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日本人初のイエール国際フェスティバル写真部門グランプリ受賞 中谷幹の経歴と創作に迫る

PROFILE: 中谷幹/フォトグラファー

中谷幹/フォトグラファー
PROFILE: PROFILE:1993年、京都生まれ。大阪で育ち、18歳でアメリカに渡り、ミネソタで2年間学んだ後、フォトジャーナリストとして活動を始める。その後フランスに渡り、2020年にENSBAリヨンで国家美術ディプロマ(DNA)を取得。写真家として10年以上活動している。Instagram: motokinakatani

第41回イエール国際フェスティバルの写真部門で、中谷幹が日本人初のグランプリを受賞した。エグゼクティブ・ディレクターに就任したユーゴ・ルッキーノ(Hugo Lucchino)のもと、新体制で迎えた第41回は、10月15〜18日にフランス・イエールのヴィラ・ノアイユで開催された。同フェスティバルは、南フランスのヴァール県の町イエールで毎年開かれる、若手クリエイターの登竜門として知られるコンテスト型フェスティバルだ。1986年、当時学生だったジャン=ピエール・ブラン(Jean-Pierre Blanc)が故郷の町で「ヨーロッパ若手スタイリスト・サロン」を始めたのが起源で、モード、写真、モードアクセサリーの分野で若手の仕事を後押しすることを目的とする。世界各地から寄せられた応募作品の審査を経て、ファイナリスト10人が選出され、フェスティバル期間中のショーや展示を経てグランプリが選ばれる。グランプリ受賞者には、2万ユーロの賞金、展示、写真集の出版、工芸工房とのコラボレーション制作など、部門ごとに異なるさまざまな支援が提供される。

今回、写真部門でグランプリを受賞した中谷幹は、18歳で日本を離れ、アメリカからフランスへと渡った。これまでの歩みや自身の創作について直接話を聞いた。

――写真を始めたきっかけは?

中谷幹(以下、中谷):いつも例えるのは、クラブに行くとDJが羨ましくなるということ。そこにいる役割があるじゃないですか。写真家、特にドキュメンタリーの作家も、その場所にいてもいい役割があるっていうのが羨ましくて。もっと前の話だと、最初にアメリカに行った時、ホストファミリーのもとに滞在していて、家族旅行に小さいカメラを持っていったんです。そこで役割を持っているという安心感と、居場所が見つかったような感覚がありました。

衝撃を受けた映画はあるんですけど、きっかけとなる写真はないです。もともと映画の道に進みたかったんですが、公立の学校だったので、専門的な授業はなく、どちらかというとテレビ制作の方が多くて、映画の授業はほとんどありませんでした。キューブリックとか有名な監督の多くが写真から始めたっていうのを知って、アメリカでフォトジャーナリズムから始めました。

――今までの経歴や活動について詳しく教えてください。

中谷:リヨンに渡ってからは、学校でファインアートを学びつつ、周りの影響もあってファッションにも手を広げました。リヨンで有名な「クローコーン」というグループに入って、ファッション関連の活動をしていました。当時盛り上がっていた「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」などを取り扱っていたセレクトショップの広告写真を撮るようになりました。そのバランスが今に生きてきたというか、片足はファッション、もう片足はアートに置くというスタンスが、自分にとっては大事です。

その後、パリに引っ越し、生活のためにフリーランスのレタッチャーを始めました。毎日さまざまな種類のエディトリアルや物撮りなどの写真も見られて、ライティングも学べたのは良い経験でした。同時に個人的なパーソナルワークも続けていたんですが、それほど本気ではなく、本当にたまにギターを弾くような感じでした。ここ1年半ほどで写真の本を読んだり、写真家の話を聞いたりして、休みがあれば図書館で写真を見あさって、やっと本気で取り組むようになりました。

お笑いと反骨精神が生む独自の表現

――創作におけるインスピレーションは?

中谷:お笑いが大好きです。お笑い芸人って普段あったことをちょっと歪めて話すじゃないですか。それが本当に好きで。僕の作品もそこがベースになっています。面白くないことを歪めることで面白くする。それ以外にも結構いろんな要素があるんですけど。自分が3年前に親になり、家で過ごす時間が増えたことで、家のものだけで物撮りをすることになったこととか。レタッチャーでありながら、実際にある物の存在を消すことに違和感があったし、最後に全てを直す仕事だけど、普段はクレジットにも載らない、何の印も残せない。それはおかしいなと思っていました。だったら逆に、僕がいた印を残すように、フォトショップを使っていること自体を表したらどうなるか、という反骨精神もあります。

――インスピレーションはどのように作品に表現されていると思いますか?

