に入学すると、今までになかった情報がどんどん入ってきて、本当にすごく好きになったお店が原宿にあった「ランプ ハラジュク(Lamp harajuku)」です。「ケイスケカンダ(KEISUKE KANDA)」「スズキタカユキ(SUZUKI TAKAYUKI)」「サカイ ラック(SACAI LUCK))」「アンティパスト(ANTIPAST)」が置いてあって、かわいくて手に取ると店員さんが服の背景とか、デザイナーさんの人柄、服ができ上がるまでのストーリーを話してくれたんです。それでファンになって、夢中で通いました。
――他にも好きになった店はありましたか?
緒方:ヨーロッパの古着も夢中になりました。今はインスタグラムで簡単にお店をチェックできますが、当時は雑誌のページでお店紹介の記事を切り抜き、「トロ(Toro)」や「ジャンティーク(Jantiques)」、代官山の「ジャンヌバレ(Jeanne Valet)」、ヨーロッパのアンティーク系を扱う渋谷の「スタジオマリオネット(Studio Marionette)」に週末通って、お店巡りをしていました。
――専門学校ではニット科を専攻されていたのですか?
緒方:ニット科ではなかったんです。学生のころの作品も布帛だけしか作っていませんでしたし、ニットは編めましたが、本当に一から学んだのは卒業後に就職したニットのOEMメーカーです。
――卒業後からブランドを立ち上げるまでは、どのようなキャリアを?
緒方:ニットのOEMメーカーに入社した当初は、糸の番手やゲージのことをまったく知らなかったので、一から全部教えてもらいました。工場にも通い、学生時代に勉強したことはすべてなかったぐらいに勉強させてもらいます。年間1000枚以上の仕様書を作成していく中で、仕様や糸のこと、年齢別のサイズ感を身につけました。だけど、次第にOEMではなくて、自分のデザインそのものを店頭で販売し、お客さんに見てもらいたい気持ちが強くなっていきました。
――その後、転職されたのでしょうか?
緒方:自分たちでデザインしたものを、そのまま販売する大手企業に転職しました。OEMと違うのは「語れるアイテム」が重要だったことです。ニットを作っていたので、ベーシックなアイテムが好まれるんですけど、この商品は何が他社と違い、どれだけ素敵な商品なのかを会社の社長へのプレゼンや、販売の人たちに話せるかが重要でした。その経験は、今のもの作りの考え方のベースになっています。
――新しい経験を経て心境に変化は?
緒方:ファッションはずっと好きなんですけど、以前のファッションを楽しんでいたころのようなもの作りをもう一度したいと思う時期があり、そのタイミングでドメスティックのブランドに移ります。実際に働いてみると、量産の生地を手で裁断していたり、パターンも手で直したり、部分縫いも自分たちでして、そういう小さなことが驚きの連続で。けれど、こういう規模なら、自分でもブランドができるのではと思うきっかけになりました。
――実際にブランドを立ち上げようと思った時期はいつでしたか?
緒方:ドメスティックブランドに入ったタイミングがコロナ禍の時期でした。社会の動きも変わり、私も結婚をして子どもができたこともあって、今後もデザイナーとしてずっと働きたいとは思っていましたが、今のままの働き方はきっとできないだろうし、働き方を改めて考える時期になったんです。そのタイミングで、自分が「やりたい」と思っている気持ちを大事にできる働き方をしようと思い、自分のブランドを始める決意をします。
――ブランド活動は一人で始められたのですか?
緒方:服は私が作っていますが、当時同じ会社で働いていたPRの子がフォローしてくれて、2人でスタートしました。その子には、今でも手伝ってもらっています。いざ始めてみると最初は本当に売り方がわからなくて。
――そこからどのように販売を?お店で取り扱われるきっかけは?
