PROFILE: 坂本真樹/電気通信大学教授・副学長

化粧品業界のPRや製品説明には、「しっとり」「さらさら」「ぷるぷる」といったオノマトペが多用されている。しかし、似た言葉でも人に与える印象が異なることや消費者の製品評価との関係についてはあまり知られていない。こうした言葉が人に与える印象を数値化し、製品開発への応用を研究している電気通信大学の坂本真樹教授に、消費者の口コミから製品開発活用できるヒントの見つけ方や新しいオノマトペが生む需要、海外展開への活用の可能性などを聞いた。
「ぷるぷる」と「ぷるん」の違い
WWD:化粧品業界ではオノマトペが多く使われている。
坂本真樹・電気通信大学教授(以下、坂本):化粧品は五感が重要なものだからです。手触りはもちろん、容器を開けた瞬間の香りや仕上がりの艶感。オノマトペは五感全部を1つの言葉で表現できるので親和性が高いのではないでしょうか。
以前、外資系の化粧品企業と研究した際にも話題に上がりましたが、英語で「sticky(粘着性のある様子を表す形容詞)」と表現されるような感覚も、オノマトペでは「ベタベタ」と「しっとり」で使い分けることができます。状態は似ていても、そこに好ましさがあるかどうか。そうした微妙なニュアンスまで一言で伝えられるのがオノマトペの優位点です。
WWD:「ぷるぷる」「ぷるん」「ぷるっ」など、似た表現も数多くある。
坂本:全く同じ意味ならば、その表現は生まれません。「ぷるん」と「ぷるぷる」はどちらもみずみずしさや弾力を感じさせますが、「ぷるん」は一つにまとまった弾力や一瞬の弾むような感覚を表します。「ぷるぷる」はその動きや感覚が続く印象を与えます。
化粧品で置き換えるならば、容器のふたを開けたときにジェル状のものが揺れていれば「ぷるぷる」、肌につけた瞬間の感覚なら「ぷるん」と表現されるでしょう。髪も「さらさら」は連続した感覚ですが、「さらっ」となびいたといえば、一回の動きが想起される。言葉の繰り返しや促音(小さい「っ」)の有無が、体で感じる動きと結びついているんです。
WWD:そうした言葉の違いを数値化する研究をしている。
坂本:私はもともとAIが専門で、オノマトペを構成する一つ一つの音が人にどのような印象を与えるのかを研究してきました。その成果を基に、オノマトペから受ける印象を数値化するシステムを開発しました。
2018年に創業した感性AIでは、「感性AIアナリティクス」というシステムを展開しています。例えば「ぷるぷる」「ぷるっ」「ぷるん」を入力すると、柔らかさ、明るさ、滑らかさ、みずみずしさなどの印象を数値化し、それぞれの違いを可視化できます。
実際に比較すると、「ぷるん」は明るさや滑らかさ、「ぷるぷる」は柔らかさの印象が強く出ます。私たちは普段こうした数値を見て言葉を使い分けているわけではありませんが、感覚的に違いを捉えているんですね。
WWD:オノマトペの理解を深めることは企業にどのようなメリットがあるのか。
坂本:例えば、企業が「しっとり」と表現しているのに、口コミでは「ベタベタ」という言葉が使われていたら、消費者には好ましい保湿感として評価されていない可能性があります。逆に、想定していなかった「もちもち」という言葉が出てきたら、その製品には企業が気づいていなかった魅力があるかもしれない。口コミの中に使われているオノマトペに着目することで思いもよらぬ製品開発のヒントにつながる可能性があります。
WWD:ブランド側と一般消費者とで使用するオノマトペが異なることがあるのか。
坂本:以前、本物の金属と金属に似せた樹脂素材を使った研究をしたことがあります。実物には触れず、見た目から連想するオノマトペを答えてもらったところ、非専門家の人は「ざらざら」「つるつる」といった触覚を表す言葉を多く使う傾向がありました。一方、専門家からは「カクカク」や「ギザギザ」といった視覚を表す表現が頻出しました。やはり、そのものに日々向き合っている人と消費者とでは、着目する観点が違う部分があります。そういう意味では消費者が自然に使う言葉には専門家だけでは辿り着けない価値があるとも言えるでしょう。
また、この研究では、本物の金属の方が模造した素材よりも多くのオノマトペを想起させる傾向も見られました。化粧品の口コミに置き換えても、多様なオノマトペが頻出していれば消費者の感性に訴えることに成功したと言えると思います。
WWD:同じクリームでも「しっとり」と感じる人と「ベタベタ」と感じる人がいるのは言葉の捉え方の違いか。
坂本:「しっとり」という言葉から思い浮かべる印象は共通する部分があると考えています。ただ、目の前にあるものを「しっとり」と感じるかどうかは人によって違います。例えば、若い人にはベタベタすると感じられるハンドクリームでも、年齢を重ねた人にはこってりしていて好ましいと感じられるかもしれません。言葉が持つ印象と実際の製品に対する評価は分けて考える必要があります。
売れる製品の名前には音の共通点がある
WWD:製品名やキャッチコピーにもオノマトペの研究を生かせるのか。
