サステナビリティ

なぜファーストリテイリングはスコープ3排出量削減目標を30%に引き上げたのか

ファーストリテイリングは11月19日に開催した説明会「LifeWear=新しい産業」で、サプライチェーン全体(スコープ3)における温室効果ガス排出量削減目標を、2030年までに30%へと引き上げる方針を発表した。スコープ3は原材料、生産、物流など外部要因の占める割合が大きく、一般に売り上げ成長との両立が難しいとされる領域だ。多くの企業が慎重な姿勢を崩せない中で、なぜ同社はこの最も難易度の高い目標を引き上げる判断ができたのか。

読み解く鍵は、削減努力の量ではなく、排出量をどう扱ってきたかにある。一般にスコープ3の排出量は、年度末に集計される「結果」として把握されがちだ。一方、同社では、排出量情報を生産や調達の意思決定と連動させる体制づくりを進めてきた。

象徴的なのが、「無駄なものを作らない、運ばない、売らない」を掲げて全社改革として進めている有明プロジェクトだ。同社は原材料、工場、物流それぞれの排出量について、実績だけでなく予測値までを可視化し、生産量、素材選択、販売計画と連動させてきた。どの素材をどれだけ使うか、どの工場で生産するかといった意思決定の時点で、排出量への影響を把握できる。スコープ3は「後から減らす対象」ではなく、「作る前に管理する変数」として扱える領域へと位置づけが変わりつつある。

「サステナブル素材」の再定義が、スコープ3を動かす

同社はこれまで、30年までに19年8月期比で20%削減する目標を掲げてきた。この目標に対し、24年8月期までに18.6%の削減を達成。当初の目標を期限前に達成できる見込みとなったことから、30年までの目標を30%へと引き上げた。

スコープ3目標を30%へと引き上げる判断に影響した要因の一つが、「サステナブル素材」の再定義だ。同社は25年9月、新たな原材料調達ガイドラインを策定し、素材評価の枠組みを更新した。温室効果ガス排出量を重要な軸としつつも、それだけでは不十分だと明確に線を引き、水使用量、土地利用、生物多様性、人権、動物福祉といった観点を含め、素材ごとに定性的・定量的な基準を設定している。

重要なのは、評価軸を増やしたこと自体ではない。原材料をスコープ3削減の「起点」として捉えた点にある。スコープ3の排出量は、製品段階で調整できる余地が限られている一方、どの原材料を選ぶかは排出量に大きな影響を与えうる。素材選択が、スコープ3の構造を左右する重要な要素になっているからだ。

その象徴が、リジェネラティブコットンの位置づけだ。環境再生型農法によって栽培されるこのコットンは、土壌の健全性や生態系の回復をめざしつつ、従来型コットンと比べて温室効果ガス排出量を約2割削減できる可能性が示されている。同社はこれを新たに定義した「サステナブル素材」の一つとして正式に組み込み、今後の商品への採用を拡大する方針を示した。

この再定義によって、素材は「環境に良いかどうか」を後から評価される対象ではなく、「どの素材を選択すれば、スコープ3削減にどの程度寄与し得るか」という経営判断の要素として位置づけられる。さらにこの基準は取引先工場とも共有され、主要素材ごとに個別目標を設定する計画だ。素材選択の段階から、サプライチェーン全体を巻き込んだ削減設計が可能になっていく。

工場・物流まで踏み込んだ削減方針

スコープ3目標を30%へと引き上げる判断を支えたのは、素材や設計思想だけではない。工場・物流といった領域にまで踏み込んだ削減の積み上げも大きい。

同社は少数の取引先工場との長期パートナーシップを前提に、21年からほぼすべての縫製工場・素材工場に環境パフォーマンス評価ツールを導入し、エネルギー使用量を把握できる体制を整えてきた。各工場とは30年までの温室効果ガス排出量削減計画を策定し、3カ月ごとの進捗報告と現地訪問による確認を重ねている。削減計画は、生産量や商品構成の変化に応じて定期的に見直されてきた。

特筆すべきは、削減を「要請」にとどめず、実行を支える支援まで含めて進めている点だ。高効率ボイラーの導入支援や再生可能エネルギーベンダーの紹介、工業団地単位でのエネルギー源転換など、工場側が単独では踏み出しにくい領域にまで関与している。25年からは、同社が費用を負担する形で専門家によるエネルギー診断も開始し、過剰なエネルギー使用の原因特定と、コスト削減と排出削減の両立を後押ししている。

物流領域でも同様だ。工場から各国倉庫への船輸送では、出荷日や納期の近い商品を集約することで、コンテナ本数を年間で約15%削減。国内輸送では、有明プロジェクトを通じて、店舗の荷受け時間拡大や共同配送、段ボールの積載効率向上などを進めてきた。さらに一部の国・地域では、船舶燃料にバイオ燃料を採用し、物流業界の脱炭素を推進する国際的な取り組みにも参画している。

成長前提でも成立するロードマップ

もう一つ見逃せないのが、成長前提を崩していない点である。売り上げが拡大する一方で、生産枚数の前提は抑制し、無駄を作らない設計を進める。脱石炭、再生可能エネルギーへの転換、エネルギー効率改善、低GHG素材の拡大を積み上げることで、30年に30%削減を見込むロードマップを描いた。この「成長と削減の同時成立」が現実的に見通せたことが、目標引き上げを後押しした背景にある。

こうした判断の土台には、説明会冒頭で柳井康治取締役 グループ上席執行役員が示した「LifeWear=新しい産業」という考え方がある。服を製品単位ではなく、原材料調達から使用、循環までを含む産業システムとして捉える視点だ。その構想を、数値と実装で具体化したのが、会中盤に新田幸弘グループ執行役員が発表をしたスコープ3目標30%への引き上げだったといえる。

スコープ3の30%削減は、環境姿勢を示すための宣言ではない。排出量を経営の中核に組み込み、服づくりを「産業」として再設計してきた結果、目標引き上げという判断が現実的な選択肢として浮上した。この一連の取り組みからは、ファーストリテイリングが現在どの地点に立っているのか、そして他社との差がどこに生まれつつあるのかが見えてくる。

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