中谷:僕は即興的ではなくて、階段を上るように一つ一つ作り上げていく論理的なタイプです。例えば、コマーシャルワークで電気自動車の黄色いコンセントを消さないといけない場合、自分の作品ではそれをメインキャラクターとして撮ってみる。そうやって逆のことを試してみたり、ゼロからは作れないので発想の視点を変えたり、2つのアイデアを1つに落とし込んだりして表現を形にしています。

ただ、いろいろな人に僕の作品は「トリッピーだ」と言われます。フォトショップで多くの写真を見すぎたせいで、普段はレタッチで消すべきものを、逆に作り出す方向に視点が向いたりもします。そもそも、なぜプロダクト写真はそんなにクリーンでなければいけないのか。論理的な理由があるわけではないですけど、経験としてそういう視点ができてしまいました。今回の作品もオプティカル・イリュージョン的なものが多いです。レタッチャーとしての経験は、今の表現にかなり反映されています。それがなければ、ここまでの表現や作品は作れなかったと思います。

ファッションとアートの狭間で描く未来

――今回受賞した作品やシリーズに関して教えてください。

中谷:「Dot field dot」は、実際の物体とデジタルを組み合わせた抽象的な静物写真のシリーズです。

まず、道にボロボロの風車が落ちているのを見つけて、レタッチャーとしての目がそのドット模様に惹かれました。穴を開けた最初の作品だと思います。たまたま子どもに買ったステッカーを奥に置くと、同じサイズのドットになります。風車はボリュームのあるオブジェクトなので、動きによって黒い丸が歪み、どれがステッカーで、どれが風車の丸かが分かります。2Dと3Dの違いのような、僕のやっていることが分かりやすい作品だと思います。

この作品は娘のおもちゃをつぶした後に残ったものをじっと見ていたら、後ろにあるものが見えるようで見えない、その曖昧さに惹かれました。そこに透明なグラスやボールを入れてみました。昔の物撮りの写真家が試みた、物を物として写さないという表現から発想を得ています。

これは半分本物で半分フォトショップです。一番右のスプーンは紙でできているので、穴を開けるのは簡単です。真ん中は粘土製、左は鉄製で、この2つはフォトショップで穴を開けています。一つでも本物があることによって、他が本物でなくとも、リアリティーが増すんです。本当の話を混ぜないと嘘が本物にならない。だから、いつも嘘の中に本物を混ぜていますね。

今はAIやフォトショップで作れるような絵を、あえて自分の手でセットを組んで撮影しています。AIに逆行する作品というのが重要なポイントです。AIが一番苦手で、コピーしにくいところを、僕はわざと作り上げて写真に収める。これも一種の反骨精神です。

――今回の受賞の感想と今後の展望について教えてください。

中谷:実は学校を出てすぐに、一度だけこのコンテストに応募したんですが、一次選考も通らなかったんです。それ以来、いつも応募期間を逃していたのですが、今回、友達がリマインドしてくれて、やっと応募でき、賞もいただけてとてもうれしいです。

考えてみると、このコンテストはファッションと写真の間にあるようなものなので、その間で活動してきた僕には合っていた気がします。人生でもファッションと芸術の間を横断しているのだから、ぴったりでした。審査員に「ファッション写真をやりたいか?」って聞かれたんですけど、自分の作品のパロディーにならなければやりたいですね。コマーシャルワークには反対じゃないですし、自分の好きなことは続けていきたいです。結局どういう形で出すかが課題ですね。ファインアートの写真家としても変わらず活動していきます。シンディ・シャーマン(Cindy Sherman)は、自分の作品を作りながら「コム デ ギャルソン(COMME DES GARCONS)」などの広告写真にも妥協せずに、本当に自由な環境でモノ作りをしています。そういう活動を目指したいですね。

来年は同じ会場での個展や、11月の「パリ・フォト(Paris Photo)」での展示に加えて、写真集の出版などが控えているので、そこに焦点を当てていきたいです。今回のシリーズで1冊だけ作っているので、さらに広げていきたいです。毎年、2冊作るのが目標です。

――日本人初の受賞をどのように捉えますか?

中谷:海外のメディアでは「日本人初」などとは言わないじゃないですか。国籍で判断していないのだと思うんですけど。ただ、日本人で初めて受賞できたことは本当にうれしいですし、日本人が世界で活躍できる機会は頻繁にあることではないので誇らしいです。日本の若い人たちにも届いて、「ここにも応募できるんだ」っていうモチベーションになるのが一番重要だと思います。自分も日本人として、今後多くの人が世界で活躍するきっかけの一つとなれればうれしいですし、勤勉さや努力家な部分を生かして、高みを目指していきたいです。

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