中川政七商店が大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」とコラボしたアイテムが売れている。職人技とユーモアが光る品ぞろえで、実用的な豆皿やふきんだけでなく、165万円の「漆のミャクミャク」をはじめ、55万円の「鍋島焼のミャクミャク」など超絶技巧の製品が高額にもかかわらず、抽選受付に応募が殺到したという。会場販売でも「多くの製品が開幕1週間で完売の気配が出はじめ、追加生産を決めた」ほど反響を呼んでいる。超絶技巧シリーズ(生産数非公開)の追加生産分は、ほぼ完売だという。
この取り組みは、単なる“キャラクターグッズ”の枠を超えた、日本の工芸を次世代につなぐ挑戦でもある。100年前の1925年に開催されたパリ万博では美術工芸品が「日本の最先端のものづくり」として数多く展示され、中川政七商店も麻織物のハンカチーフを出展した。同社は今回、100年振りに万博で工芸を紹介している。プロジェクトを担当した羽田えりな商品部ディレクター・デザイナーに聞く。
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暮らしに取り入れやすい雑貨シリーズ
「ミャクミャク張子(青/桃/金)」6600円。和紙を一枚一枚手で貼って形を作り、ミャクミャクの絵付けをした。張子職人が減少するなか、奈良県の福祉施設「Good Job! Center KASHIBA」の就労者たちによってつくられた
だるまの名産地・群馬県高崎市の「三代目だるま屋ましも」が手掛けた「ミャクミャクだるま(招福/必勝/金運/健康/良縁/目入れ)」各5500円。自分で目入れができるバージョンも用意
有田焼産地問屋「ヤマト陶磁器」が手掛けた「ミャクミャク豆皿 有田(色絵間取/色絵花鳥)」各2750円。有田焼の伝統的な様式をモチーフにミャクミャクをしのばせた
美濃焼窯元「蔵珍窯」が手掛けた「ミャクミャク豆皿 美濃(黄瀬戸/織部/志野)」各2750円。国内で生産される陶磁器のおよそ半数が美濃焼といわれており、その美濃焼の伝統的な様式をモチーフにミャクミャクをしのばせた
「瀬戸陶芸社」が手掛けた「瀬戸焼のおミャクじ」1650円は羽田ディレクター渾身の一作。底面の紐を引くと、ミャクミャク からのお告げが現れるおみくじ
「ミャクミャクふきん」各880円。「風は通すが蚊は通さない」という蚊帳(かや)に使われる目の粗い薄織物奈良の工芸「かや織」のふきん
「柏木美術鋳物研究所」が手掛けた「小田原鋳物のミャクミャク鈴(真鍮/黒)」各3630円
「注染工房」が手掛けた「注染こてぬぐい(ユラユラ/ナミナミ/チャプチャプ)」各1485円
「メルクロス」が手掛けた「ミャクミャク扇子(水紋/青海波)」各5500円
麻素材の「ミャクミャクハンカチ(全9種)」各2310円
「ミャクミャクマグネットしおり(黄丹/縹)」各1320円。麻織物にミャクミャクの刺繍をあしらった
パリ万博に出展した麻織物のハンカチーフ
WWD:工芸を大阪万博で紹介しようと考えた理由は?
羽田えりな商品部ディレクター・デザイナー(以下、羽田):「工芸」という言葉はしばしば“渋い”“高価”“扱いづらい”といった印象を持たれがちで、興味のある方にしか見てもらえないという現状がありました。万博は世界中から多くの人が訪れる機会であり、工芸に触れてもらえる絶好のチャンスだと考えました。「ミャクミャク」というフォーマットに落とし込むことで、楽しい、可愛い、面白いと興味を持ってもらえるきっかけになればと思い企画しました。
WWD:製品はどのように構成しましたか?
羽田:2つの軸を考えました。1つ目は“超絶技巧”シリーズで、高度な工芸技術で表現したオブジェ。ミャクミャクという同じフォーマットで、技法の違いを知ってもらえるようなものを提案しようと考えました。ミャクミャクの「細胞と水がひとつになり誕生したふしぎな生き物」という背景と、万博のコンセプト「未来社会を共創」から「水と共創する工芸」をコンセプトに水と関係のある工芸を選びました。たとえば、漆は艶やかで潤うような見た目の水っぽさはもちろんですが、乾燥させるのに水分が欠かさなかったり、漆と人間の皮膚の水分量が近かったりと、漆と水とは切ってもきれない関係にあることがわかりました。海外で漆が「ジャパン」と呼ばれているくらい日本を代表する工芸だったこともあります。
もう一つは“暮らしに取り入れやすい雑貨”で初めて工芸に触れる方にも親しみやすい価格帯の暮らしの道具を12種提案しました。
WWD:製品ラインアップを考えるうえで大事にしたことは?
