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スタートアップ支援の「ケリング・ジェネレーション・アワード」が日本初開催 CSOが語る “破壊的イノベーション”の重要性

PROFILE: マリー=クレール・ダヴー/ケリング チーフ・サステナビリティ・オフィサー(CSO)兼渉外担当責任者 

マリー=クレール・ダヴー/ケリング チーフ・サステナビリティ・オフィサー(CSO)兼渉外担当責任者 
PROFILE: ジャン=ピエール・ラファラン元フランス首相の内閣のテクニカル・アドバイザーとしてキャリアをスタートさせた後、セルジュ・ルペルティエ元フランス環境・持続可能開発大臣の個人秘書に就任。2005年にはサノフィ・アベンティス・グループのサステナブル部門におけるディレクターに就任した。07年から12年まで、フランス環境・持続可能開発省などにおいて、当時の環境・持続可能開発・運輸住宅大臣、ナタリー・コシュースコ=モリゼのチーフスタッフを務めた。12年にケリングのチーフ・サステナビリティ・オフィサー兼国際機関渉外担当責任者に就任し、ケリングやグループのブランドのサステナビリティ戦略を担当。フランス国籍。パリ生命・食品・環境科学技術研究所(ENGREF)卒業。パリ・ドフィーヌ大学にて行政学の高等教育研究専門免状(DESS)を取得 PHOTO:©CAROLE BELLAICHE

「未来のラグジュアリーを創造する」をビジョンに掲げるケリング(KERING)は、サステナビリティ戦略の一環として、日本に事業拠点があるスタートアップ企業にした「ケリング・ジェネレーション・アワード(KERING GENERATION AWARD)」を初開催する。2018年に中国でスタートした同アワードの目的は、ラグジュアリー、ファッション、ビューティ分野における持続可能なイノベーションの加速させること。技術力の高さや革新性、環境・社会へのインパクト、ファッション・ビューティ業界での活用などを基準に選ばれた最優秀企業には賞金1000万円が贈られるほか、上位3社にはヨーロッパでの研修やネットワーキングの機会などが与えられる。現在公式ウェブサイトで応募を受け付け中で、4月8日には東京、10日には大阪でプログラムの説明会とローンチイベントも開催予定だ。日本での開催の理由やアワードにかける思いをマリー=クレール・ダヴー(Marie-Claire Daveu) チーフ・サステナビリティ・オフィサー(CSO)兼渉外担当責任者に聞いた。

破壊的イノベーションにはスタートアップ企業との連携が必要

WWD:「ケリング・ジェネレーション・アワード」をスタートした背景は?

マリー=クレール・ダヴー ケリングCSO兼渉外担当責任者(以下、ダヴー):何よりもまず、ケリングにとってサステナビリティは戦略の一貫だ。全てのファッション企業にとってサステナビリティはマストであり、それ抜きで事業を立ち上げたり発展させたりすることはできない。そして、たとえパラダイム(規範的な考え方)を変える準備ができていなかったとしても、私たちが取り組むあらゆる最善策をスケールアップする必要があると信じている。そのために欠かせないのが、イノベーションだ。そこには、クラシカルなイノベーションと破壊的イノベーションがあると考えている。クラシカルなイノベーションとは、例えば技術の力を生かしてリサイクルやアップサイクルをより大きな規模で行うこと。規模とスピードの問題だ。一方、破壊的イノベーションとは、微生物を使用したエコな染色技術など、研究室から生まれるようなもの。その実現には、スタートアップ企業と密接に協力し、革新にとって最も重要な場所からイノベーションを起こす必要がある。そこで、まずは私たちの拠点であるヨーロッパでの取り組みとして、13年に社内にマテリアル・イノベーション・ラボ(サステナブルな素材を追求する研究所)を新設したほか、17年にはアムステルダムを拠点にグローバル・イノベーション・プラットフォームのプラグ・アンド・プレイ(PLUG AND PLAY)と提携してアクセラレーター・プログラムを立ち上げた。

そんなヨーロッパでの活動と同じ精神で、アジアのスタートアップ企業と密接に連携することができないかと考えたのが、アワード開催のきっかけだ。先にスタートした中国では、たとえファッションやラグジュアリーの分野で直接ビジネスを行っていなくてもサステナビリティの分野で素晴らしい仕事をしている企業に出会い、感銘を受けた。そして昨夏に訪れた日本でも数々の興味深いスタートアップの起業家と交流し、日本でのアワード開催が素晴らしい機会になると確信した。というのも、日本にはラグジュアリーのサヴォアフェールや職人に対する深い理解があり、日本でもサステナビリティへの意識がますます高まっていることを感じているから。海に囲まれているという地理的背景から、海洋問題に向き合う革新的なアイデアを持ったスタートアップ企業もあると期待している。

WWD:日本初開催となる今回のメーンテーマは、「サステナブルファッション&ビューティ」。製品のライフサイクルにおける重要な段階である「代替原材料・素材」「製造工程」「リテール」「消費者エンゲージメント」という4つのサブテーマに取り組む企業を募集している。中国版よりも幅広い企業を対象にしている印象だが。

ダヴー:初開催となる今回は、まず日本のエコシステムとイノベーションについて理解を深める必要があると考えているためだ。もちろん、事前にさまざまなトピックに関するリサーチを行って知見を深めたが、それだけでは十分ではないと感じている。また、23年に新たにケリング ボーテが設立されたので、今回初めてビューティも対象になる。ただ、次回からはより具体的なテーマに焦点を絞ることになるだろう。

WWD:審査員には、フランソワ・アンリ・ピノー(Francois-Henri Pinault)=ケリング会長兼最高経営責任者(CEO)をはじめ、ラファエラ・コルナッジャ(Rafaella Cornaggia)=ケリング ボーテCEO、ティエリ・マルティ(Thierry Marty)=ケリング ノースおよびサウスイーストアジア プレジデント、ダヴーCSOが名を連ねる。また、日本の外部審査員も加わるというが、人選で意識したことは?

