ファッション
連載 鈴木敏仁のUSリポート

なぜギャップはわずか1年でリテールメディアから撤退したのか【鈴木敏仁USリポート】

 アメリカ在住30年の鈴木敏仁氏が、現地のファッション&ビューティの最新ニュースを詳しく解説する連載。近年、米国の小売業ではリテールメディアに進出する動きが増えた。リテールメディアとは、小売企業が自社で保有する消費者の購買データなどを活用して広告を効果的に配信するビジネスのこと。だが、ギャップは進出1年で撤退を発表した。うまくいく企業といかない企業はどんな差があるのか。

 ギャップ(GAP)がリテールメディアから撤退すると発表した。昨年2月に開始を宣言、「GPSメディア(GPS Media)」という名称でブランドメーカーに売り込んだが、わずか1年でやめることとなった。業界誌の取材に対して「BtoBチームが複数のプロジェクトを通して実験と学習を続けたが、大きな需要と勢いがあるビジネスに焦点をあてることにした」と回答している。需要と勢いがあるビジネスとはロジスティックスやフルフィルメントである。

 リテールメディアはここ数年アメリカでは最もホットな分野で、今やほとんどの大手チェーンストアが導入しているのだが、ギャップの撤退はこのビジネスが容易なものではないことを示唆している。

アマゾンは5兆円規模のビジネスに

 最初に確認しておくが、いま流行しているリテールメディアとはデジタル広告が主体である。具体的にはウェブサイトやアプリ上のクリックやインプレッションによるデジタル販促で、店頭のデジタルメディアは別の話となる。ウォルマート(WALMART)がデータを使ってセルフレジのディスプレーにカスタマイズ広告を表示する実験を開始しているが、まだ始まったばかりで効果は未知数だ。

 このリテールメディアがアメリカの小売業界に浸透したきっかけを作ったのはアマゾン(AMAZON)である。決算書上に独立事業として掲載しはじめたのが2019年度からで、126億ドル(19年度)、198億ドル(20年度)、312億ドル(21年度)と順調に成長し、そして昨年度は377億ドルを売り上げている。135円で換算すると5兆円事業にまで育った。

 一般的にデジタル広告の荒利益率は50~70%とされている。EC企業ならばもともと基本的なシステムは持っており、新規の大きな投資は不要、技術力と集客力さえあれば儲かる付帯事業である。

 一方ウォルマートもここ数年本腰を入れている。デジタル広告事業強化の動きが出始めたのが18年で、19年にはテクノジーの自製化を開始している。アマゾンによる業績公開の年とウォルマートの動きがシンクしており、アマゾンが巨人ウォルマートを動かしたのは確実だと思っている。

 そしてこの頃から大手小売企業が続々とデジタル広告の自社事業化を開始した。ターゲット(TARGET)は「ラウンデル」、クローガー(KROGER)は「プレシジョン・マーケティング」、ホームデポ(HOME DEPO)の「リテールメディア+」等々、みなユニークな事業名を持っており、ギャップの「GPSメディア」はその一つとして登場し、あっという間に消滅したということになる。

 リテールメディアは新興分野ということもあってマクロな市場データは分析企業によってまちまちなのだが、eMarketerによると今年の予測は520億ドルで、24年には610億ドルに成長するだろうとされている。日本円で8兆円を超えるのである。

 賢明な読者ならここでお気づきだと思うが、アマゾンの占めるシェアは半分以上と推定することができる。これにウォルマートとターゲットといった大手数社を加えて全体の3分の2以上を占めていると見られている。

 分母が増えているのでゼロサムゲームではないのだが、すでに大手企業に集約されているのは、ブランドメーカーにとっては規模の大きな小売企業の方がリターンを期待できるからだろう。

まだまだ発展途上の新ビジネス

 ギャップが撤退した理由はいくつか推測することができる。1つめはウォルマートやアマゾンのようなマス市場での強い集客力を持つか、またはクローガーやベストバイ(BEST BUY)のようなカテゴリー内での大きなシェアを持たないと、データ量が十分とは言えずブランドメーカーにとって魅力的とは言えないということである。

 2つ目はギャップ自身がブランドなので、他のブランドメーカーの広告を売るプラットフォームとして弱いのである。この点についてギャップはもちろん理解していたようで、小売以外の映画やエンタメといった他業界へ売ることを考えていたようなのだが成功しなかった。おそらく1つめの理由が大きかったのだろう。

 冒頭で「BtoBチームがロジスティックスやフルフィルメントに焦点を当てる」と書いたが、これは自社のEC関連機能を他社に売ることを意味している。アマゾンのFBA(Fulfillment by Amazon)にあたるサービスでギャップは既に販売を開始している。

 例えばアメリカンイーグル・アウトフィッターズ(AMERICAN EAGLE OUTFITTERS)はフルフィルメントセンターを運営しているクワイエット・ロジスティックス(Quiet Logistics)を21年に買収しているが、このクワイエットは今も他の衣料チェーンやブランドのフルフィルメントをサードパーティとして請け負っており、結果としてアメリカンイーグルは自社フルフィルメント機能を他社に販売していることになる。

 ウォルマートはフルフィルメント、ECシステム、そして即配を他社に販売しており、アメリカの小売業界ではもはや珍しいことではない。フルフィルメントや即配の余剰キャパを他社に売るという考え方はアマゾンが道を作ったものだが、BtoCでは儲けのなかなか出ないECにおいてはBtoBを強化して利益化を図る考え方は重要だ。デジタル広告もその一環である。

 参考までに、ANA(全米広告協会)の調査によると、デジタル広告を買う企業の88%が「広告せよという小売企業による影響を受けている」と答えている。リテールメディアに投資するときに、「reluctant buyers(気が進まないバイヤー)」が「have to buy(買わねばならない)」な状況に追い込まれたと感じているという記述もある。90%近くの広告バイヤーが、広告セラーとしての小売企業に強く売り込まれてしぶしぶ買っているというわけで、よくある話ではある。

 一方で52%はあと2年でリテールメディアは価値ある広告ツールになると答えている。市場は大きく育っているが、ブランドメーカーが必ずしもみな満足しているわけではなくて、今後に期待しているのが現状なのだ。この分野はいまだ発展途上なのである。

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