3月13日は「世界睡眠デー」だ。毎年春分の前の金曜日に制定された日で、睡眠の重要性について世界的に啓発が行われている。経済協力開発機構(OECD)が2021年に発表した、各国の平均睡眠時間の比較によると、日本は1日当たり7時間22分。先進国を中心とする33カ国の中で最も短く、慢性的な睡眠不足が指摘されている。特に働き世代や女性では睡眠不足の傾向が強い。そこで世界的に注目されている、良質な睡眠を求めて旅をする「スリープツーリズム」をリポートする。
今回の旅の目的地は、ベースレイヤーホテル名古屋錦だ。「ベースレイヤー」とは、登山やアウトドアで着用する最下層のインナー(肌着)を指す。吸汗速乾性に優れ、体温調整において重要な役割を担う。同ホテルは、「ビジネスからトラベルまで、年齢・性別・国籍を問わず、どんなお客さまにも新鮮な宿泊体験を提供するカルチャービジネスホテル」をコンセプトに昨年7月にオープンした。宿泊者のみが利用可能な予約制のプライベートサウナ(150分、6000〜1万2000円)に加え、家族向けの部屋(3万300円〜)や、サウナ付きの部屋(3万6900円〜)も備えている。
※宿泊日程や空室状況により価格は変動
ビジネスも旅行も支える、
快適な滞在のためのホテル設計
筆者が宿泊した“サウナ キング ルーム”(3万6900円〜)は、大型液晶テレビや立体音響のほか、ボタン式ロウリュで楽しめるサウナとゆったりとした“整い”スペースを備える。ベッドには、スリープパフォーマンスを追求したオーストラリア発寝具ブランド「コアラ(KOALA)」の“オリジナルコアラマットレス”を採用した。
同ホテルでは、クイーン以上の部屋と、サウナ付きの部屋に“コアラマットレス”を導入している。その経緯についてホテルの担当者は、「睡眠は、翌日のパフォーマンスに大きな影響を与える。ただ宿泊するだけのホテルではなく、体の内側から整えて、リラックス・調整できることを目指している」と語る。同社には「コアラ」のマットレスをプライベートで使用している社員が多く、品質の高さを実感していたことから採用したという。近年は、導入している寝具ブランドを明記するホテルも多く、消費者がホテルを選ぶ理由の一つになっている。
再出店を果たした「メゾン・イー」で
トリプトファンを含むメニューを堪能
1階には、オールデイダイニングとして「メゾン・イー(MAISON YWE)」が出店。栄・矢場町エリアで約9年にわたり愛されてきたカフェが、23年9月に閉店後、待望の再出店を果たした。モーニング、ランチ、カフェ、ディナー、バーなどさまざまなシーンに寄り添ったメニューを提供し、宿泊者以外も利用可能だ。
今回はスリープツーリズムの一環として、安眠を意識し、トリプトファンを含む食材を取り入れた料理をいただいた。トリプトファンは必須アミノ酸の一つで、「幸せホルモン」と呼ばれるセロトニンを経たのち、眠気を誘うメラトニンへと変化する。質の高い睡眠には、夜間に十分なメラトニンを分泌させることが重要で、そのためにトリプトファンを食品から摂取する必要があるといわれている。メラトニンの分泌までには14〜16時間かかるため、朝食で摂取するのが効果的だが、今回は旅の趣旨に合わせて夕食にも同成分を意識したメニューを選択した。
メインには“段戸山高原牛スジの赤ワインどて煮と酒粕クリームソース”(1800円)や“菰錦豚(こもきんとん)と季節のフルーツの台湾風酢豚”(1300円)を堪能。そして、“蕪と大根のパンナコッタ”(800円)や“恵那鶏のレモングラスとココナッツの唐揚げ”(1300円)なども楽しんだ。最後は、同店が以前カフェを営んでいた際にも人気を博したデザート“YWEのティラミス”(1100円)と“チーズケーキ”(880円)で締めくくった。さまざまな文化や料理の要素を組み合わせた創作性のある料理で、見た目も味も満足度が高い。