ダヴー:多様性のある審査員団を作ること。サステナビリティやファッション、ビューティーからビジネスや財務、技術、学術まで異なる専門知識や背景を持った人を選んでいる。ケリングは男女平等の促進にも注力しているので、もちろん男女のバランスも大切だ。

賞金1000万円よりも価値のあるもの

WWD:最優秀企業には賞金1000万円が贈られる。その使途にルールはあるのか?

ダヴー:いいえ、ない。「最優秀」に選ばれるというのは、私たちがそのビジネスモデルや事業開発計画を信頼しているから。もちろん資金はスタートアップ企業にとって重要な要素だと思う。ただ、それ以上に彼らにとって価値があるのはビジビリティーとネットワーク、そして相互交流だろう。「ケリング・ジェネレーション・アワード」では選考を勝ち抜いたファイナリスト10社を対象に集中支援コースを実施する。そのため、受賞する上位3社に選ばれなくても、他の人たちの目に触れ、そこから新たな人脈や支援につながることもある。

WWD:上位3社には、パリで開催される地球の問題解決に取り組むチェンジメーカーが集う大型イベント「チェンジナウ(ChangeNOW)」への出展やケリング・グループのファッションおよびビューティネットワークとのミーティングの機会も与えられる。

ダヴー:「チェンジナウ」のようなイベントは、潜在投資家や他企業の経営幹部をはじめ、革新的なアイデアを売り込める人々と出会い、ビジネスを発展させることができる場になる。そして、他のスタートアップ企業やインフルエンサーなどとの交流によって、直接的なビジネスの関係ではなくともビジビリティーを高めることもできるだろう。また、ケリングとの取り組みを通じて、彼らはイノベーションやソリューションのスケールアップを実現可能だ。アワードで選出する時点で正確に将来どうなるかは分からないし、それぞれの企業の成長ステージは異なる。なので、私たちは短期的ではなく継続的に連絡を取り合い、彼らがさまざまな可能性を開花できるよう努めている。

WWD:一方、ケリングにとってアワードを開催するメリットは?

ダヴー:第一に、破壊的イノベーションこそ、ケリングが目標を達成するためのカギを握っているという事実がある。そのため、あらゆる面でサステナブルなイノベーションを後押しし、私たちが実行可能な革新的ソリューションを見出すことが必要だ。そして、ケリングはサステナビリティとイノベーションで高く評価されるようになったが、全てのイノベーションを自分たちだけで独占せず、他の企業が活用することを促している。私たちが見出した革新的なアイデアを他社が採用するのは、私たちにとってはこの上なく幸せなことだ。

WWD:中国版の歴代受賞者のアイデアをケリングの事業や活動に採用した具体例はあるか?

ダヴー:事業に採用された例は、現時点ではまだない。というのも、イノベーションは常にとても複雑だから。私たちが手掛けているのはラグジュアリーなアイテムであり、スタートアップ企業にもラグジュアリーの基準をクリアしていることを求める。それは、なかなかチャレンジングなことだ。例えば、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」はキノコの菌糸から作られるマッシュルームレザーを使ったことがあるが、商品化には改良を重ねる必要があった。逆を言えば、ケリングのようなラグジュアリー企業と取り組むことで、スタートアップ企業は自らのスタンダードを大幅に引き上げることができる。

WWD:日本でのアワードは、スタートアップ成長支援を行うCIC インスティチュートの協力のもと開催する。CICインスティチュートをパートナーに選んだ理由は?

ダヴー:重視したのは、日本のエコシステムを熟知しているだけでなく、ケリングの求めるものやスタンダードを理解できる組織とタッグを組むこと。もちろん、社内のサステナビリティ&イノベーション専任スタッフと密に連携でき、日本のスタートアップ企業と技術的な話もできる言語能力も必要だが、それだけでは十分ではない。なぜなら、私たちはただ斬新なイノベーションを求めているわけではなく、事業において実現可能なイノベーションを見出したいから。質が高く、地球に良い変化をもたらすと確信できるスタートアップ企業を選出したい。そのため、現地の強力なパートナーが必要だった。

大切なのは、物事を変える意欲

WWD:最後に、これからサステナビリティ関連のスタートアップ企業設立を考える学生や駆け出しの若手起業家に必要なマインドセットは?

ダヴー:何より大切なのは、物事を変える意欲だ。サステナビリティ関連のスタートアップを立ち上げるのは容易くないので、障壁を飛び越える大きな原動力が必要であり、完璧ではなくても自分が信じるソリューションによって現状を変えていくという意欲的なマインドが欠かせない。サステナビリティにまつわるイノベーションの多くは微生物など生物学を強く結び付いていて、時間を要する。それに、投資家から投資を受けられるようになるまでにも時間がかかりうる。そのため、他のイノベーションの領域よりもおそらく挑戦的だろう。だからこそ高い意欲が必要であり、さらに小さくても相互補完を考えた多様性のあるチームを作ることも大切。そして、すぐにはうまくいかなくても続けることだ。今若者たちが取り組んでいることは素晴らしく、本当にクリエイティブ。彼らは自分たちが見ている世界を変えたいと考えていて、リスクを取る覚悟ができている。それは簡単なことではない。だからこそ、大企業が彼らをしっかりとサポートすることが重要だと思う。

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