羽田:全体のコンセプトを「初めましての日本の工芸」とし、「知恵から生まれた工芸」「愛でる工芸」「進化する工芸」という3つのサブテーマを設けて、日本の工芸の奥深さや美意識、技術の進化を世界に発信することを目指しました。
「知恵から生まれた工芸」は素材特性を活かした製品で、たとえば、ふきん。目が粗い「かや織」を用いており吸水性に優れていて丈夫です。多様な形で包める風呂敷も知恵から生まれたアイテムです。「愛でる工芸」は小さなものを大切にする日本の美意識を表現していて、豆皿や手のひらにのせて愛でることができるだるまや鈴などを提案しました。「進化する工芸」は超絶技巧シリーズで表現しています。
WWD:超絶技巧シリーズは実用的な工芸品を得意とする中川政七商店としても新しい挑戦だったのでは?
羽田:今回制作を担ったのは、当社と長年信頼関係を築いてきた全国各地の工芸メーカーで、その共通点は優れた技術を持つだけでなく「変化に前向き」であることでした。ミャクミャクの形状はユーモラスですが再現するには高度な技術が求められます。話を持ち掛けたのは23年夏。最初は「これは無理かもしれない」と頭を抱えながらも「なんとか形にしてやろう」という職人魂で、試行錯誤を重ねることで実現しました。完成後には「自分たちの技術のすばらしさを再確認できた」「同業者から高い評価を受けた」「万博以降の自社のものづくりにも良い影響を与えた」という声があり、今回のプロジェクトを通じて誇りが育まれ、励みになったことは大きな成果だと感じています。
WWD:特に印象に残っているエピソードを教えてください。
羽田:「漆のミャクミャク」です。漆は乾燥に時間がかかるうえ、温度や湿度の微妙な変化が仕上がりに影響を与える素材です。制作終盤になったころ、「このままでは良い仕上がりにならないかもしれない」と職人から連絡が入り、急きょ塗り直すことになりました。職人の“勘”に基づく判断で、私たちが見ても差がわからない程度のものだったかもしれませんが、職人の技術への誇りと誠実さを感じる出来事でした。ギリギリまで工程を調整し、スタッフが直接受け取りに行くという対応を経て、なんとか万博のプレオープンに間に合わせることができました。
完売続出。老若男女に届いた「語れる製品」
WWD:特に好評なアイテムは?
羽田:販売状況はまさに想定以上。開幕直後から売れ行きは加速し1週間後には完売の兆しが出るほどで追加生産を行い、4月中には超絶技巧シリーズ第2弾の受注を締め切る事態になりました。特に「鍋島焼」が人気を集めました。超絶技巧シリーズの購入者は全て日本国内の方で、年代も20代から70代まで幅広く、キャラクター人気に支えられつつも「万博の記念に残したい」「行けなかった人に思いを届けたい」といった“記憶”を形にしたいという購入動機が多かった点も特徴でした。
一方、手に取りやすい価格帯の製品は、有田焼の豆皿やおミャクじが特に好評です。ミャクミャクの造形を手書きで表現した有田焼の豆皿は、伝統的な有田焼の技法を現代的に解釈してミャクミャクを巧みに取り入れたギミックがウケました。サンプル段階で社内からも好評で好感触でしたが、最も動きが早い製品でした。「工芸だからこそ出せるゆらぎやにじみが魅力」という声も多く細部へのこだわりが評価されました。
WWD:今回の取り組みの手応えは。
羽田:私自身「将来このミャクミャクを手にして、万博の記憶を語り合ってもらえたら」という気持ちで取り組んでいたのでお客さまからの声が届いたときは嬉しかったですね。当社としても100年振りに万博に参加し、新たな歴史を刻む機会になりました。工芸の歴史に新たな1ページを刻めたと感じています。