坂本:以前、売上上位の製品名にどのような音の特徴があるのかを分析しました。例えば、アイスクリームやスナック菓子には「パピプペポ」の音が含まれる名前が多く、おむつには「ムーニー」「グーン」など長音を含む名前が見られます。長音からは伸縮性のような印象が連想されるからでしょう。化粧品を対象に実施していないのですが、売れている化粧品ブランドやアイテムのネーミングを集積して分析すると、何か共通点が見えてくるかもしれません。
「ちゅるん」「むちっ」
新しい言葉が需要を生む
WWD:最近は「ちゅるん」「じゅわっ」「むちっ」といった新しい質感表現も使われている。
坂本:日本語は一つ一つの音に印象があり、その組み合わせを変えることで新しいオノマトペを作ることができます。繰り返すか、促音や「ん」を入れるかなどで印象は変わります。
一般的な言葉は一部の音を変えると意味が通じなくなりますが、オノマトペは新しい組み合わせでも、何となく意味を想像できることがあります。私たちは日常生活の中で音と感覚の関係を身につけているからです。
WWD:新しく生まれたオノマトペの定着は何によって決まるのか。
坂本:表現する対象とその言葉のフィット感だと思います。「もふもふ」を事例に考えてみると分かりやすいかもしれません。「もふもふ」は比較的最近生まれた言葉です。起源は漫画と言われていますが、今は主に動物の毛の質感を表す表現として使われています。「ふわふわ」や「もこもこ」と似ているのですが、柔らかさに加えて暖かさや少し鈍い感じのニュアンスが加わります。これが、動物の毛の柔らかく暖かい感覚を表すのにぴったりだったので、ここまで一般化したのでしょう。
SNSの普及で新しい言葉は以前より広がりやすくなっています。かつては友人や家族の間だけで使われていた表現も、SNSに投稿すれば全国に、場合によっては海外にも広がります。
WWD:新しいオノマトペが生まれることで、それまで存在しなかった需要が生まれる可能性もある?
坂本:あると思います。新しい言葉を知ることでそれまで気づいていなかった質感に気づくようになるからです。
例えば「もふもふ」という言葉が広まると、人はその質感を意識するようになり、「もふもふしたものが欲しい」と思うようになる。その質感を求める人が増えれば、企業もそれに合った製品を開発するようになる。すると、さらにさまざまな「もふもふ」が登場し、今度はそれを超える質感を求めるようになるかもしれません。
WWD:SNSで話題になる言葉を作るインパクトは“売れる”以上に大きいかもしれない。
坂本:新しいオノマトペとの出合いは、自分の中の意識していなかった感覚を呼び起こすことがあります。単に話題になるだけでなく、発見できていなかった製品の魅力に気づきやすくなる。そこにオノマトペの大きな力があると思います。
日本の化粧品をオノマトペとともに海外へ
WWD:今、国策として日本の化粧品を海外に展開する動きが強まっている。日本語のオノマトペは海外市場でも強みになる?
坂本:可能性はあると思います。音から受ける印象には言語や文化を超えて共通する部分があるからです。例えば、丸い図形ととがった図形を見せて、「ブーバ」と「キキ」のどちらの名が合うかを尋ねる実験があります。多くの人は丸い方を「ブーバ」、とがった方を「キキ」と答えます。音そのものから受ける印象には、文化を超えて共通する部分があります。
ただし、海外の人が日本語と同じオノマトペを自発的に使えるわけではありません。例えば「ぷるぷる」と言われても、その意味を知らなければ分からない。でも、異なる音を聞いて、どちらが柔らかそうか、どちらが硬そうかといった印象を区別できる可能性はあります。だから、海外向けの製品名にオノマトペの音を取り入れることで、ある程度の印象を与えることなどはできそうです。
日本の漫画はオノマトペをそのまま残して海外で読まれているものもあります。漫画を通じて日本語のオノマトペに親しむ外国人も少なくありません。日本の化粧品は機能や性能だけでなく、使ったときにどう感じるかという感性価値にも強みがあると思っています。オノマトペとともに輸出することで、そうした化粧品の価値を有効に伝えることができるかもしれません。
WWD:今後、美容業界の製品開発やマーケティングにおいて言葉はどのような役割を担っていくか。
坂本:言葉は私たちが感じたことやその価値を表現するために欠かせないものです。特に日本語のオノマトペには、目に見えない質感を伝え、企業と消費者の感覚を橋渡しする力があると思います。
企業が伝えたい質感を言葉にし、消費者がその言葉から期待する。そして、実際の製品がその期待に応えられれば、納得して使い続けてもらえる。新しい言葉が生まれることで、消費者が今まで気づかなかった質感を発見することもある。オノマトペは製品を説明するだけでなく、化粧品を取り巻く人の感覚そのものを豊かにすることができると考えています。そうした広がりが作られていったら、楽しそうですね。
HAIR&MAKEUP:HITOMI UMEZAWA