
3月25〜31日の上海ファッションウィークで、アップルや「ディオール」などの欧米の有力ブランドが存在感を高めている。政治的緊張の高まりとは裏腹に、盛り上がりを見せる上海ファッションウィークを、オープンクローズの代表取締役がリポートした。
「アップル」「メゾン マルジェラ」「メルセデス・ベンツ」「ディオール」「モンクレール」「H&M」などのブランドが参加
今回の上海ファッションウィークにはアップル(Apple)、「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)、メルセデス・ベンツ(Mercedes-Benz)」、「ディオール(DIOR)」、「モンクレール(MONCLER)」、H&M、ケリング、ビザ(Visa)、アディダスADIDAS、ナイキ(NIKE)など、欧米のビッグブランドや企業が参加した。上海ファッションウィークを起点に中国市場に巨費を投じている。その狙いは何か?
この動きを象徴的に語れるのがアップル 50周年イベントだ。世界各地で開催された同イベントだが、アメリカ3都市に次いで中国では2都市で開催、成都での音楽ライブに並んで上海のファッションウィークが選ばれた。そしてフェン・チェン・ワン(FENG CHEN WANG)がファッションデザイナーとして全世界で唯一選ばれ、特別ランウェイを実施した。彼女はその数日前にも、自身の10周年のショーを行ったばかりだった。政治における米中関係とは対照的に、「若い中国の発信力を取り込もうとする50歳のアメリカ企業」という明白な構図が興味深い。
また世界的な大企業が上海を発表の場でありつつ、中国市場へ深く入り込むための入り口とも見なしていることは、「メゾン マルジェラ」の取組みからも鮮明だ。本国以外で初のショーを行った。クリエイティブ・ディレクターのグレン・マーティンスはコンテナ港で、パリの蚤の市にインスパイアされたプレタポルテとクチュールのコレクションを合同で発表した。上海を起点に北京、成都、深圳へと続いて、1989年から2025年までの58ルックを一般公開する。
メルセデス・ベンツは今回から上海ファッションウィークの公式パートナーとして復帰した。今年はメルセデス・ベンツ設立140周年、ファッション分野へのスポンサーシップ30周年、中国市場参入40周年にあたる。単なる資金提供ではなく、インスタレーションや分野横断型コラボレーションを通じて新しい姿勢をアピールした。
「ディオール」と「モンクレール」が支援した新プログラム「NEW WAVE」は、都市空間の中でブランドを体験する狙いで、市内6ヶ所で6人のデザイナーによるインスタレーションを実施。唯一海外企業が提供した会場が「House of H&M」だった。「House of H&M」は、25年9月に5層構造(3000㎡)の、中国最大級かつ初の体験型拠点で、全品目のアパレルに加え、中国初のHOME、カフェ、花店、ギャラリー、ライブ配信スタジオ、本社機能を融合した施設。
長期メディアパートナーである「ヴォーグ」は、「VOGUE China Fashion Fund」を立ち上げ、中国人デザイナー支援を打ち出した。単発の話題づくりではなく、育成と評価の仕組みを整えようとしている。そしてケリングも、「ケリング クラフト クリエイティブ・レジデンシー・プログラム」を初めて実施。ミラノ、パリ、上海を横断するプロジェクトを通じて、中国と海外のクリエイティブ・コミュニティの結びつきを強めることを目指している。Visaは上海ファッションウィークと関係をこの10年築いてきたが、先述のフェンチェンワンのショーモデルとして、同じくスポンサーするスピードスケートの劉兄弟を出演させて、さらに積極的な関与を示した。
「アディダスオリジナルス(adidas Originals)」は没入型の空間で、中国市場向けに開発した薄底スニーカーを主役に据え、中国のデザイナーブランドとの協業展示やポッドキャスト形式のトークを行った。上海ファッションウィークの公式認定をアディダスに奪われた格好のナイキは、非公式ながら二つのゲリラプロジェクトを実施。昔ながらの建物を「エアマックスデイ(AIRMAX DAY)というイベントのためだけにリノベーションし、「エアマックス」関連グッズとレトロなインスタレーションで埋めつくし、ストリートキッズたちのひっきりなしの訪問を集めた。さらに中国の有力ファッションレーベルの「レーベルフッド(LABELHOOD)」のショップで、中国文化にインスパイアされた特別モデルの発表も行った。
上海ファッションウィークのメインコンテンツであり、地方からの集客装置である合同展・ショールーム・ファッションショーは、市場の低迷と比例して参加企業が減っていることは否めない。それがかえって、中国人による中国人のためのファッションウィークだったものが、世界からの耳目を集めるファッションウィークとして転換。結果的に「世界との接続」を、一足飛びで実現する形となった。
これら昼間イベントだけでなくナイトライフにも、顔見知りの欧米の記者やラグジュアリーコングロマリットの担当者が積極的に顔を出しているのが印象に残った。彼らは自発的に夜回りして、デザイナーや関係者と積極的に交流し、この場のインサイダーになろうとする意欲が見て取れた。中国の文化発信力が世界企業を引き寄せ、各プレイヤーがそれぞれの思惑で網目を張り巡らせていた正真正銘のファッションウィークであった。