ファッション

アデュー、フィービー! 「セリーヌ」を去った無口な女性デザイナーの功績を振り返る

 ご存じの通り、2008年から約10年「セリーヌ(CELINE)」のクリエイティブ・ディレクターを務めたフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)が昨年末に退任しました。フィービーの「セリーヌ」は服もバッグも靴もよく売れて、「WWDジャパン」の紙面を度々賑わしました。業界内人気も非常に高く、東京コレクションのフィナーレで男性デザイナーが「セリーヌ」のウィメンズの靴を履いて出てきたり、自店で「セリーヌ」の取り扱いがないセレクトショップのバイヤーが仕事で愛用していたりといった光景を見るたびに、プロに愛されるプロなんだな、と思ったものです。フィービー退任のニュースを受けて「大人の女性が買える服が減ってしまう」と嘆く声が多く聞かれます。

 18-19年秋冬については、フィービーは制作に関わらず、デザインチームによるコレクションをパリコレ期間中にショールームで発表しました。フィービー不在のコレクションにガッカリするかと思いきや、むしろ直接かかわっていないにも関わらず彼女のクリエイションそのものであることに感動した、というのが感想です。型数は少ないものの、そこにフィービーのエッセンスがギュッと詰まっていました。フィービーはチームのスタッフに厳しかったと聞きますが、その厳しさは新しいデザインを生み出し、浸透させるのに必要な厳しさだったのではないでしょうか。

 彼女は「セリーヌ」の前に「クロエ」を手掛けており、そのラストコレクションが印象に残っています。子供を授かったフィービーは自分が関わる「クロエ」のラストコレクションをチームに託し、自身は客席で夫とともに見守りました。パリコレの人気絶頂のデザイナーが妊娠を理由にその役職を手放し、しかも客席でショーを見るという選択は潔く、当時は画期的でした。私は、その姿を写真に収めようと、フィービーの客席の正面のスタンディングスペースにカメラマンと陣取りその姿を追いました。撮った写真がこちらです。

 周囲の目もはばからず、客席から立ち上がり笑顔で拍手を送るフィービー。これって、職場放棄でしょうか?そんなことない、と私は思います。フィービーは母である自分を選び、同時に自分不在でもきっちり仕事をやり遂げるチームも育てたのです。今年3月のパリで「セリーヌ」の18-19年秋冬コレクションを見た時、このシーンが蘇りました。今回はショーこそなかったものの、関わったチームは仕事を終えた時、「クロエ」の05-06年秋冬コレクションを制作したチームと同じような安堵の表情を浮かべたのではないでしょうか。

 10年間のフィービーによる「セリーヌ」のコレクションを振り返ると、個人的には10年から12年にかけてのコレクションが一番好きです。メンズウエアをベースにした実用性と女性らしさを兼ね備えていること、新しいテキスタイルの探究によりシンプルな中に“最新”が潜んでいること、色の組み合わせが独特であることなどがその理由です。これらの特徴は、フィービーによる「セリーヌ」で常に見られたことではありますが、この頃はよりウエアラブルでした。ボタンのないジャケットを肩にひっかけるようにして着るのがフィービー流ですが、同じようなスタイルの女性をどれほど見たことか(笑)。

 素材の探求は目にこそ見えずともプロにはわかるもの。「セリーヌ」のデニムを着ていると、日本のデニムのプロから「それどこの?」と度々聞かれました。「セリーヌ」のシンプルなブラックワンピースをクリーニング店に持ち込んだ時には、受付の人が激しく興味を持ち、服を表にして裏にして「この生地何?」とつぶやいていたことも印象的なできごとです。

 フィービーの「セリーヌ」を一言で描写するならば、“知的”だと思います。日本では女性に対するほめ言葉は圧倒的に“カワイイ”であり、その価値観に当てはまらない自分を窮屈だと感じる女性は多いはずです。ちょっと大げさに言うと、フィービーはそんな女性に力と居場所を与えてくれました。職場のリーダーであると同時に母であり妻であるフィービー自身のリアリティーが“知的”かつしなやかな「セリーヌ」には反映されていたのだと思います。

 インタビューにはなかなか応じてくれなかったフィービーは、実際に会うと、声がとても小さくて、囲み取材では真横に陣取らないと声が聞き取れないほどでした。インスタグラムなどSNSには最後まで力を入れることはなく、リアルの場を大切にし、展示会で飾る花のセレクトで来場者を魅了しました。服を着る一人として、ファッションを仕事とする一人としてたくさんの刺激をありがとうと伝えたい。いったんアデューですが、歳を重ねてさらに豊かになった感性をまたどこかで見せてくれることを期待しています。

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