緒方:小さな展示会場に友人だけを呼び、インスタグラムで発信するところから始めました。三軒茶屋の古着屋さんで働く友人が展示会で気に入ってくれ、お店に少量を卸すことが決まり、インスタグラムのストーリーズを見た広島のお店からも、お声掛けいただけました。少しですが、最初の段階でオーダーをいただけ、「もしかしたら本当にブランドとしてやっていけるかな?」と感じ、その後、縁があってセールスの方を紹介してもらい、卸を本格的に始めていきます。
日常をインスピレーションに環境も大切にするもの作り
――ブランドコンセプトについて教えてください。
緒方:「遊び心があって、日常の特別な一幕を思わせるような服」がブランドコンセプトです。着た人の一日一日が明るく楽しくなり、着ることによって何か自信を持てるような、その人の後押しができる服を作りたいと思ってコンセプトにしました。着てもらう人を応援する気持ちで、快適さやイージーケア、そういう着心地もデザインのポイントとして作っています。
――ブランド名をアラビアンナイト「アリババと40人の盗賊」の呪文、“開けゴマ(Open Sesame)」から名付けた理由は?
緒方:ブランド名をつける時に何か引っかかりを感じてもらえて、不思議だと思ってもらえる名前を考えようと思いました。「オープン セサミ」という言葉が、未知の扉を開いて新しいものに出会うことや挑戦の比喩でもあるので、着てもらう人の新しい出会いや挑戦、生活を後押しできるようにという意味と、自分自身にも「新しくブランドを立ち上げて頑張ろう」みたいな、そういうポジティブなメッセージも含まれています(笑)。
――自分への後押しという意味もあったんですね。果物のドリアンをイメージさせる“durian”シリーズが人気です。あの不思議な形のニットが生まれた経緯は?
緒方:本当に世の中にはたくさんのブランドがあります。同じラックに掛かっている時に、ラックに埋もれてしまう服だと、なかなか見てもらえません。ラックに掛かった服を見て、「なんだろう?」と感じて見てもらえるような、ブランドのアイコンになる服って何?と、それをずっと考えていたんです。
――創作のヒントはどこから?
緒方:今も資料を探しに通う母校の図書館で見つけた、90年代の手編みの本の中に、トゲトゲの編み地の編み方が載っていて、尾州のマテリアルセンターを訪れた時も、同じように角がある編み地をストックの中に見つけました。この編み地自体は古くからずっとあるものだと思いますが、ハードに見える得体の知れない形をかわいらしく、女性らしくデザインに落とし込んだアイテムが“durian”シリーズになります。

――試作の編み地であるスワッチで感じたおもしろさを、商品として形にする際に大切にしていることは?
緒方:一目見て「かわいいから、これを作ろう」という感覚ではなくて、「これがかわいいと思う理由は、どこから来ているんだろう?」と掘り下げます。このかわいさだけは絶対残したいという点をしっかり工場に伝えないと、せっかくのかわいさがそぎ落とされてしまいます。仕様書をさっと書いて工場に送っても、上がってくるものが決してよかったりしないのが本当に難しいんですけど、でもそれがニット作りのおもしろさでもあります。
――ニット素材を選ぶ時には肌触りやデザイン性など、いろいろなポイントがあると思います。
緒方:リアルな生活で着ていて、着心地にストレスがなくイージーケアができて、生活に寄り添えているかどうかが重要です。最初に思い浮かんだ編み地の立体感が出やすいかどうかも、素材選びのポイントになっています。さらに自分が大切にしたい部分が、環境のことに配慮されているかどうかです。
――25年春夏では一部にリサイクルナイロンを使い、環境負荷の少ない方法でビンテージ加工を施しています。環境に問題意識を持ったきっかけは?
緒方:アパレル業界で商談していると、ヨーロッパの糸は環境問題を意識したものが作られていると知ります。本当に環境に対して考えないといけない時代なんだと。同時に自分に子どもができたタイミングもあって、この子たちが大きくなった未来のことも考えるようになりました。私が小さい時からゴミの問題を小学校で習い、将来はいろいろなものが開発され、問題が全部クリアになるんだろうと、何となく想像していました。でも、今も状況はあまり変わってない印象で、この子たちが大きくなった時はどうなるんだろうと感じています。
――現在はドネーション(寄付)の活動もされています。
緒方:25年春夏の展示会でイベントを開催した時、サブラインみたいな形でグッズ的アイテムを作り、ドネーションとして販売しました。これは社会情勢を考えて医療活動の援助にあてていますが、今後も続けていきたいです。ドネーションだから買ってもらうのではなく、プロダクトがおもしろくて欲しいとなり、「実はドネーションなんだ」と感じてもらえるものが作れたらいいなと思っています。
実験的な技術と毎日の快適さが一つになったコレクション

――25年春夏コレクションのテーマについて教えてください。
緒方:「記憶すること」がテーマです。今回は形状記憶ができるような素材を使い、ブランド独特の編み方を洋服に記憶させる意味合いを持たせました。ストーンウォッシュ、レーザーでダメージ加工風に見せたニット、個体差があるスプレーペイントのデニムも作り、「オープン セサミ クラブ」が洋服自体にいろいろなものを記憶させていく部分と、買っていく人がその服を着ていろいろな記憶を重ねていく部分をテーマにしています。
――花を撮影した写真のファイルのサムネイル画像から生まれた、フラワーブロックシリーズが色鮮やか。デザインの発想は日常のシーンから得ることが多いのですか?