サウナ後の“サ飯”メニューも用意する。“鶏とレモンの本枯れ節のフォー”(1300円)はあっさりとした味わいで、水分や塩分、ミネラルを補給できる一品。サウナ後は発汗による塩分や糖分の減少、血行促進などで味覚がさえるとされ、体に染み渡る味わいだ。
サウナと“コアラマットレス”が
織りなすリラックス体験
夕食を終え、部屋に戻るといよいよサウナタイム。予約制のプライベートサウナのほか、一部の客室にはサウナが併設されているため、周囲を気にせずゆったり過ごせる。サウナはセルフロウリュが可能で、熱気と蒸気に包まれると日中の疲れがじわじわとほどけていく。
ホテル担当者によると、サウナで体の深部体温(脳や臓器など体の内部の温度)が上がると、その後体は約2時間かけてゆっくりと熱を放出。この放熱の過程が眠気を誘うとされ、入眠をスムーズにする効果が期待できるという。水風呂で体を引き締めた後、静かな整いスペースでしばらく体を休めると、熱が少しずつ落ち着き、体が眠りの準備に入っていくように感じられた。
その後部屋でゆっくり過ごしてからベッドに横たわると、“コアラマットレス”が体をしなやかに受け止めてくれる。振動吸収性に優れた設計のおかげで、寝返りを打ってもベッドの揺れが気にならない。サウナと寝具の相乗効果で、深い休息を実感した夜だった。
翌朝、目覚めると体が軽く、夜中に目を覚ますこともなくぐっすり眠れた。夜にサウナで体を温め、水風呂で引き締めた効果が、寝起きの爽快さにつながっているようだ。
朝食には、「メゾン・イー」でトリプトファンを含む“米粉と豆腐のクレープセット 蒸し鶏とナチュラルスモークチーズ”をいただいた。グルテンフリーのもちもち生地に、色鮮やかな野菜をたっぷりとのせたクレープで、夜のサウナで汗をかいた体に栄養が染み渡る。窓から差し込む朝の光や静かな空間の心地よさとともに、夜の休息の余韻をゆっくり味わう時間となった。
香りの力で安眠をサポート
良質な睡眠には香りの影響も大きく、ラベンダーやカモミールなどの香りは自律神経を整えて眠りをサポートするとされる。また自分の好みの香りを嗅ぐだけでも、心が落ち着き、安眠や疲労回復につながる。そこで今回は、1937年創業のお香専門店「香源 名古屋本店」でお香体験“香座”(5500円)に参加した。冒頭では、3カ月ごとに変わる“ミニ講義”で、香木の需要や高値の理由を市場価値の観点から学ぶ。その後は自分だけのお香を制作する体験に挑戦。リラックス効果を意識して、白檀をベースに桜と緑茶のオイル、さらに漢方を調合した。水と混ぜて練り上げ、好みの形に成形すれば完成だ。
自分の手で香りを作り上げる過程は、視覚や触覚、嗅覚を通じて静かに気持ちを整える時間になる。火をともすと、立ち上る香りに包まれて心身がゆったりほぐれていく。そんなひとときもまた、スリープツーリズムの醍醐味の一つだ。
スリープツーリズムを旅の選択肢に
スリープツーリズムは、慢性的な疲れや睡眠不足を感じている人や、日常生活から離れて心身をリセットしたい人に特におすすめしたい。観光を目的とした旅が、外の世界の刺激や体験を重視するのに対し、スリープツーリズムは旅先での滞在自体を「休息の時間」としてデザインするのが特徴だ。寝具や温浴、食事、香りなどを通じて心身の調整を意識することで、日常では味わいにくい深い休息を体験できる。世界睡眠デーに合わせ、自分の眠りを見直すきっかけとして、次の旅の選択肢にスリープツーリズムを加えてみてはいかがだろう。