緒方:24年秋冬で作ったお花のジャカードは、私が着ていたカーディガンをポイっとして裏返った時に見えた始末がヒントになっています。古着だったので始末が今では見られないグチャグチャさでしたが、それが逆にかわいいと思ったことがきっかけでした。25年春夏で発表したレーザーでダメージ加工したニットは、子どもと影絵の遊びをしている時に「この感覚をダメージでやったらかわいいのかな?」と思い浮かんだものですし、何でもない時に「あっ」と思ったことをインスピレーションにしています。
――布帛アイテムにも取り組みジーンズを発表。色の表現が特徴的なボトムですが、これにはどんな加工が?
緒方:ジーンズは2型発表しました。キャッチーな見え方のジーンズはスプレープリントをしています。24年秋冬に発表した、ズレて見えるデザインのボトムが気に入っていたんですけど、同じ色だとディテールが分かりにくかったんです。そこで、「ズレ」を強調する加工を入れたいと思い、素材をウールからデニムに置き換えました。製品になったホワイトデニムを加工屋さんでスプレーペイントをしてもらい、高圧プレスで光沢を出しています。ジーンズをフラットに置いてペイントするので、着た時に生まれるズレがレイヤードのように見えるおもしろい加工になっています。
――展示会に並んでいたニットアイテムはすべて洗うことができて、アイロンいらずなんですね。
緒方:本当に毎日バタバタ過ごしているので、アイロン掛けやクリーニングが必要な服の出番が少なくなっています(笑)。さっと綺麗に着られて、おうちで簡単にお手入れできるものをすごい頻度で着ています。みなさん、家庭や仕事もあり、推し活もあったりとか、やっぱり忙しいと思いますし、「オープン セサミ クラブ」をどんどん着てもらいたい気持ちもあって、アイロンいらずにしています。今回の展示会ではスチーマーを1回も当てずに設営できて、なんかもう「自分ありがとう」という感じでした(笑)。
――現在の卸先は「伊勢丹新宿本店」「ビームス(BEAMS)」「ビューティ&ユース ユナイテッドアローズ(BEAUTY & YOUTH UNITED ARROWS)」「エストネーション(ESTNATION)」「ジャーナル スタンダード(JOURNAL STANDARD)」など、国内有数のセレクトショップも多いです。バイヤーからどんな評価を?
緒方:バイヤーさんとはいつも楽しく商談させてもらっていて、「かわいい」という声や、カラーが綺麗なこと、おもしろい編み地、おもちゃっぽい雰囲気を評価してもらっていますが、見た目に反する機能性、洗いやすさや着心地について説明していくと、さらに喜んでもらえています。素材を選ぶ時は見た目がかわいいのは当たり前で、出張へ行ったり、旅行に行ったりする時に自分が作った洋服を着たいと思っています。25年春夏も、出張先と旅行先でもまったくシワにならなくて、そのまま着られることが大切でした。
――今後はコラボレーションのように、誰かと組むことは考えていますか? また、これからブランドを成長させるために、取捨選択を迫られることもあり得るのではないかと思います。そこでブランドとして、ここだけは譲れないという点があったら教えてください。
緒方:本当に自分の作りたいものを大切にしていきたいです。今はブランド規模も小さいので、お客さんに何か楽しんでもらえるようなコンテンツを増やし、コンセプトや取り組みをたくさん知ってもらうファン作りができたらいいなと思っています。誰かと組む時は企業というよりは、身近に一人でもの作りの活動をしている人たちがいるので、そういう人たちと何かおもしろい取り組みがしてみたいです。おもしろいこと、新しいことにどんどん挑戦していきたいです。
PHOTOS:RIE AMANO